第9話 プロレス
大の男とは思えない悲鳴。端から見れば何故悲鳴が上がっているのかも理解できないだろうが、心志たちは違う。
彼らは知っている。悲鳴を上げているのは、超が付くほど痛いからだ、と。
勝吾が行っているのはフェイスロック。プロレス技の一つで、苦しさなどは無いが物凄く痛い。
「痛痛痛痛ッ!!」
悲鳴が上がろうとも決して拘束を解かない。呆然と見ていた男たちであったが、仲間が痛い目に会っていれば黙ってはいられない。
「何しやがんだテメェ!」
「誰に手ぇ出したか解ってんのか!?」
そんな言葉を意に介すことも無く、勝吾は言い放った。
「あぁ? お前らが抵抗しても怒らず、むしろその方が燃えるって言ったんだろ? リクエスト通りちょっと抵抗してんだから、とやかく言わずに早く喜べよ。」
一息でそのセリフを吐き捨て、フェイスロックを解く。
スキンヘッドの男は目に涙を浮かべながら、テーブルに突っ伏した。
「このッ!」
その声と同時に右側の髭面が立ちあがった。そして勝吾に向かっていこうとした瞬間、腰を落とした体制を作った勝吾が髭面男に向かって突進した。無論ただ突っ込んでいったのではない。彼は自分の左肩で相手の鳩尾を狙ってタックルし、確実に後ろへ倒すために当たる瞬間に両腕を相手の腰にまわして一緒に倒れ込む。これはプロレス技のスピア―。当然やられたほうは痛く苦しい。
普段から鍛えられているプロレスラーならまだしも、軽く鍛えている程度では話にならない。
スピア―の威力と、受け身を取れなかった事による衝撃で完全に沈黙した髭面の男。それをしり目に悠々と起き上がった勝吾は軽く埃を払いながら笑った。
「お前が最後だ」
それは挑発以外の何物でもなかった。それを聞いたキザな男は顔を赤くし勝吾に襲い掛かった。
男は右手で勝吾を掴みに行った。だが反応速度で差があったのか、相手に右肩を晒す形で半身になって避ける。相手が宙を掴んだ隙に、右手を自分の左肩の位置まで持っていき、振りかぶる体制を作った。
そして体重を乗せ、男のがら空きになった胸筋に向けてフルスイングで振り抜いた。
バチンッという痛そうな快音が響く。
「今のは逆水平だ。痛いだろ?」
今まで経験したことの無い痛みなのだろう。悶絶という言葉が良く似合うように顔をゆがめ、痛めた所を手で押さえている。
だが、勝吾は容赦しなかった。男に次なる技をかけるために動き出した。
勝吾は男に近づき、相手の首を下へ
自分の頭は相手の左肩の下に潜らせ、右手で男のズボンの腰辺りを握り絞める。
ブレーンバスターの体勢が完了した事で、勝吾は短く息を吐き力を込める。全身の筋肉を使い、相手を引っこ抜くように持ち上げる。
男の両足が床から浮き上がり、そのまま天井を向いた。
「おらーーッ!!」
勝吾は掛け声と共に後ろに倒れ込む。人間が縦に2人分並んだ高さは壮観なもので、プロレスに醍醐味である派手さも申し分なかった。
木材の床に落ちるドンという音が店内を埋め尽くす。
背中を叩きつけた事で男は息ができず、もんどりうっている。一方で技をかけた方の勝吾は颯爽と立ちあがり、右手を天高く持ち上げた。
「おっしゃぁ!!」
その光景を呆然と見ているスキンヘッドの男。彼が唯一の軽傷と言える状態にしたのは理由があった。
「おい、お前は元気だよな? コイツら抱えて今日は帰れ」
勝吾が男へ向けた言葉。彼がヘッドロックを選んだ理由。それは動けなくなった仲間を抱えさせるためだった。
目つきの悪さを存分に生かした脅し。いい歳をしているであろう大人を高校生が脅すという、日本で言うところのオヤジ狩りにも見える光景。
顔面に走る痛みが反抗心を捨てさせ、スキンヘッドの男は目で抗議しながらも口には出さず、2人を引きずるように店を出て行った。
男たちがいなくなった店内には静寂が戻り、サンディラとナーニャの親子も止まっていた時が動き始めたかの様になった。
「あんた、凄いねぇ。まさか追い払っちまうなんて」
感心しきりという顔のサンディラ。
「相変わらずの動きだな」
「運動神経は良いんだよねぇ」
「親譲りだな」
勝吾が強い事を知っている3人は以外でもないリアクションだった。
「まぁ、異世界にプロレスは無いだろうからな。初めて喰らう技は痛いし恐怖だろうからトラウマくらいにはなってんだろ」
彼の父親はヒール覆面プロレスラーであり、幼少のころから父の戦う姿を見ていた勝吾少年は、見よう見まねの技はいくつか持っていた。無論、喧嘩等で使用する訳も無く、ただ備えあればの精神だったのだが、思わぬところで役に立った。
そして、心志たちがフェイスロックの痛さを知っている理由は、以前明村家に遊びに行った際、彼の父親の職業を知り、冗談半分でプロレスの技をくらってみたいと言った心志のリクエストに答え、軽くフェイスロックを受けた経験があるからだった。
男子高校生のノリで、心志以外の2人も技をかけてほしいと言ったため、全員がその痛みを知っていたのだった。
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