第26話 売れる可能性

「わたくしはエヴィ・リリー・クロキュアといいます」


 もう一度自分の名を告げるリリ改めエヴィ・リリー・クロキュア。


 完全に硬直しているナーニャに葵が声をかける。


「どうしたの、大丈夫?」


「だ――」


「だ?」


「だ、大丈夫じゃない。リリ、じゃない。エヴィ様はこの国の王女様なの」


 貴族どころ話ではなかった。彼女は国の象徴たる王族に名を連ねる1人、そんな立場だった。


 王都に住む者であれば彼女の顔を知っている。しかし、王都に行ったことが無いものや、王族の名は知っていても顔を見たことがないというのが大半を占めるエルラでは圧倒的に認知度が無かった。


 しかし王女と聞けば当然態度も改まる。顕著に現れたのはナーニャだった。


「あ、あの。今まで大変失礼な態度を」


 と、口にしたが彼女はそれをさえぎる形で止めた。


「失礼な事などありません。わたくしはナーニャさんに感謝してるんです。こんな楽しい事は初めてだったから」


 エヴィはナーニャの手を握り屈託なく笑う。そんな少女同士の友情に割って入る空気の読めないバカが現れた。


「ちょっと良いだろうか?」


 眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら敬輔が近づく。


「? はい」


 短く答えたエヴィに対しこの男は、


「俺たちをこの世界に呼んだのは貴女だったんですね!」


 と暴走を始めた。


「やはりこの世界は魔王によって苦しめられていた。貴女は我々を召喚したものの魔王の手によって妨害された。だから――――あああギブギブギブ!!」


 とりあえず大人しくさせるために勝吾がドラゴンスリーパーで黙らせ。


 ドラゴンスリーパーとは相手の背後に立ち、自身の右腕を敬輔の首の左側からグルリと一周させる。そしてそのまま、締めながらのけぞる。すると苦しさが頂点に達するので勝吾の腕をタップするしかない。


 もちろん大して力を込めた訳ではないが、苦しいものは苦しい。ゼーゼーと息を繰り返し、オタクは鎮圧された。


 異世界への転移について敬輔が喋った以上、エヴィにも1から説明するしかない。

 一通りの話を聞いたエヴィは一言。


「わたくしも一族も全く関与してません」


 と告げた。


 本人の口から完全に却下された異世界転移のきっかけの1つだったが、敬輔の理想の異世界転移構想が打ち砕かれた。


「まだ、女神の可能性があるからセーフ」


 震える声で次の候補を上げた。


「往生際が悪いぞ」


「諦めないのと、くどいのは違うからな」


「神様系は無いと思うなぁ」


 いつも通りのツッコミに打ちひしがれる敬輔を気にも留めずに話を戻した。そして、本人がエヴィではなくリリと呼んで欲しいと要望を出したことで、心志たちの中でリリという名前が定着した。


「あの、先ほどから気にはなっていたんですが……あれも、異世界の物なんですか?」


 リリが気になる様子を抑えながら、売れ残った日本円などの荷物を指さした。


「ああ、見てみるか?」


 気軽に接していいと言ってはいるが、一応は王女。それなりの接し方はあると思うのだが、勝吾は気にしていなかった。リリ本人も気にしている様子はなく、受け取った日本円の100円玉を興味深く眺めた。


「気に入ったならやるよ。敬輔が迷惑かけた詫びだ」


「良いんですか? こんな精巧な作りの工芸品を」


 どうせ売れないしな。と勝吾たちは笑ったが、リリは笑ってはいなかった。


(これを王都の彫金師や物好きな貴族に見せれば)


 確実に大金を払ってでも買うことは予想できた。貴族という人間のパーティーなど所詮、珍しい事や品物、動物が手に入ったりした時の自慢の場でしかない。それを嫌というほど見て愛想笑いを浮かべていた彼女には解る。


 物珍しい物が大好きな彼らは、恐らく大金を積んでくる。異世界のお金として紹介するのではなく工芸品としてなら売れるはずだ。


 彼女が売る場合、警戒しなくてはいけない事は、彼女は王手では知らぬ者はいない王女だということ。貴族の誰かに接触し販売してしまえば、どこから手に入れたのか、なぜ持っているのかと勘ぐられる可能性はあったが、どうにか誤魔化せるだろう。


 自分に任せてもらおうと名乗り出る寸前、後ろに控えるメイドのカランが口を開いた。


「コレを売るのならば、カランが適任です」


 無表情のまま告げるメイドに注目が集まる。


「アンタ、売るためのツテでもあるのか?」


 勝吾が聞くと、カランは肯定した。


「はい。高く買ってくれそうな貴族も知っています。上手く乗せれば大金を吐き出すはずです」


 完全に搾取する気で話している。


「で? 見返りは?」


 当然、慈善ではないと悟っている勝吾からすれば相手の手間賃が気になる。


「見返りは、これと同じものを3枚でいかがでしょう?」


 日本円で見れば300円だが、この世界では桁が違う。下手をすれば市民の年収を超える可能性もある。


「わたくしなら見返りは必要ありませんよ?」


 リリがそう申し出る。


「2枚でどうだ?」


 勝吾が持ちかけるが、カランは首を横に振る。


「それでは足りません。カランのやる気が削がれてしまいます」


「あれ、無視ですか? 少なくとも貴女は無視して良いわけ無いわよね?」


 それを穏やかな口調でカランは制する。


「お嬢様、ただいま肝心な所ですのでお静かにお願いします」


 えぇ……。というリリの非難をスルー。


「仕方ない、3枚で手を打とう」


 勝吾の方も聞こえないふりで決着を付けた。


 このまま問答を続けても仕方がないと割り切ったらしい。


 カランに100円玉3枚を前払いで手渡し、売り物である日本円全てを渡した。


「様々な種類があるのですね。こちらの男性の肖像画も女性の肖像画も高く売れそうです」


 千円札や五千円札を眺めながら感心する。


「それでは皆様、後日ご報告と売り上げをお渡しに伺います」


 深々と一礼をするメイド。


「ああ、頼んだぞ」


 すっかりビジネスパートナーとなった勝吾が軽く右手を上げる。


 すっかり空気となってしまったリリは、呆然としながら席を立つ。


「リリ。また遊びに来てね」


 そのナーニャの言葉が耳に届くと、彼女は明らかに元気になった。


「良いんですか?」


「もちろん!」


 笑顔が戻ったリリはカランを連れて店を出て行った。


「どの位の資金につながるのか楽しみだな」


 勝吾は2人の背中を見送りながら笑う。

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