第14話

 と言ったきり花はもじもじしながら視線を横にチラチラさせる。

 え? 何この急に可愛い感じは……。

 一体何を言い出すのだろうとじっと様子を見ていると、


「て、テレビ……見てもいい?」

「え?」


 何を言い出すかと思えばテレビとは?

 てっきりイチャイチャしたいなとか言うのかと期待していたのに。

 だが花がしきりにチラチラしていたのはたしかにテレビのほうだった。


「別にいいけど……」


 ちょっと拍子抜けしながらもそう言うと、花は「ありがと」とニコっと嬉しそうに笑った。

 ウッ……今のはなんという不意打ち。漫画的に言うならズキューンと心臓を撃ち抜かれた感じだ。


 おおげさに胸を抑えてガクッと片膝をついてみせるが、花はそんな俺のことをガン無視でテレビをつけると、リモコンを操作してチャンネルを回し始めた。

 そしてなおも俺をガン放置のままどっかとソファーに腰掛けてテレビの前に陣取り、じーっと画面に見入っている。


 一体何をそんな夢中になっているのかと見ると、テレビではスーツ姿の渋いおっさんが何か喋っている。

 これは……どうやら刑事ドラマの再放送か何からしい。


 またしても花らしいなぁ、と微笑ましい半面、その間俺を完全にほったらかしにして熱中するのはいかがなものかと。

 これは何か? テレビの向こうのおっさんに俺は負けているというのか。非常に由々しき事態である。


「ねえ花ちゃ~ん……」


 そこで俺は隣に座って、思わずかわいがりたくなるような猫撫でボイスを発しながら花の顔を覗き込む。

 が、邪魔、とばかりにぐいっと手で横っ面を押されてのけられてしまった。 

 くそ、こうなったらくすぐり攻撃だ。

 

「やめて」

「はい」


 怒られてしまった。

 これは終わるまでおとなしくしてたほうがよさそうだ。

 

 とりあえず横で一緒になって見てみるが、途中から見ても何がなんだかさっぱりわからん。

 やがてやっとのことでドラマがエンディングを迎えてCMになると、花は我に返ったように俺の方を見て、


「あ……ごめん。一人で見入っちゃって」

「イーンダヨ」


 本当はよくないけどね!

 でもまあこうやって器の大きさを見せとかないとね。

 何にせよ花がやっと戻ってきたことだしよしとしよう。

 

「それではお待ちかねのイチャイチャタイム!」

「じゃあ、そろそろ帰るね」


 ズコー。

 これもうわざとやってるんじゃないかと疑ってしまう花の塩対応に、さすがの紳士な俺も少し声を荒げてしまう。


「か、帰るって、まだ早くない?」

「あんまり遅くなるとお母さんが心配するから。夕飯の支度も手伝わないとだし」

「ゆ、夕飯の支度か~……」


 ま、まあいいけどねえ、家庭的な子でね。

 言っても付き合いだして初日だしね。今日のところはこんなもんか……でもなぁ。

 花はそう言って本当にそのまま帰ろうとするので、なんとかして押し留めてソファに座り直させる。


「じゃあ帰る前に、できればその……ちょっとぐらい触れ合いたいというか」

「触れ合い? なにそれ、私は動物か何か?」

「拓美くんふれあいハウスなんですよここ。最初はみんな怖がるんですけどすぐに慣れますよ~」

「ま~たそうやってふざけて」

「テレビ見せてあげたんだからいいでしょ」

 

 軽く逆ギレ気味に返すというすぐに本性を見せてしまう男それが俺。 

 ものっすごい器の小さいことを言ってるがもうなりふり構ってられねえ。

 

「ふれあいって言っても私、そういうの……手すらつないだことないし……」

「えっ、その割には前ぎゅってしくてれたじゃん。なでなでもしてくれたじゃん」

「あ、あの時は、なんていうかその……雰囲気で?」


 雰囲気か……やっぱその場のムードって大切。

 とはいえ刑事ドラマで犯人追っかけてたとこから、急にそんな雰囲気にはならないわけで。


「じゃあとりあえず手つなごうか」


 押し切る気マンマンでそう言って手を差し出す。

 すると花は嫌がるかと思ったが案外素直に腕を伸ばしてきて、そのままぐっと握手。


 ……ん? なんか違う。なんだこの交渉成立みたいな感じは。

 絶対に違うのだが、花は俺の手を握りながらこれでしてやったりとばかりに不敵に笑う。

 

