第7話 オモチャの涙

 そろそろ夕暮ゆうぐれの時間がやってくる。くもり空の下、今日は暗くなるのが早いからか、人間たちは帰りを急ぐように早足はやあしに感じる。

 この辺りは内戦でたびたび戦場となるので、営業している店もまばらになってしまったが、それでも町のメインストリートなので人通りは多い方だ。しかし暗くなるとトラブルも増えるため、もうすぐ少なくなった店たちも閉まりだす。そしてさらに町は暗くなる。

 1体の小型ロボットが、ショーウィンドウに張り付くようにしてオモチャを見ている。

 店の主人は中に入るように手招てまねきしてやった。

 カランカラン

「あの・・・」

 店のガラス戸の隙間すきまから小さな頭がのぞく

「いいよ、いいよ、自由にさわりな」

「ありがと!」

 テテテと店内に入りみ、ショーウィンドウの内側にけ寄った。

 かざられていたオモチャは、自転車に乗った男の子が走り回るものだ。今どきのオモチャではない。しゃべらないしリモコンも無し、ただただ同じところをぐるぐると回るだけの古いオモチャ。

 時代に乗り遅れた自転車乗りをジーと見つめる。


「手に取ってごらんな」

 店の主人は優しい声で話しかけた。

「でも・・・」

「いいから、ほら」

 きれいな台の上をクルクル回っていた自転車の少年はちゅうを飛んだ。

「ほら手に取ってごらん」

「でも。こわしちゃう」

「優しく持てば大丈夫だよ」

 オドオドと出した手はおさなさを感じさせる。

 そこに自転車の少年が着地した。

「あは」

 小さなロボは小さく笑った。


 自転車の少年は床の上を円を描き走り回った。その円の外側をロボは走り回った。

「自転車が好きなのかい?」

「うん!こんな風に走れたら楽しそう!」

「そうか。乗ったことは無いのかい?」

「自転車欲しいけどぼくには無理なんだ」

「そうか」

ぼくはね」

 小さなロボは急に立ち止まり、うつむいたまま

ぼくはね、爆弾ばくだんなんだ」

 自転車の少年が小さな足に当たって転んだ。

「そうか」

 店の主人は白いひげをなでながらニコリと微笑ほほえんだ。

 小さなロボは少しだけ顔を上げ、上目で店の主人を見つめた。

ぼくこわくないの?」

こわくなんかないさ」

「どうして?」

きみは、いや、きみたちはやさしいじゃないか」

ぼく仲間なかまを知ってるの!?」

 店の主人は彼の足元でペダルをこぎ続けていた自転車少年をひろった。

「ああ、きみたちは必ずここに来るんだ」

「え!?そうなの?」

「ああ、そうとも」

「そうか・・・」

 小さなロボットは、ますます小さくなった。

「じゃあぼくが今からどこに行くかも分かるの?」

「ああ、いっぱいお話ししたからね」

「泣いた子いる?」

「いたよ」

「どうなったの?」

「それでも時間が来たら出て行ったよ」

「そう・・・」

 泣きそうな顔をしている、いや泣いているのだろう。ぼくなみだは出ないから。

「どうして行かなきゃいけないの?」

「すまないね。それは私には分からない」

 いよいよ泣いた顔を主人に向けるが、しばらく言葉は無かった。

 店の主人は彼の目を見つめていた。

「少し待ってな」

 店のおくに入っていった主人は、あの箱を持ってきた。

「これを持って行きなさい」

「なあに?」

「とてもかたはこだよ」

「どうするの?」

「もし、いよいよ爆発しなきゃならない時が自分で分かったら」

「分かるの?」

「人間以外の景色が分からなくなるようだよ」

「そか・・・その時は・・・?」

「自分の頭を引っこ抜いて、この箱に入れて」

「抜けるの?」

「少しだけネジをゆるめておくよ」

 店の主人はこしのベルトにさしたネジ回しを出した。

「あんまりゆるめると、すぐに爆発ばくはつしちゃいけないから少しだけ」

「うん」

 カチャカチャと両耳の後ろあたりにネジ回しをあてた。

「それから、自分の背中せなかの方に向けて出来るだけ遠くに投げるんだ」

「どうなるの?」

 小首こくびをかしげて不思議ふしぎそうに見上げた

「うまく投げれたら、私が見つけてあげるよ」

「ほんと!?」

 小さなロボは大きく飛んだ。

「ああ」

 店の主人はうれしそうに、そして悲しそうに笑顔えがおで返した。


 ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン

 店の中のどのオモチャより古い時計がった。

 その途端とたんに小さなロボは背筋せすじばした。


「じゃあ・・・行ってくる」

 やっとしぼり出したような声で。

「ああ、これを持って」

 を向けたロボに、店の主人は銀色ぎんいろの箱をかかえさせた。


 カランカラン


 小さな背中が小さく見えなくなるまで主人は見送った。

「私が古いオモチャしか直せないのがくやしいよ・・・」

「彼は上手うまくいくといいね」

「そうだね」

 ショーウィンドウに自転車少年をもどしながら主人はこちらを振り向いて答えた。

きみたちはみんな顔は違うけど、頭の中はきっとだれか同じモデルがいるんだろうね」

「うん、たぶん」

「でなきゃ同じオモチャで遊んだり、あんな同じように笑わない」

 ぼくは古いロボットのオモチャの中で笑った。

 頭だけになってからずっとここからお店をながめている。小さなお客さんの笑顔えがおを見てるのは楽しい。

 でも10 年たった今でも、戦場に向かう前に店に寄ってく兄弟を見送るのは、たまらなく悲しい。

 早く戦争なんか終わればいいのに。そしたらぼくらの工場だって止まるはずだ。


 ずいぶん暗くなった空に爆発音がひびいた。

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ふくろうの短いお話 ふくろう @symayas

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