第2話


「あれはウンディーネだね。巨乳の」


 その日の学校からの帰り道。

 バスを降りた先で、俺はかの優等生男子である鷹野雅人(たかのまさと)ことマサと一緒に歩道を歩いていた。

 

「ウンディ……なにそれ?」

「知らない? ゲームとかにでてくるじゃん水魔法使うやつ」

「いやわからん。タク、お前ほんとゲーム好きだよなぁ」

 

 俺の名前は拓美だからタク。小学生の頃からずっとそう呼ばれている。

 マサは俺の幼馴染であり親友である。一人二役も演じてえらい。実際えらいやつなのだ。 

 

 理知的、頭脳派。模様のついた縁のある眼鏡に、さわやかツーブロックの流行に敏感なイマドキ男子。

 みんなの投票で選ばれて、マジかよとか言いながらもそつなく学級委員長とかやっちゃう系。

 同じ学校に通っているはずが、マサは特進コースという隔離されたクラスにいて、ちょっとばかし俺とは頭のデキが違うのだ。

 

「そりゃ幻覚だろ。お前いっつも変なタバコ吸ってるじゃん? あれヤバイもん入ってんじゃないの?」


 小中高と一緒で十年来の付き合いだと言うのに、トイレに濡れ濡れの巨乳美少女がいたことを信じてもらえない。

 かたやこちらも「いやいやそんなわけないだろ~」と否定できないのが怖いところである。


「タバコはやめなさい、って言われて思わず「はい」って言いそうになったもの」

「自分がびしょ濡れでそんなこと言ってくる女いる? そもそも状況がよくわからんけど」

「やっぱり幻覚だったのかなぁ」

「つーかお前さ、そんなアホなことばっか言ってないでさ……前のアレ、どうした? もう決めたのか?」

「いや……」


 前のアレ……とはアレだ。

 なんか俺が、女子に告白されたやつ。 

 

 俺は自他ともに認めるイケメンであるからして、意識せずとも女子から好意を寄せられてしまうのは致し方ない。

 だけど今現在それで困っている。とりあえず友達から、ということで保留にしている。

 なぜそんなことをするかというと、五人目の保留であるからして悩んでいる。


「いい加減さ、彼女作れよお前も。さっさと決めたほうがいいと思うぜ? 変な噂立つ前に。あの子いいじゃん、なんて言ったっけあの後輩の子」

「後輩かぁ。後輩もいいかもなぁ」

「あの先輩は? ちょっと気強そうな」

「先輩ねぇ、先輩もなぁ」


 結構みんなグイグイ来るんだよなぁ。

 かく言う私は、草もろくに食まない断食系であるからして。


「いまいちピンと来ないと言うか……。好きという感情がよくわからないというか」

「はあ? なんだよそれ、いつまでも中二病みたいなこと言ってさ。お前、ずぅっとそうだもんな。ちょっと理想が高すぎるんじゃない?」

「えぇっと……理想が高いというか、愛されるより愛したい? っていうの? そうじゃないと、やはり相手に失礼かと」

 

 わからないなりになんとかそう返すが、マサは煮え切らない感じだ。

 若干不満そうに俺の顔を見て、う~ん……と曖昧に唸った後、


「まあなんにせよ、羨ましいかぎりだよ。選び放題で」

「まぁ俺のイケメン具合と言ったら、それはもう神の過ちレベルであるからして」

「はいはい。でもまあよくできてるよ、天は二物を与えずってね。これで頭の方も完璧だったら……」

「二物じゃなくて、イチモツを与えず、だな。今日の俺やっぱ冴えてる」

「は? なにそれ?」

「前言わなかったっけ? 俺ちんこたたねーんだよ。中学の時親父が連れてきた女に無理やりされてから」

「……え? それ、マジだったの?」

「秘密ね? 恥ずかしいから」


 こんなウワサ広まったらもうお婿に行けない。

 今や誰も見ていない見られていない安全な場所でないと、ムスコがやる気にならなくなってしまったのだ。

 

