第24話 お嬢様

 だが、そこでナーニャは我に返った。本来の目的はリリに道を教えるため帰ってきた事を思い出した。


「帰り道、今教えるから」


「えぇ。ありがとうございます」


 紙とペンを取りに行こうとしたナーニャだったが、その前に、厨房から敬輔が出てきた。


「食事だそうだ。俺の分は後で作ってくれるらしいから、先に食べてくれ」


 仕事中の敬輔は後で食べるらしく、早くも背中を向けて厨房に向かった。


 テーブルに置かれる料理。大皿料理にスープとパンという慣れた食事スタイル。そして敬輔が持ってきた取り皿は5人分。


「リリも食べてから帰るでしょ?」


「良いんですか?」


 自分の分など考えてもいなかったので、道だけ教えてもらって、さっさと出ていくつもりだったリリは驚く。


「せっかくだから食べていって」


 ナーニャがリリに席を勧め、彼女はそれに素直に従う。それをきっかけに5人は席に着き食事が始まった。


 取り皿に料理を取っていく事に慣れていないのか、それとも遠慮があるのか。リリは躊躇うようにオドオドとパンを食べていた。


「早く取らないと無くなっちゃうよ?」


 ナーニャがリリの皿に手早く料理を盛る。


「ありがとう、ございます。どうにも慣れてなくて」


 言いながらパンを置き、ゆっくりと取り分けてくれた料理を口に運ぶ。


 リリはこんな賑やかな食事は経験が無かった。食事中の私語は厳禁、耳が痛くなるような空間に広がるのは食器の音だけ。自分に与えられた食事をただひたすらに消費する行為。


 一応、家族全員で集まっているものの、会話の一言もなく誰が居ても居なくても変わらない。暗闇の中で食べているのと変わらない食事。


 それが家での在り方だった。


そんな事を考えて、手が止まっていたリリをナーニャが心配そうに見つめる。


「口に合わなかった、かな?」


 不安そうに聞かれ、リリは慌てて否定する。


「そんな事ありません! とっても美味しいです。ちょっと考え事をしてしまっただけです。ごめんなさい」


 それを聞いてホッとした顔をするナーニャ。


 しかし次の瞬間、勢いよく店の扉が開いた。そこには1人の女性が立っていた。佇まいは異常なほど凛としており、メガネをかけた黒髪の若い女性。視線だけで店内を見渡し、一点で止まる。


「見つけましたよ。お嬢様」


 それはリリに向けられた、平坦で抑揚のない口調の言葉だった。

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