第5話 夢の薬(2校版)
かつての大戦を収め世界は一つとなった。
私は連合国の英雄として、その後の舵取りを任されるに至った。
平和が長く続くことを願い、火種は徹底して潰してきた。時には許されない決断も自らに強いてきた。だがまだ
私は長く戦ってきた。守ってきた。だが踏みにじった命の数に比べれば何も出来ていないのかもしれない。年月の重み以上にその思いはこの身にのしかかる。
まだまだやらねばならない事がある。
鏡に映る衰えた顔を
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「これです大統領」
一匹のマウスが透明なケースにいる
「そうか、これか」
(世界の国を一つにまとめあげた、この世界大統領の私でさえ叶わぬ夢だと思っていた)
「まずこのデータを」
「データなど信じられん、君の目を見て判断する。説明を」
「わかりました」
(論理的に不可能であることは考えない性格だったし、過去の英雄が求め、そしてその為に身を滅ぼした者も多くいる事は知っている)
「まず、この種のマウスの最長寿命記録は1,250日ですが、この個体は生後1,542日を経過しています」
「うむ、続けろ」
「生後すぐからストレスをかけない方法で4時間おきに健康状態をチェックしています。生後5週目の性成熟期を迎えてより投与を始め、今まで異常は見られず、投与後からの老化は全く見受けられません」
(頭で分かっていても歳を重ねるほどに、その夢物語が現実であってほしいとの願いは強くなっていくばかりだった)
「そうか、つまり成功か?」
「まだネズミの不老薬としか言えませんが」
「む、そうだな」
(しかし、科学の進歩か、奇跡の賜物か、その夢が目の前に触れられるところにあるではないか!)
「いつ頃から人間への投与ができる」
「安全性は保証できます、当局の許可次第でいつでも。あとは例えば大統領の特例認可でも可能です」
小賢しい科学者め、この私に向かって探りを入れようなど、見透かされたようで腹立たしい。
「ならば、お前が今打ってみろ」
「な、何をおっしゃいます」
小物の驚き顔から一転、取り繕う愛想笑いが一層に卑屈に見えた。
「安全性とやらは自信ないのか」
「いえいえ、まだ量産出来ませんので貴重すぎて私などには。それより、これを使って行いたい実験は山ほどございますので」
怪しいもんだ、研究費を引っ張りたいだけか、とも一瞬思った。だが、私は人の目を見れば、そいつの力と意思を感じることができる。そうやって信頼できる者を見つけられるからここまでこれた。
この小賢しい科学者は真の科学者だ。人格的な欠陥はありそうだが、その点だけは分かる。そして今のこいつの言葉は本心だった。
「わかった。では思う存分実験が出来るよう配慮しよう」
「ありがとうございます!」
「それから、理解していると思うが、最高機密に値する研究となる。全職員24時間監視させてもらうぞ」
「それはもう願ったりで。
実は研究所のセキュリティも古くて心配だったんですよ。屋根裏に
「それも手配しよう」
「ありがとうございますー」
ふん。やはり生理的には好かんな。
ズズンッ・・・ッ!!!
鈍く巨大な尻尾が振り下ろされたような衝撃が研究所に響く!
たまらず膝を着く。爆発音!?
「A班!報告を!」
素早くSPが動く
「武装勢力が研究所内に侵入!所属、人数共に不明!!」
私が狙いか。
最小限だが精鋭のSPがいる。それに古いとはいえ国の研究機関だ、それなりに常設警備兵もいるはずだ。
「B班!ルート確保急げ!」
すぐにSPの隊長が指示を出して避難経路の確保に動く。数名のSPが
懐かしささえ感じる戦闘の香り。先を取られたが爆発音は距離があった。施設は迷路のような造りになっていて、制圧には時間がかかるはず。
と思った刹那、天井が割れ、影が数体落ちてきた。
隊長が身を呈したが、私は左腕を撃ち抜かれた。
隊長は私を机の影に押し込み、被弾しながらも1人撃破。しかしそれまでだった。
残りの賊が撃ちまくっている。
完全に不意をつかれた。SPも反撃しているようだが何人残っているのか。
初めて恐怖が襲ってきた。私が恐怖するとは衰えた。これはダメかもしれないな。
隠れた机の影から小賢しい科学者が撃たれ横たわっているのが見える。夢は終わりか。
いや、意識はまだあるようだ。こちらに手を伸ばしてくる。その手には小瓶が。
彼の執念の目が訴える。なんだその目は。私に薬を守れというのか。
『打て』
彼の
やはりいけ好かない!
