第16話 さぁ?

 あまり人が入らないとはいえ、昼間は店を開けないことには金銭が発生しない。なので勉強会は閉店後の夜に行われた。


「この街、【エルラ】は基本的に何もない場所だと思う。王都から近くもないけど遠くもない。物の流れも悪いわけじゃないけど、溢れてる事もないの。一応農業、商業、織物工業とかで成り立ってるけど、どれにも特化してない普通の街。力仕事が多いから料理の量は多く、味は濃いめが好まれる。そしてお酒の消費も激しい」


 ナーニャたちは心志の部屋に集まった。


「うちの店でも、お肉系の料理は人気があったし、油で揚げたものも人気だった」


「まぁ、力仕事は油ものが欲しくなるからな」


 普段のアルバイトが力仕事メインだった勝吾がうなずく。


「ナーニャさん。食材を油で揚げる料理って、どういう風にですか?」


 心志が聞くと、すぐに答えが来た。


「野菜や肉に味をつけて揚げる感じかな」


 いわゆる素揚げに近い料理だった。パン粉などを衣にして揚げるフライや天ぷらとは違うらしい。


 そしてナーニャは、


「それと、……別に私に【さん】とか付けなくていいよ。気軽に話せた方が楽だから」


 それは心志だけにではなく、全員に向けてだった。年も近いのに敬語を使われているのでは話しづらいらしい。


 ナーニャはコホンと咳払いをしてから、特に彼らの反応も待たずに説明を続ける。


「エルラは海から遠いから魚は貴重で、基本的に乾燥させた魚が流通してるけど、そのまま食べるしかないから調理はできない」


干物ひものってこと?」


 心志が葵を見る。


「そうね。乾物かんぶつとかスルメだから、そのまま食べるしかないかも。……海から遠いって事は塩も貴重なのかな?」


 魚が貴重ならば、同じ海から取れる塩も同様に貴重なはずであるが、ナーニャの答えは違った。


「少し離れた所に塩が取れる不思議な山があるの。山を削ると塩の石が出てくるから、そこで取り放題」


岩塩がんえんってことね」


 葵が言うと、ナーニャ以外が納得した。


 もともと海であった場所が、地殻変動で切り離され海水の水たまりになる。それが長い年月で地面が盛り上がり山となる過程で、海水も山の一部となることで圧縮され水が抜けて塩だけが残る。それが固まれば岩塩の出来上がり。


 塩があまり貴重ではないというのは、正直ありがたかった。どの料理にしても塩は必要だからだ。


 こうして、ナーニャによる勉強会が連日行われた。


 2日目は貨幣価値。3日目は身近な法律。と次々に教えてもらうのだが、ここまできてナーニャが重要なことに気づいた。


「なんで皆、言葉が通じるの?」


 それは純粋な疑問。あまりに普通に会話が成立していたために気にも留めなかった事実。だが、


「「「「……さぁ?」」」」


 当然4人の男子高校生にも何故かはわからない。彼らも最初に思っていたが、誰も答えは知っていないだろうと放っておいたのだった。


 異世界に来たことの意味もわからないのだから、わからないことが1つ増えたことで困ることもない。


 だが、彼らの発言に流石にナーニャもドン引いた。


「え? そういうの気にならないの? 怖かったり不安だったりしない?」


「まぁ、気にならないかって言われたら気になるけど、いま考えても答えなんか出ないよ。きっと」


 心志の言葉に3人もうなずく。


(あえて考えないようにしてるのかな。ただでさえ知らない世界に来てるんだから不安だよね)


 ナーニャはそう結論付けた。しかし実際は、考えてもわからないから考えない。という彼らの理屈なのだがそれは伝わっていなかった。


 妙に優しくなったナーニャによる勉強もその日は終わり、皆が自室に戻った。

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