第12話
「好きです。一緒にいたいです」
その日の放課後、彼は開口一番にそう言った。
一時間目が終わる頃になって目を覚ました拓美が、「放課後、またここに集合ね。絶対来て」というので来たら、こうなった。
ベンチのそばでお互い立ったまま、寸分のズレもなくまっすぐ目を見つめられて……拓美は見たことがないぐらい真剣な顔だった。
いつものおどけたような雰囲気は微塵もなかった。
なんとなく好意を抱かれているのかも、と思ってはいたが、こうまで本気の表情で、直接的な言葉を口にされると、どう答えたらいいのか、どう反応したらいいのか。
これまでの人生で、異性からこんな風に言われた経験がない。
恋だの愛だのとは無縁のところにいて、これからもずっとないだろうと漠然と思っていた。
そのはずが不意打ちのように起こった途端、まるで体に雷でも落ちたかのようにぴたりと思考が止まってしまって、体が固まってしまって、呼吸すら止まりそうになった。
何の反応もできずただ立ちつくしていると、拓美が少し心配そうな顔をした。
「えっと……花ちゃん?」
何か答えねば、と焦った花は、とっさに取り繕うこともできずに、正直に思うところを口にしていた。
「あ……その、なんて言ったらいいか、よくわからなくて……」
まさに青天の霹靂なのだ。
そもそもそんな風に言われて、一体どう返せというのか。
「簡単だよ、俺のこと、好きか、嫌いか」
「そ、それもちょっと、わからないっていうか……」
「わからない? どうして?」
いきなりそんな二択を迫られても困る。
もちろん嫌い、ではない。かと言って好きか、と問われると、やはりわからないと答えざるを得ない。
それでも適当に言葉を濁すようなことはしたくなかったので、自分が感じていることを、正直に話すしかないと思った。
「えっと、異性として好きとかっていう感情は、よくわからないんだけど……ただ、すごく気になるというか……」
一人で放っておけない。
初めて会った時とはまるで印象が違って……とても繊細で、もろくて、壊れやすい。
そんな感じがした。
「実を言うと、今日もあなたのこと、ずっと考えてた」
「えっ、マジで? 一緒じゃん、じゃあ両思いだね!」
「だ、だからそれが好き、っていう感情かどうかはわからなくて!」
「え~好きでもないのに考えないでしょ~」
軽く茶化されるように言われて、かあっと顔が熱くなっていくのを感じる。
花はいよいようろたえてしまって、
「そ、その手のたぐいのこと、どうせあっちこっちで言ってるんでしょ?」
動揺を悟られまいと、少し意地悪なことを言ってしまう。
とはいえ何もかも初めてな自分と違って、向こうは手慣れているに違いないのだ。
色恋沙汰をあれこれウワサをされているのをSNSで見た。きっと恋愛経験も豊富のはず。
だが返ってきたのは意外な返事だった。
「そんなことないよ。自分から女の子に告白するの、生まれて初めてだよ」
「わ、私が?」
「そう。花が初めて」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。されたほうは何回かあるけど……こういうのって、するほうはやっぱ勇気がいるんだなぁって思って」
拓美は笑いながら、少し恥ずかしそうに頭をかく。
にわかに信じがたかったが、その態度を見る限りでは嘘を言っているようには見えない。
「花はあるの?」
「な、ないわよ。したこともされたことも。だから、わ、私はその……なんて言ったらいいか、わからないんだけど……。こうやって男子から好意をもたれることなんて、なかったから。男子はずっと敵だと思ってて」
「なにそれ、あはは」
勢いで失言した。と言っても本当のことだ。
そんな事を言ったら変だと思われるだろうが、拓美は面白そうに笑った。
「花も初めてなんだ。じゃ一緒だね」
「い、一緒ではないでしょ? 私は……あ、いや、実はあなたのこと、ちょっと気になって、調べたの。そこそこ有名人なのね」
「へえ、俺のこと興味津々なんだ」
「話の腰を折らないで。なんていうかその……すごく、人気者なんでしょ? いろんな子から、言い寄られているみたいだけど……」
とっさに話を逸らそうとして言い出したことだったが、自分でも一体何を言ってるんだろうとそこで言葉を切る。
