第13話
バスから降りると、俺は花と一緒に自宅に向かう道を歩いていた。
花にどこか行きたいところは? と尋ねても、こういう状況が初めてなのでわからない。特にないとの一点張りだった。
しかしまあそれは俺も同様なわけで、何も思いつかなかった俺は「じゃあまたウチ来る?」と聞いて花に「いいけど」と了解をもらい、今に至る。
と冷静に状況を説明してみたが、今の俺は実際それどころじゃない。
軽やかステップで花の隣を歩きながら、ウッキウキのわっくわくで脳内幸せ物質ガンギマリのヘブン状態なのだ。
なんせあの花が俺の彼女となったのだ。花は俺の彼女。
もう一度言うが花ちゃんは俺の彼女。彼女は俺の花ちゃん。花ちゃんの彼女は俺。
自分でも何を言っているのかわからなくなってきたがヤバイ。幸せすぎて死にそう。
実際こうして一緒に歩いている間も、平常心を保つのが大変だ。
やっぱり勇気を出して告白してよかった。
内心ドッキドキのバックバクでもう心臓飛び出て地面に落ちそうな勢いだったが、頑張った。
告白の時はみんなこんな感じだったのかと、する方になって初めてわかる苦労。
俺のようなゴミクズ野郎に告白してきた女子たちには、割とそっけない応対をしてしまって本当悪いことしたなと思う。
とにかく俺の気分が最高にハイなのは言うまでもないが、花のほうもいつもなんとなくつんつんとしていたのが、心なしか表情が緩んでいる気がする。
さっきから歩きつつこっそり横顔を盗み見ているのだが、すでに可愛さ五割増し。
それに首のうなじのあたりを見ていると、不意にがばっと抱きつきたくなってくる。
「……な、何?」
チラチラ見てたら引かれてしまった。さすがの警戒心。
路上でやるのはよくないので、家に帰ったら合法的にいっぱいよしよししてもらおう。
そして帰宅。
二度目ということで勝手知ったるなのか、俺が扉を開けてどうぞ、とやると花はずかずかと室内に入っていく。
これは花も俺と同じで、二人きりになるのを待ちきれなかったのかな。などと思いながら後をついていくと、
「座って」
そう言って花はソファを指さした。
あれ? ここって、俺の家だよね……。これじゃまるで俺が客側みたくなってるけど。
花は腕組みをして、早く座れと言わんばかりの顔。
とりあえず逆らうことはせずに、言われたとおりにソファに腰掛ける。
「ちょっと思ったんだけど……私達、そういう関係になるより前に、お互いのこと、知らなさすぎるなって」
「そ、そういう関係?」
なんと花ちゃんいきなりの大胆発言。
まさか付き合うことになった初日にそんな……それはさすがにまだ心の準備ができてないというか……。
「あの、それはまだ早いんじゃないかなっていうかなんていうか……」
「……なんか、変な勘違いしてる? 私が言ってるのは、つまり、その……こ、恋人同士になるにあたってってことで」
「え? なに? 聞こえなかったもう一回言って」
「だ、だから! わざとやってるでしょ?」
花の頬にほんのりと赤みがさす。
なかなか顔に出ないタイプではあるが、それでも出ているとなると本人これは相当効いてるに違いない。
「なので、今からいろいろと質問をします」
「よし、どんとこい。何でも答えてあげよう」
とは言ったがアレの頻度とか聞かれたらドキドキである。
まあ花が知りたいというのなら素直に答えるけども。
しかし俺の予想とは裏腹に、花の質問は「普段は何してるの?」だとか「いつから一人暮らし? いつも何を食べてるの?」と言った当たり障りのないものばかりだった。
ひたすら一方的に聞かれて、花はその都度なにやらメモ帳にペンでサラサラとやるので、まるで取り調べを受けてるみたいでちょっと辟易である。
やがて花は一通り用意していた質問が終わったらしく、メモ帳をしまった。
そこで俺は待っていましたとばかりに、
「じゃあ次はこっちの番ね。花はいつも何時頃にお風呂はいるの?」
「……それを聞いてどうするわけ?」
いろいろと妄想が捗るじゃないか。
しかし花はどうでもいいでしょ、と言って頑なに教えてくれない。
「え~俺はあんなにいろいろ答えたのに」
「私に関する基本的なデータは後でまとめてメールか何かで送るから。それでいいでしょ」
基本的なデータて。容疑者か何かですか?