「ふっ、これぐらいたいしたことないね」

「花ちゃんちょっと違うんだよなぁ。なんていうかもっと、絡みつくようにいやらしく握らないと」

「何よそれは」


 俺は体の位置を変えると、指の間を絡ませるようにして花の手を握り直した。

 かく言う私もこんな手の触り方をしたことはないのだが、それは黙っておく。


 そして満を持してにぎにぎとすると、花はなにか言いたげに俺の顔を見たが手を振り払うようなことはせずに、おずおずと手に力を込めて握り返してくる。

 あったかい。手のひらが柔らかくてぷにぷにだ。

 ……と言いたいところだが、なんかちょっとごつごつしてるんですけど。

 なんとなく俺の顔色を察したのか、花がひとりでに語りだす。


「もう稽古は行ってないんだけど、今でもたまに竹刀振ったりしてるから」

「……竹刀? 剣道とかもやってるの?」

「子供の頃にね。でも得物を持てる場面って案外少ないから、父から習った護身術のほうがよっぽど役に立つのよね」

「は、はぁ……エモノですか……」

「リングの上だったら私に勝ち目はないでしょうけど、なんでもあり、ならあなたともわからないわね」


 相変わらず血の気の多い。

 しかし恋人握りしながらなんつー会話してんだこの人。

 花はなぜか俺に勝てるかどうかの品定めを始めてしまったので、ここは俺がしっかり軌道修正する。

   

「それはそうと花ちゃん。いつになったら俺のことを名前で呼んでくれるのかな?」

「え?」


 ずっと感じていた違和感。

 まあ「あなた」っていう呼び方も将来を先取りした感があっていいけども、俺以外の奴もあなたって呼んでたら発狂しそうになるのでね。

 

「もしかして名前で呼ぶの恥ずかしかった?」

「ええと、あんまり意識してなかったっていうか……。拓美、でいいのよね?」


 花の口から初めて俺の名前が。

 マサやヒナからはタクタク呼ばれるので、実は新鮮だったり。


「花がそれでいいなら。数少ない親友からはタクって呼ばれることが多いけど」

「親友……」

「親友っていうか、幼馴染なんだけどもね。今度紹介するね」


 今晩あたりラインで花のこと、報告を入れようかな。

 マサはきっと喜んでくれるだろうけど、ヒナは……まあ多分大丈夫でしょ。

 はっきり彼女ができたと宣言しておけば、もうバカなことも言わなくなるだろうし。


「にしてもあれだなぁ。できたら花の口からも、好き、って言葉が聞きたかったなぁ」

「な、なによ急に……」

「だからその、気になるとか不安になるっていうんじゃなくてさ」

 

 二人にそのへん突っ込まれるとちょっとかっこ悪いなあ、とか思ったりして。

 そんな事を言って花の反応をチラチラ伺っていると、花はちょっと考えるようにうつむいた後、


「……その、気になるっていうのが、好きっていう意味なら……」


 そしてやはりうつむきがちに目線だけ俺の方を見て、


「拓美のこと、すごく……好き、だと思う」


 ……聞きました奥さん?

 朝の膝枕といい、ちょっと試しに言ってみたらやってくれるパターン多くない?

 今度からどんどん無茶振りしていこうかな。こうやって花は俺が育てるのだ。花だけに。


「花ちゃん、俺も……」

「じゃそういうわけだから、帰るね」


 花はぱっと手を離すと、またもずっこけそうになる俺を置いてくるりと身を翻す。

 うーんやっぱりクール……いや恥ずかしがり屋なのかな。

 

 とりあえず送っていこうと、リモコンを拾い上げてつけっぱなしになっているテレビを消す。

 とその時、不意にふわっといい匂いがして、背中から二の腕にかけて柔らかい感触がしたかと思うと、続けてさすさすと頭を撫でられる感覚がある。

 はっ? と振り返ると同時にそれら全てが消えて、代わりに花が恥ずかしそうに笑いながら、


「バイバイ」


 手を振って部屋を出ていった。

 突然のデレにこちらは完全に思考停止で固まるしかない。


 そして数秒後、我に返った俺は外に出て花を追いかけ、いきなり後ろから抱きついたら「痴漢!」って叫ばれて腕を取られて地面に転がされた。

 上から覗き込まれて「拓美じゃないの何をしてるの?」って真顔で言われた。

 うーん、やはり手強い。

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