第25話 本名
「お嬢様?」
ナーニャはリリの方を見る。
「お嬢様。勝手に居なくならないでください」
「そう思うなら、わたくしが居なくなってすぐに気づきなさい」
そのやり取りに心志と葵は、そう来たか。と思った。彼女はどこかの貴族で、入口に立っている女性はそれを迎えにきた使用人という構図だろう。そして道に迷ったのは本当だろうが、自力で帰れなかったとしても誰かが見つけてくれるくらいのお嬢様なのだろう。
「とにかく、お戻りください」
「イヤよ、ここは居心地が良いの。わたくし、ここの子になる」
帰ることを放棄したリリの言葉に女性はため息を吐く。
「何を面倒くさいこと言ってるんですか。お嬢様を連れて帰らないと怒られるのはカランなんですよ?」
このカランという名の女性。リリに対して割と毒舌だった。
「だいたい、お嬢様は注意力が散漫すぎます。いい歳して迷子とは」
鼻で笑いながら肩をすくめる。
「別になりたくてなった訳ではないし。というか貴女、わたくしへの対応おかしくない?」
2人のやり取りに誰が口を挟めるでもなく、ただ見守ることしかできない心志たちだったのだが、そこへ敬輔が厨房から顔を出した。
「どうしたお前ら」
敬輔は微笑みながら、新しく増えた女性カランを見ると驚愕の表情を作った。
「メイド!?」
仏の心は置き去りにされた。彼の目に映ったのはカランの服装。それは黒を基調としたワンピースの上に白色のエプロン。しっかりとした存在感はあるが、派手でも
「この世界にメイドがいるのか? メイド喫茶か? メイド喫茶があるのか?」
ワナワナと震えながら近づいてくる正体不明の男に対しても、カランは無表情に応対する。
「メイド喫茶なるものがどのようなものかは存じませんが、カランはメイドでございます」
丁寧に一礼をするカラン。
メイドという言葉だけなら馴染みはある。コスプレにしても定番であり、メイド喫茶でアルバイトをすれば簡単に袖を通せる。しかし、本物のメイドは違う。客を楽しませるのではなく、純粋に主に使える姿は敬輔には神々しく映った。
「写真。そうだ、写真だ」
敬輔は、端に寄せてある自分の荷物から携帯電話を取り出す。そしてカシャカシャとシャッターを切り続ける。
何をされているかも解らないであろうカランは、無表情で敬輔を見つめ、ナーニャとリリは怯えていた。
「ケースケは何してるの?」
ナーニャに問われた心志は何をどう説明するか迷い、自分の携帯を取り出して敬輔を撮った。
「僕たちの世界の技術なんだよ」
画面の中には夢中で携帯を構える敬輔が写し出される。どう説明したらよいのか四苦八苦ながら、写真とは何かを教えた。
そしてリリに対しては自分たちの事を話した。彼女が不審者として敬輔を通報する可能性を考えれば、できるだけ丁寧に異世界という概念を説明し、理解してもらった方が助かる。
「そのような事が」
にわかには信じられない事ではあるが、色々信じるしかない事が多い。どう反応するべきか悩んでいると、カランがリリの肩に手を置いた。
「世の中には解明できない事象など数多くあります。彼らの話を信じましょう」
うーん、と唸るリリに追加で耳打ちする。
「こういうのは信頼関係です。まずはこちらが相手を受け入れれば、向こうもこちらを受け入れてくれる。そうなれば、お嬢様念願の【お友達】ですよ?」
「いや待て。わたくしにも友達はいます。何人かには会っているでしょう? ……でも、確かにお友達にはなりたいので信じます」
そんな独特なやり取りが終わり、敬輔も落ち着いた。
「それでですね。わたくしも皆さんに嘘を吐いていた事がありまして。実はリリというのは本当の名前では無いんです」
意を決したリリの告白を真剣に聞いているのはナーニャだけだ。
「わたくしはエヴィ・リリー・クロキュアといいます」
長い名前だなと感想を抱いていた心志たちに対し、ナーニャは固まった。
「え??」
その言葉だけで精一杯なのか、ナーニャは他に喋らない。
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