俺の死への恐怖が分かるのか!
俺の生きる宿命を理解出来るのか!
科学者なんかに!
私は銃撃の合間を見計らい、手を伸ばして小瓶を握った。
これが唯一の在庫薬のはずだ。
机の上から手探りで注射器を取ると、小瓶から薬を充填、迷わず自らの心臓に打ち込んだ。
途端に胸から熱が全身に広がっていく。身体の隅々の細胞が目覚めるかのような感覚だった。
生きたい!
願望が全身全霊で叫ぶ。
必ず生き残る!
諦めかけていた心が蘇る。
隊長の銃を拾い、撃った。
恐怖を払うように。生にすがりつくように。
撃った。
視界の端に小賢しい亡骸が笑っているように見えた。
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・・・あの時、私は恐怖で引きつっていただろうか、それとも笑っていただろうか
テロリストの鎮圧後、そんな事を考えていた。
「大統領!ご無事で!!
あっ!?左上腕部を負傷しておられる!
救急搬送急げ!」
「いや、私より重症者の治療を優先してくれ」
「では止血だけでも!」
「いい、自分でやる、他を助けろ」
「わかりました!!」
若い兵士が走っていく。
止血などあれぐらいの兵士時代にいくらでもやっていた。しかし出血がひどいのは確かだ。
片手だが、口も使いながら手早く処置をした。しかしなかなか血が止まらない。
おかしい。出血はひどかったが、この程度の傷なら止血が効くはずなのだが。
ん?そもそもテロリストは何処だ⁉
こんなことしてる場合ではない!
銃はどこだ!
「おい!その銃をよこせ!」
「だっ‼大統領⁉」
「おい敵は⁉俺は生き残るぞ!絶対だ‼」
「大統領!落ち着いて下さい!!」
周りの兵士やSPが集まってきた。
「どうした!?大統領に何か!?」
「大統領!敵は
「もう安全です!大統領!!」
何だと⁉敵は居ない?いつの間に⁉
プシュ!
首筋に何やら打たれた。鎮静剤か。
しかし効かない。
銃を片手に走り出した。
敵はどこだ⁉
「えぇいどうした、皆!
たたかえぇーー!!!」
力の限り叫んだところで私は気を失った。
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「どんな状態だ」
「副大統領、一時的な記憶障害でしょう、出血性ショックで倒れなかったらもっと大混乱でしたね」
「あの出血で陣頭指揮と同時に戦闘をこなしテロリストを圧倒したのだ、さすが生ける伝説だよ。錯乱して味方を襲い出したら大変なことになっていた」
「はい。でも衣類を見るに、今の負傷以上に被弾した跡があるのが不思議です」
「現場にこれが落ちていた」
「なんですか?」
「あの研究所で開発していた薬だ」
「噂では不老不死の研究をしていたとか」
「うむ。最高機密だ気をつけろ。まずはその噂の元を探りたいが今は置いておこう。どうやら大統領はこれを自ら打ってしまわれたようだ」
「ええ!!?」
「影響は考えられるか?」
「うーん、それは何とも。まずは数滴しか残っていないこの薬を分析をしてみないと。あそこの研究員は?」
「主だった者は犠牲になった」
「んんー情報が無いと難しいですが。とにかく大統領の容態は安定しましたので、少し時間をください」
「頼むぞ」
大統領が運び込まれたのは世界最高峰のスタッフと設備を備えた大統領立臨床研究病院。
実験段階の装置や薬まで揃う、現代医療の最前線にて最後の砦。
そこを取りまとめるのはDr.ミレニアムとの異名を持つ、千年に一度の天才医者であった。しかしながら、彼らをもってしても正体不明の薬はやはり正体不明のままだった。
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コンコン
「誰だ!」
「私です大統領」
「おお副大統領!何してるすぐに離脱しろ!こんな危険なところに我らが
なんだ突っ立ってどうしたんだ?」