最初拓美は不思議そうな顔をしていたが、ああ、と合点がいった様子で、
「それなら大丈夫、保留にしてた返事は今日全部断ってきた」
「え?」
「本当はもう朝言おうと思ったんだけど、そうしてからじゃないとダメだなって思って。今は花ちゃん一筋だから安心して」
と自信満々に見つめ返されてしまい、視線のやりどころに困る。
気圧されてしまうが負けじと、
「ぜ、全部断ったって……し、証拠は?」
「証拠? そんなこと言われると思わなかったなあ。ってことは、証拠があったらオッケー?」
「ち、違う、そういう話じゃなくて……」
本当自分で何言ってるかわからない。
完全に頭がパニックになって、証拠がどうとか訳のわからないことを口走ってしまっている。
「そもそも、お互いの第一印象……最悪でしょ? はっきり言って」
「えっ、俺はそんなことないけど」
「いやだって、トイレの中で……」
そう言うと、拓美は何かに気づいたように一瞬はっとした顔になり、寂しそうに目を伏せた。
「……俺のことは嫌いでもいいよ。俺が一方的に好きなだけだって、とにかくそれだけ、伝えたかったから」
「な、何よそれは……」
「よく考えたらさ、俺みたいなのと一緒にいたらさ、花も変な手紙とかもらうようになっちゃうかもしれないし。俺、そういうの全然考えてなかったわ。ごめん」
こちらは単に苦し紛れに吐いた言葉だったが、妙な誤解をされてしまったようだ。
小さく頭を下げてうつむいた拓美を見ていると、今度は黙ってられなくなり、
「そんなこと言われて、私がはいそうですねって、納得すると思う?」
「え?」
「上等じゃないの。あんなくだらない事する輩は、逆にこっちから犯人割り出して、警察に引き渡してやるわ。警察の知り合いいっぱいいるし」
気づけばそう息巻いていた。
惚れた腫れたの話よりも、正直こっちのほうが俄然勢いづく。
「やだ花ちゃんカッコイイ……。あ、でも俺だって、花がまた変な連中にちょっかいかけられても守ってあげるからね」
「私は自分でなんとかできるから、別に大丈夫」
「えぇ……そこはお互いに、って言おうよ。でもホント強いなぁ、花ちゃんは。あれ? じゃあ……ってことは、オッケーってこと?」
「あっ……。いや、それとこれとは話が……」
きっちり意見がハマってしまい、またもしどろもどろになる。
とはいえこれ以上、変に話題をそらしたってしょうがない。答えは、とっくに決まっている。
なんだかんだ文句をつけたけども、はっきり言って、単純に恥ずかしいのだ。本当、それに尽きる。
だけどこうやっていちいち発言に振り回されるほうが、もっとみっともない。
花は覚悟を決めて、ぐっと拓美をまっすぐ見据えて、
「その……一緒にいたいって言われても、何をどうすればいいのか、わからないけど……。見てると危なっかしくて……あなたのこと考えてると、大丈夫かなって、なんだか不安になるから……それだったら、近くにいたほうがいいかなって思う」
なんとか言えた。
これでも心臓の音がずっと鳴り止まないぐらいには恥ずかしいけども、どうにかうまい具合にカッコついた。
花が胸をなでおろしていると、拓美が首をひねりながら言った。
「ええと、つまりそれは私も好きだから一緒にいたいってことでいいのかな」
「だ、だからそういうのとはちょっと違うのかもって言って……!」
「そんな顔真っ赤にされて言われても……。でもかわいい」
突然拓美が手を伸ばしてきて、頭をなでられる。
いきなりの不意打ちに顔面から火が出そうになり、花は強引にぐるっと体を百八十度回転させた。
「帰る」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ! 今からデートしようよ、花ちゃんの行きたいところで、どこでもいいから!」
「家」
「お家デートかぁ、いいね花ちゃんわかってるね~」
「帰るって意味!」
すたすたと歩き始める花の横を、拓美が慌ててついてくる。
男子は敵だったはずが、急に見守りたい……だなんて我ながら変な感じだと思った。
それでも、花ちゃん花ちゃん、と隣で親しげに何度も名前を呼ばれて、なんだか懐かしい感じがして、嬉しいようなむず痒いような気分になって、胸のあたりが温かくなった。
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