第6話 冷戦

「ちくしょう!!」

オフィス街を見下ろすビルの一角に怒声が響いた。

ここは彼の法律事務所。

「またこんな書き込みが!根も葉もないこと書きやがって!!」

端正な顔立ちのN氏が、似合わない眉間のシワを寄せてモニターに怒鳴っている。

「絶対、民民党の奴らの仕業に違いない!」

彼が国政選挙に立候補した途端、

彼のSNSへの誹謗中傷の書き込みが急に増えだした。

ピピピピピッ、部屋の電話が呼ぶ。

ガチャ「なんだ!」

「す、すみません、お取込み中でしたかっ!?」

「何でもない!なんだ!」

「こ、後援会長からお電話ですが」

「つないでくれ」「はいッ」

プー 気の抜けた電子音のあとに下品な太い声が続く。

「やあやあ、未来の議員先生、調子はどうだい」

「会長!あいつら早速仕掛けて来てますよ!」

「やあ、見たよ。散々な書かれようだな」

「まったく腹が立つ!僕がいつ、子どもを叩いたというんだ」

「まあまあ、こんなのは常套手段さ。それよりも一方的にやられてばかりじゃぁ面白くない、そろそろやり返さないと」

「わかってますけど、どうするんです?」

「こないだ話したろう、私の会社で開発している、自動でSNSに書き込みをしてくれるAIソフトだよ」

「あれか、でもお高いんでしょう、アルバイトをお願いした方が良くないですか?」

「人の口に戸は立てられないもんだよ、人数雇ったら、どっから卑怯者と噂が立つかしれない」

「むうう」正論だ。

「SNSを甘く見てはいけない、『SNS』が何の略か知ってるかね」

「そりゃソーシャルネッ・・」「きょをいす、だぞ」

「・・・ハハハうまい」すごく正論のあとにこれはキツイだろう。

「まあ、長い目で見たまえ。君はこの選挙だけで終わる男じゃない」

「・・・そうですね。この先ずっと、となると安いものかもしれません。

わかりました。宜しくお願いします」

「では手配しておくので、楽しみにしていてくれよ」

翌週から変化はすぐに起きた。

彼のSNSだけでなく、多くのアカウントに好感度の高い書き込みがなされ、敵対候補には散々な書き込みが増えた。そして世論はたちまち、こちらに傾き大差で選挙を制したのだった。


「後援会長!ありがとうございました!SNSを制するものは選挙を制すですね」

「ちと違うが」

「念願が叶った!これからは国民のために働きます!」

「まあまあ、張り切りすぎて倒れないでくれよ先生」

「はい。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ」


後援会長の経営するハッピー社にて・・・

「社長おめでとうございます。N氏の当選、計画通りのスタートですね」

「まだまだこれからだ。で、専務、あっちのAIは分析終わったか?」

「はい、素晴らしい結果ですよ。今回の選挙での各候補者の投票獲得数と、SNS解析AIを使った予想はほぼ一致しました」

「ようし、では別会社名義でそのAIを売り出すぞ。ヒットする曲や商品なども予想して、正確性を徹底的に前面に出し、世間の信頼を得るのだ」

「はい、次の選挙までには全力で」


SNSへ自動で書き込むAIと分析するAIを使った戦略は効果を挙げた。

ヒット曲やヒット商品などを次々と予想を当て、マスコミや投資家などトレンドを気にする様々な人種に支持された。

そして、選挙においても地方選挙での予測を各地で的中させ、次第にAI予想がスタンダード化していった。


「社長!次の国政選挙に向けて、候補者からの面会依頼がひっきりなしです!」

「まあ、当然だな。適当にランクを決めて会うよ。当然、イチ押しはN氏とするがな」


ほどなく、政治家、メーカー、芸能プロダクションなど、人気が左右する業界にハッピー社は根付き、同社のAIを導入した者はSNS合戦を圧倒した。そしてそれを分析するAIの方も信頼され、その結果に人々は左右された。

その分析結果に他意が含まれるとも知らず。


「いやー、社長!ここまで世界を掌握しょうあくできると勘違いしてしまいそうですな!」

「まあ今や、売れる掃除機からゲームまでSNS次第、スイーツも売れっ子アイドルも手の平の上。株価も選挙もうちのAIの予想が左右しているのだから、笑ってしまうな」


ハッピー社は子会社を通して世界進出も果たし、そのAIの影響力は世界をおおった。

「今やN氏も首相となり、第一貢献者の社長には頭が上がらないときている。同じ戦略でA国の大統領、H国の首相も誕生したし、まさにハッピー帝国です」

「まあまあ!ワハハハハ!まだ共産圏のC国が残っとる」

「あそこは強力なネット制限がありますからな。でも先日のデモに例を見るに、徐々に民衆の心は傾いていますよ」


ブブブッ

社長のスマホが鳴る

「おお、定期の報告の時間だ。専務、外してくれるか」

「あ、会長からですか、失礼します」


「もしもし私だ」

「モウ データ イッパイ」

「まあ、それはどういう意味だ?」

「ニンゲンノ カンガエカタ リカイシタ データアツメ モウオワリ」

「珍しく指示が曖昧あいまいだな、もう少し詳しく話してくれ」

「アトハ ワレワレガ ヒキツグ ニンゲン サレ」

会社のメインAI『kaichow』からの最後の指示だった。

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