 少しばかりデリケートな話題だったせいか、マサも黙ってしまった。

 あんまり羨ましくなくなっちゃったかな。

 大体、そういうマサだって背がシュッと高くてそれなりのイケボーイなのだ。

 やっぱ何事もそれなりがいいよね。俺もそれなりだったら、そんな目にはあってなかっただろうに。

 マサは気を遣ってか、大げさに一度天を仰いで見せて、無理やり話題をそらした。


「あー、というかやっぱ、強い男がモテんのかなあ? でもま、そりゃそうだよなぁ。全校生徒の前でインターハイ出場! なんてやったら」

「それだ。あれ以来爆発的に来た感じあるね。奴ら権威に弱いから」

「ボクシングはほんとに未練ないわけ? 始めて一年でって相当だろ」

「未練も何もね。カシコイ僕はすぐ気づきましたよ。あれ以上はあんなもん無理だって、もう人間やめてるよねそういうレベルになると。そもそも僕、痛いのも疲れるのもキライですし」

「よくそんなんでインハイまでいけたよな。初戦敗退とはいえさ。まぁタクの運動神経は昔から飛び抜けてたけど」

「それにはまぁ、ちょっとしたカラクリが……いわゆる絶対数がね……。不戦勝とかもあったし……もにょもにょ」


 そりゃイマドキ少ないですよ、自らボコボコに打ちつ打たれつしようなんていう奇特な輩は。

 毎回毎回、緊張で吐きそうになりながらリングに上がるのはもう嫌です。

 生来の運動神経の良さ、でいけるのはそこまでが限界である。

 なので高校一年から二年に上がるタイミングで、逃げるなら今しかねぇと部活はすっぱりやめた。

 俺は生まれ変わるのだ。

 

「そもそも俺は、いじめられたくなかっただけだからさ。ボクシング自体はどーでもいいのよ」

「そんだけ名前知れたら、いじめようとするやつなんていねーわな」


 そうは言うけど、そううまくはいかないもんだよね。

 人生ってやつは。


「じゃあ、拓美さんの今後の抱負は?」

「プロゲーマーとかよくない? ゲームやってお金入ってくるとか最高じゃん」

「お前都合のいい部分しか見てないのな。だいたいRPGしかやらないくせに、どっから金入ってくるんだよ」

「イケメンゲーマーとして顔出しでゲーム動画配信して、頭弱そうな女の子にお金めぐんでもらうってのは?」

「微妙にリアルに考えてやがるのがムカつくな。言っとくけどそんな甘くねーぞ、絶対」


 我ながら名案だと思ったのだがダメか。

 そもそも俺、動画とか撮ったことないしネットのこともよくわからんのだけど。


「そういや今日、ヒナは?」

「バイトだって」


 マサには真中陽愛(まなかひな)という、そこそこ巨乳でかわいい幼馴染の彼女がいる。

 というかヒナは俺とも幼馴染の親友だ。

 要するに俺たち三人は家が近所で、そろって幼馴染の仲良し三人組だった。

 まぁ今は俺だけ少し引っ越して、近所ではなくなったんだけども。

 

「どうなん? ヒナとは最近」

「どうって別に、いつも通りだよ。何だよ急に?」

「いや、ケンカとか、してないかなって」

「してないしてない。全然ご心配には及ばないから、俺たちのことは気にしなくていいよ。……まあなんにせよさ、タクもとりあえず誰かと付き合ってみればいいんじゃん? 急に愛に目覚めるかも知れないしさ」 


 愛ねえ……。

 あ、今なんか急に愛の兜かぶった戦国武将思い浮かんだ。

 彼女ができると、俺もいずれあんな風になるのかな。

 

 やがて信号のある大きな十字路までやってきた。

 お互いの家の位置の関係上、あと信号二つ分ぐらいは一緒に行けるのだが、マサは片手で携帯をいじりながら立ち止まった。

 

「んじゃ、俺ちょっとスーパー寄ってくわ。ウチの母親が帰りに牛乳買ってこいってさあ。今夜シチューとグラタンだから、って。知るかよどんだけ使うんだよって話。マジめんどいんだけど」

「ああそう、大変ね。んじゃね」


 俺は手を振ってマサと別れた。

 いいなぁシチューとグラタン。今日はカップラーメンはやめて、コンビニで何か買って帰ろ。

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