第15話
昨晩、マサとヒナの三人のグループチャットで花とのことを報告した。
すぐにマサからは「マジかよやったじゃん!」とテンション高めの返信が来て、やや遅れてヒナからも「よかったね」なんて返ってきたのでほっと一安心である。
そして現在、昼休みになってわざわざ俺の教室までやってきたマサは、持ってきた弁当を広げだして俺の席で一緒に食べ始めた。
「やったなタク、ついにお前も彼女持ちか~」
マサが満面に笑顔を浮かべながら、バンバンと俺の背中を叩いてくる。
一緒になって喜んでくれるのはいいんだけども、そんな風にされるとちょっと恥ずかしいというかなんというか。
「からあげ一個ちょーだい」
「いいよいいよお祝いだ。一個と言わずもってけ。卵焼きもいるか?」
「食う食う」
マサの食べ盛り男子欲張り弁当から、ひょいひょいとおかずをつまんでいく。
かたやこちらは購買で買ったパンだけではやはりちょっと口寂しい。
ああ……また花ちゃんのお弁当が食べたいなぁ。
「で、その子、なんつったっけ。水無瀬……」
「そうそう、花ちゃん。俺らと同学年だよ、三組だって」
「ってことは理数の特進か。結構頭いいんじゃないの」
「そうだね、できる女感あるね。でも時折ボケをやるのがいいっていうか」
「ふぅん? まあお前が選んだってことは、よほどなんだろうな」
「まあね。惚れるなよ」
「惚れねーよ」
なんやかんや言ってマサはヒナ一筋のピュアボーイなのだ。
実際俺よりもヒナとの付き合いは長く、幼稚園以来ずっと、というからもう幼馴染ガチ勢なわけでして。
「で、その割には何? 飯一緒に食ったりしないわけ?」
学校で大々的にいちゃつくのは、花がそういうの無理。というので控えている。
正直なとこ、目立って周りからいろいろ言われるのは、俺もそんなに好きくない。
自分から変なのに目をつけられるのもアレだし、こう見えて僕もたいがい恥ずかしがり屋さんですので。
なので本格的に会うのは放課後とか休日になる予定。
まあだからといってわざわざ避けているというわけでもなく、ちょっと会って話すぐらいなら全然大丈夫だろうけど。
「マサのほうこそ、ヒナとはどうなの最近」
「お前、よくそれ聞いてくるよな。別にいつもどおりだって。じゃあ今度さ、四人でどっか行くか」
「ああいいですねー……でも、花がなんて言うかだけど」
「あ、そう? まずその前に一度彼女のこと紹介してもらわないとな」
マサは「どんな子なのか楽しみだな~」と笑いながら、豪快に弁当をかき込んでいく。
花とマサは実際どうだろうな。
でもまあ、いろいろとごまかしてる俺と違ってマサは素でコミュ力高い奴だから、多分大丈夫だろう。
やっとのことで放課後。
いよいよお待ちかねの、花との逢瀬タイムがやってきた。
集合場所として、昨日と同じ校舎外れの憩いの場を指定されたので、喜び勇んでやってくる。
早く来すぎたのかまだ花の姿はなかったが、他にも二組ほどカップルっぽい男女がおしゃべりしている姿があった。
今まで全然意識してなかったがもしかして、ここってそういう場所なのだろうか。
そんな周りがふわふわした雰囲気の中、一人でなんだか居心地が悪くなっているところに、やっと花が姿を現した。
そこで俺も負けじと恋人トークを始めようとすると、それに先んじて花がややトーンダウンした声で口火を切った。
「あの手紙のことなんだけど」
何かと思いきや、花はどうしても呪いの手紙のことが気になるらしい。
実は昨日の晩も、それについて花はラインでちょくちょく尋ねてきたのだ。
俺としてはもうちょっと違う話題を期待していただけにがっくりである。
花は警戒するように周りの様子を一度確認すると、カバンの中を探って大きなサイコロほどの大きさの黒い物体を取り出した。
「これ、拓美の下駄箱に仕掛けてみようと思うの」
「なに? それは」
「カメラ」
カメラと言われても手のひらの上で転がるサイズで、全然そんな風に見えない。
こんな小さなものがあるなんて驚きだ。そしてそれを花が持ち歩いていることにさらに驚きだ。
「そ、それって花の? どうしてそんなの持ってるの?」
「一応、防犯用でね。まあいかがわしい目的にも使えるだろうけど」
そこまですっぱり言ってしまうのが我らが花ちゃん。
「それを俺の下駄箱に仕掛けて……犯人が映り込むかもしれないってこと?」
「まあ気休め程度だけど……もしかしたらね。運よく拓美の下駄箱の位置も、ちょうどいい高さだし」
中の奥の方に設置すれば影になって見えにくいはず、という。
そのくせカメラは暗くても撮れるというし、本当ハイテクだなぁ。
「昨日聞いた情報通りだと……」
手紙は本当にまちまちで、ないときもあれば週に一、二回。多くて三回。
最近はやや多くて先週も二通。それと朝イチに入っていることが多い。
朝イチからだとダメージ大きいって向こうもわかってるんだろうきっと。
