第30話 時は来た
「いらっしゃいませぇ!」
今日もユリスは繁盛を極めていた。借金を返済し終えてというもの、借金取りとの関わりが無くなったことで集客も売り上げも上々。
店員が変わった衣装で接客していることも話題になった。
「やはり、メイド服は正解だったな」
敬輔が満足げに笑う。
「予想以上の反響だ」
勝吾も出来上がった料理を運びながら喜んだ。テーブルは全て埋まっていて、男たちが酒を飲みながら料理を食べる。その光景は、料理店として正しい在り方だった。
「忙しすぎない?」
ヘトヘトになりながらも、しっかりと働く葵。
「…………」
ナーニャは相変わらずスカートの丈を気にしつつ働いている。
「やはり、ここのお料理は美味しいですね」
すっかり常連となり、日々の食事を楽しむリリ。
「はい、料理できた」
心志が厨房から声で伝える。
今まで厨房で手伝っていたナーニャは、メイド服で接客するようになったために調理場での仕事は無理になった。そこで心志、敬輔、勝吾の3人が交代でサンディラの手伝いで厨房で働いていた。
この街、エルラにとって日中は仕事に精を出し、それが終わればユリスに向かうという1日の流れが定着しているものが多く見られた。
そこには美味しい料理と酒、そして華やかな衣装を身にまとった給仕を見て癒される至福がある。
借金が理由で閑古鳥が鳴いていた時期が嘘のように人の声で溢れる空間。巷の噂では王都に店舗を移すのでは。という話も多く出ていた。
全て上手くいっている。なのだが、またしても面倒ごとがやって来た。
「随分と繁盛してるなぁ」
借金取りである3人が現れた。
「おい、金は返し終わったろ。なんで来た」
客として扱う気などない勝吾が、早くも喧嘩腰で眉間に皺を寄せた。
「俺たちが来る理由なんて、金以外にないだろ?」
不敵な笑みを浮かべながら勝吾を挑発する。そして、男は続ける。
「実はな、利子が足りてないみたいなんだよな。もしかしてよ、一気に返済する事で利子の分を誤魔化そうとしたんじゃないか? もしそうなら、これは立派な詐欺だ」
「どういう言い掛かりだよ。金の計算はお前らも関わっただろ。その時に俺は利子も含めてっつったろ。その時わざと計算から外したんじゃないのか?」
それは、どうにも水掛け論の体になる。そもそも、本当に支払われていない利子などあるのかすらも怪しい。
「お前にもう少し謙虚な姿勢があれば、穏便に済ませることもやぶさかじゃなかったが、 仕方がないよなぁ」
そう言って男が指をパチンと鳴らす。すると、外に控えていたのであろう大男がノシノシと入ってきた。
見た目は人類に限りなく近い熊。その男が勝吾たちの前まで来ると、獰猛に笑った。
「コイツ等に痛い目を合わせるだけで金がもらえるなんてツイてるぜ」
そのセリフを聞いた葵が、
「最初から痛い目にあわせる目的で連れてきてるんだから、利子の話が揉めることを想定してたって事?」
とキザな男の方に聞いた。それは純粋さからくる純粋な質問ではなく、痛いところを突くものだった。当然それで大人しくなるはずもなく逆上した。
「うるせぇ! 貸した俺が詐欺だって言ってんだから詐欺なんだよ。詐欺を働いたんだから、詫びとしてこの店を寄越せ」
もはや理屈など関係なく、子供の駄々に変わっていた。
それを合図にしていたということは無いだろうが、後ろに控えていた髭面の男が動いた。見守っていた客を退かせたり、テーブルを乱暴に動かした。
おそらくは、熊男が暴れやすくするためのステージを作っているのだろう。だがそこに誤算があった。
「おら、お前もどっか行け」
そう言ってテーブルをひっくり返す。派手な音を立て食器が割れ、テーブルが転がった。
「なんてことを」
乱入者のせいで食事はストップしていたものの、まだ食べている途中だったリリの料理が床に落ち、彼女は怒りに震えた。
当然、そんな騒ぎになれば厨房まで聞こえる。慌てて姿をあらわし心志とサンディラ。状況はつかめないが、良い場面ではないことは無い事は明白。
「アンタたちか。話はアタシが聞くから表へ出な」
そう言ったサンディラをリリが制した。そして、
「カラン」
小さく自身のメイドに告げると、カランは小さく頷きパチンと指を鳴らす。すると、熊男が現れた時と同様に屈強な男たち5人が入ってきた。しかしそれは、デカいだけの素人ではなく、明らかにプロ。鍛えられた肉体を誇る護衛たちが入ってきた。
「この不届き者たちを連れて行きなさい」
カランの一言で統率が取れた動きを見せる。この状況に一番驚いたのは男たちだろう。
「な、なんだお前ら」
「離せ!」
などと言って抵抗を見せるが、完全に無駄に終わった。
外へと連行される男たちを見送っていたが、勝吾が止めた。
「悪いが、その男は俺が始末をつける」
全ての元凶であるキザな男は、痛い目に合わせなければ気が済まない。そう決めた勝吾が首の骨を鳴らしながら男に近づいた。
「おい、来るな」
またブレンバスターをくらわせに来ることを警戒してたじろぐ。だが、勝吾が狙っている技はブレンバスターではなかった。
勝吾は男の目の前に立つとエルボーを左の顎に打ち込む。すると脳が揺れた事で【く】の字に折れ曲がる。
そうなったら相手の背中をさらに押し、勝吾の太ももの位置まで肩を下げさせる。そして、自身の左の太ももに男の右肩、右の太ももに左肩を当て、勝吾は男を抱えるように腹に手を回して固定する。
そこから無理やり持ち上げる。
勝吾が空気椅子の形をとることで、肩が太ももに乗り男の脚は天を向き、頭は下を向く。
その態勢から繰り出される技の名前は【パイルドライバー】。勝吾は十分な溜めを作ってから、膝を伸ばしながら尻もちを付く。勝吾は尻が痛いだけだが、相手は脳天が痛い。
パイルドライバーが完全に決まった事で、相手は失神した。
そして、リリの護衛が残りの男たちを締め上げた事で、利子の話は嘘だと白状した。
「もう二度とかかわらないので許してください」
泣きながらスキンヘッドが懇願する。
「オレはただ雇われただけで」
「…………」
熊男も髭面の男もすっかり意気消沈で正座していた。
「本当に、もう関わらないんだね?」
サンディラが確認をする。この件の幕引きはサンディラに任せることになった。彼女の采配次第で彼らの運命が決まる。
「もう、絶対に関わらない。近づかない」
それを信用するかどうかなのだが、
「わかった」
と、サンディラは信用することに決めたらしい。
一応念書も書かせ、早々に店から追い出した。失神した男を担ぎながら小さくなっていく背中を見つめ、今度こそ全てが解決した。
この一悶着の後も客足は途絶えることはなかった。
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