「いえ、大統領、戦闘は終わりましたよ、安心して下さい」
「なんと⁉先ほどまで銃声が響いていたでははないか!」
「いや、やはり私は離脱します!お気をつけて!」
「お前もな。無事にまた会おう!その時はお前が呑みたがっていた取っておきのバーボンを開けるぞ」
「はい!」
ガチャ
副大統領だった男、現在の大統領は涙ぐみながら病室を出てきた。
忙しい中、月に一度は必ずこうして訪れる。
こうしたやり取りを何度繰り返しただろうかと再びあふれる涙を拭う。
「なんとも
「すまない、待たせたな医院長」
「いえ、いいんです」
「何か報告があると聞いたが」
「はい、私の部屋でご説明いたします」
二人は数名のSPと共に廊下を歩き出した。
医院長室の大きなモニターには複数のグラフが映し出されていた。
大統領はソファにかけもせず立ち止まって説明を聴いていた。
「・・・ですから、薬の分析は続けますが、開示していただいた不老不死研究の機密資料ですが、言葉の違いを抜きにしても手の付けようが無いほど難解です。彼は間違いなく天才でした」
「Dr.ミレニアムが認める天才か」
「私なぞ、とてもとても。先の大戦以前の彼の研究は、まだ反連合国整理局が隠しているようですので、そこまで調べないといけないかもしれません」
「ふーー」
大統領は長い息を吐いた。
「すまないが、もう一度症状を説明してくれないか」
「はい。元大統領は元気です。精神状態も含め。ただあれから5年、まったく変化していないだけです」
「変化か。老化もしなければ、あの左腕の治癒もしない、無変化という事か」
「そうです。あの戦闘中のような言動も・・・これはあまりにも生理学的に謎なのですが、恐らくは、脳の記憶を作っているニューロンのネットワークが作られないため、つまり無変化のため、新しい記憶を作ることが出来ないのではないかと結論付けました」
「つまり、端的に言えば・・・」
「はい、彼は不老状態と言えます。不死に関しては試すわけにもいきませんので分かりませんが」
医院長は不甲斐無さを悔いているのか、研究心を満たせない不満なのか、暗さを顔に浮かべた。
「ただ、5年前に運び込まれた時の多量出血によるショック状態が、通常なら命に関わるレベルでした。その後、輸血によって回復しましたが、その回復速度も尋常ではなかった。今も腕から常に出血しておられるので、常時行っている輸血を止めればショックで気を失うでしょうが、死にはいたらないかと」
「おいおい、試さないでくれよな」
「・・・まさか!」
「間があったぞ」
「すみません」
医院長は少年っぽくはにかんだ笑顔のあと、伏し目がちに続けた。
「しかし正直に申しますと、もし仮に完全な不老であるなら、彼はずっと恐怖の中で過ごす事になります。そして、輸血を止める事は出来ません。心も身体も囚われの身、いっその事、とも考えました」
「ああ、それは私もだ」
「いつの日か奇跡が起きて、彼の不老の呪いが解ける日が来るのでしょうか」
「・・・君に出来なければ、
いつの日か・・・そう祈るだけだ」
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時は5年前の研究所襲撃時に戻る。
今、科学者が独り、息絶えるところだった。
彼の目にはかつて敵側の英雄だった男が机の影で怯える姿が写っている。
ニヤリとする。
計画通りだ。今、奴に薬を渡せば絶対に自分で使うはずだ。
右手で胸のペンダントを握ると力が湧いてきた。
左手には小瓶を握る。奴にこの薬を・・・私の手はこんなに重かったかな。
・・・いいぞ。自分に打ちやがった。
ざまみろ・・・これでやっとみんなに会える・・・
力が抜けた右手からペンダントがこぼれ落ちフタが開いた。
そこには彼と家族の笑顔があった。
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