こういうのは「あ、そうなんだ私も俺も~」ってお互い探りながら話するのが楽しいのに。
でもまあ、花らしいといえばらしい。
「そうそう、不便だから連絡先交換しましょ? 携帯、持ってるでしょ?」
そういえばそうだった。
なんと俺は花の連絡先すら知らないのだった。
俺は立ち上がって、勉強机の端っこで充電器につないであるスマートフォンを手に取る。
今日は家に忘れていた……というか実は、家に置きっぱなしにしていることのほうが多い。
というのはこの携帯には、結構前から非通知でよくイタ電がかかかってくるのだ。主に夜中に。
一回番号を変えたにもかかわらずかかってくる。
電源切って無視すればいいんだけど、次に立ち上げた時に着歴が非通知で埋まっているとすごく気分が悪い。
あんまり使ってないし持つのやめようかとも思ったけど、イマドキ携帯持ってないっていうとドン引きされるからね。
そこで俺が考えたのが、携帯に刺さっているICカードみたいなのを抜く。こうしておけば電話はかかってこないのだ。
なので基本は抜いておいて、必要なときにカードを入れて使う。
それ以外はいわゆるワイファイ運用というやつだ。まあ俺んちワイファイ飛んでないけど。
そして最近はそれすら面倒になってずっと置きっぱなしになっている事が多い。
でももともとあんまり携帯で誰かと連絡をとりあうことはしないので、そこまで支障はない。
というようなことを花に説明した。
ここは機械に強いところをアピールだ。
ところが俺の話を黙って聞いていた花は、へえ~と関心するかと思いきや、
「どうしてそんな面倒なことしてるの? 何も非通知着信拒否すればいいじゃないの」
「……え? そんなことできるの?」
「できるでしょ。その携帯キャリアどこ?」
「き、きゃりあ?」
「ちょっと貸して」
携帯をぱっと奪われてしまう。
そして花は画面とにらめっこしながら、「パスワードは?」とか俺に尋ねてきて手早く指を動かしていたが、
「これでかかってこないはずよ。履歴も残らない」
そう言って俺に携帯を返してきた。
ついでに電話番号だのアドレスだの通話アプリのIDも花の携帯と交換済み。
これではまるで僕がポンコツのようですが……いやいや、これは俺がダメというよりか花がすごいのだ。
ということで俺はあくまで花がすごいということを強調する。
「い、いやぁ、花ちゃんすごいなぁ……」
「別に普通でしょ? でもその、イタズラ電話っていうのは……」
あ~またやっちゃったよ。
なんか謎の非通知電話に悩まされてるとかって言ったら、まーたドン引きされちゃうじゃないですか。
「いや別に、全然たいしたアレじゃないよ。出てもすぐ切られるし……変な詐欺とかじゃないの」
「……ふぅん、そう」
花はこともなげに言うと、なにか調べ物でもするのか、慣れた手付きで自分のスマホをすっすっといじりだした。
俺も負けじと携帯をいじってみせるが、特に何もなかったので「花ちゃんマジ花ちゃん」とラインにメッセージを送ろうとすると、
「あ、しまった、今日……」
「ん?」
なにか思い出したように、花が顔を上げた。
そしてちらっと俺の顔色をうかがうように視線を送ってくると、何やら言い出しにくそうにおずおずと口を開いた。
「あ、あのね……」
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