「犯行は基本、まだ人のいない朝、ということね。それか放課後遅く」
「そうとも限らないけどね。たまーに帰り際に入ってることもあるし」
「それはカモフラージュ目的の可能性もあるわ。だってどう考えても、昼間より人のいない時間帯のほうがやりやすいわよね。うちの生徒なら」
「全然関係ないおっさんとかが犯人だったら、もうどうしようもないね」
「だから素直に、先生か警察か……言ったほうがいいと思うんだけど」
「いやでもそれはなぁ……」
正直あんまり大事にはしたくない。今のとこはそれで実害があるわけでもないし。
まあ本当にヤバそうなおっさんとかだったら考えるが。
「だってもしどうしよう、超絶美少女が映ってたら」
「……どうするの?」
「これをネタにゆすろうかな。ぐへへ」
俺がそう言うと、花はくるりと背を向けて歩きだしてしまったので、
「冗談ですよ冗談! もう冗談に決まってるじゃないですか」
追いすがって一緒に校舎の方へ向かい、人もまばらになった昇降口付近までやってくる。
そのまま下駄箱まで戻ってくると、花が俺の下駄箱に近づきながら一応人が来ないか見てて、というので廊下側に立って待つ。
「あれっ? タクじゃん」
その時急に後ろから声をかけれられて振り向くと、体操服の上に番号のあるオレンジ色のビブスを着た男子が立っていた。
マサだった。
「あれっ、マサじゃん。何やってんだこんなとこで」
「いや今部活中。監督探してて通りかかって……畑中先生見なかった? ていうかお前こそ何やってんの?」
「探偵デート中」
「はあ?」
マサが首を傾げながら、ちらりと俺の背後に視線をずらす。
俺もそれにならうと、花がニコリともせず立っていた。もうカメラの設置は終わったらしい。
「おっ……噂の花ちゃん、ですか。あの俺、鷹野です。よろしく」
マサが爽やかスマイルで危なげない自己紹介をする。
堅苦しくもなくチャラくもなく見本のような好青年。
対する花は、俺でなきゃ見逃しちゃうねレベルの微笑を浮かべて、軽く頭を下げる。
「水無瀬花です。どうも」
「えーっと、俺、一応タクの……あ、こいつの友人っていうか……」
「大丈夫、いろいろ話は聞いてるから」
「あ、そう。もしかしてはじめまして、でもない感じだった?」
「ううん、はじめましてだけど……ただ、顔ぐらいは見覚えがあるなって。背が高くて目立つし」
「あ、ははは……そうですか。」
とマサは終始押され気味の苦笑いだ。
さすがの花ちゃんは相手が誰であろうが若干上から……俺も初対面の時はこんな感じだったかな。
傍で見ててわかったのは、これはちょっとマサの苦手なタイプかもしれない。
まあ俺放ったらかしで二人で楽しく和気あいあいされるよりはいいけどね。
「あ、ヤバイ! 早く監督探さないと練習が……じゃなタク。いきなり襲いかかったりすんなよ」
「おう! できるだけ気をつけるぜ」
マサは大きく手を上げると、さっそうと廊下を立ち去っていった。
マサを見送ってふと気づくと、いつの間にか花が一歩離れて俺のことを見ている。
「な、何? どしたの?」
「別に……」
「やだなぁ、今のも冗談だって。俺がいきなり抱きついたりするような男に見える?」
「したでしょ? 昨日……」
前科あるからね。しょうがないね。
花は一度マサが去っていった方角を見た後、俺から距離をとったまま言った。
「彼には手紙のこととか、話してないの?」
「話してない。余計な心配……ていうか面倒かけたくないし」
マサもそうだがヒナにも話してない。唯一花に見られたのだって本当にうっかりミスだし。
なんていうかやっぱ恥ずかしいんだよね。
例えるなら、お母さんに僕いじめられてるんだ、とかって言いづらいでしょう。
多分それと同じか……まあなんかよくわからん。
「拓美」
「はい?」
花が一歩近づいて、急に真剣な顔になった。
そしてじっと、俺の目を見つめて言った。
「何かあったら、私にはちゃんと言って」
「え……あ、うん」
突然のシリアスモードに、少し驚きつつもこくりと頷く。
が、それでも不十分だったのか、花はいきなりぐっと俺の両頬を手で押さえて固定しながら、
「ちゃんと目見て」
「わ、わかったよ……」
じっと間近で見つめられてちょっとドキドキでにやけそうだったけど、向こうはいたって本気だ。
なんだってここまでするのか……と思うけども、だからこそ彼女には惹かれるものがあるというか。
「わかった?」
「うん。ありがとう、花」
正義感が強くて、悪いことが許せないって……とにかくすごく、いい子なんだよなぁ。
それで俺はこんなに心配してもらえて、幸せ者だ。急に春が来た感じがあるね。
俺もこの子のこと大切に……大事にしたいって、思える。できればずっと。
でもだからこそ、いろんなこと……言いにくくなるんだけどね。
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