年が明け、正月早々に帝の御加冠の儀があった。御年十一歳である。しかも加冠の役は、摂政新太政大臣であった。一年早ければ前太政大臣が蟄居同然とはいえ在命中だったので、その役は当然前太政大臣のものとなり、摂政は指をくわえて見ていることしかできなかったはずである。

 もっとも、自分が太政大臣になるまでは圧力をかけて帝の御加冠を先送りさせていたであろうことは、あの摂政なら十分に考えられることであった。

 加冠の儀に続いて、宴がある。

 匂宮は親王であるから当然参列していたが、薫は蔵人なので接待役として動き回り、飲み食いしているどころではなかった。そんな薫を匂宮はつかまえ、小声で耳打ちしてきた。

「摂政殿下は、帝がご成人あそばされたのだから、関白におなりだろうか」

「いや」

 薫も、匂宮のそばで身をかがめた。

「成人されたといっても、まだ御年十一ですからねえ」

「それでも、御加冠が終わったとなれば、入内合戦が始まりますよ」

 話題が中君のことではなかったので、薫は少し安心した。何やら皮肉か嫌味でも言われるのかと覚悟していたが、そう思うということ自体心の中に後ろめたさがあるということになる。

 帝の御加冠はさすがに御年十一歳では添伏はなかったが、確かにこれから入内合戦が始まる。だが匂宮が言うような「合戦」にはならないと、薫は思っている。

 小野宮流の末にはふさわしい娘がいない。摂政も六の君が最後で、もう娘はない。その六の君もとうが立ちすぎていて、匂宮がちょうどよかった。

 そこで摂政に孫娘となるが、そうなると長男の内大臣の娘以外はあり得ない。年齢も十四歳で帝よりは少し上だが、つり合わないほどではない。

 摂政のほかの息子たちは娘がおらず、これでは持ち駒がないことになる。もっとも末の子の権中将には娘がいることにはいるが、一昨年に生まれたばかりの三歳児では話にならない。だから、内大臣の娘の入内は時間の問題だった。

 翌日は、宴は摂政太政大臣の東二条邸に場を移して続けられた。その東二条邸の東ノ対に、内大臣はその長女とともに住んでいる。

 さらに次の日は、宮中に戻っての後宴だった。これは正月の節会と同じ日で、その数日後に加冠された帝は父君である一院法皇の御寺に行幸され、笛の腕前などご披露あそばされた。

 その月のうちにやはりという感じで内大臣の長女は入内し、翌月の始めにはすぐに女御に冊立された。

 以後はその御殿の名を取って、登花殿女御と称されることになる。美貌もさることながら才女の誉れ高き女御で、和歌ばかりでなく漢学や詩文の才にも長けているという。

 仕えることになる女房も粒ぞろいであって、中でも少納言の君という漢学の教養高い女性の名前が鳴り響いていた。八十二歳で現役の受領ずりょうの肥後守の娘で、かつて清少掾と呼ばれたその肥後守は先帝の勅撰和歌集の撰者の一人でもあった。


 そして春が近づくにつれ、二条邸の西ノ対でも騒ぎが起こりつつあった。中君が産気づいたのである。

 それも、相当の難産のようであった。昼夜を分かたずに修法が行われ、匂宮の母も西ノ対に渡ってきていた。何しろ初孫が生まれるのだから、気が気ではないのであろう。

 中君を案ずる気持ちは薫とて強かったが、薫は自分の妻でもない中君の出産に立ち会うことが許されずはずもなく、見舞いの言葉を文にして届けることしかできなかった。

 そして月が変わった日の明け方、ついに出産のことがあったという知らせが薫のもとに届けられた。

 男の子であった。母体も健康ということで薫は一応は安心し、あとは産養にできるだけの支援をしようと考えていた。

 三日の祝いは内々にとのことだったので、五日の祝いに薫は贅を尽くした多くの祝儀をさりげなく贈っておいた。新生児の成長も順調で、七日、九日と祝いの儀は続いていった。

 これで中君は、母親となった。そのことを祝福しながらも、薫は中君が遠い存在なってしまったような気がして少しだけ虚しかった。

 ただ、これで匂宮の心も中君をより大切にする方に傾き、それで中君の幸福が確実なものになるのはいいことである。中君が都に出てからもう一年になるが、もう二度と中君に宇治に帰りたいなどと言わせないでほしいと、薫は口惜しさ半分ながらも匂宮に対してそう切に願っていた。


 いずれにせよ、春が来ても薫は独りであった。周りはどんどん幸せになっていく。薫は自分が取り残されているような気がして、仕方なかった。

 もっとも自分から仏道精進のためと称して招いた結果であり、仏道への心は今でも変わってはいない。だが、もう昔の自分とは違う。薫の心の中には、今では大君が住んでいる。

 そんなことで夜は悶々とし、昼は公務で紛らわせていた薫であったが、周りはどんどん春になっていく。そんな中で、気持ちが次第に動いてきた。

 もはや大君以上の女性は現れようもなさそうだし、それならだれを相手にしても同じだから妥協が必要ではないかと考えた。つまり、自分も人並みに――昔はあれほどに嫌っていた言葉だったが――人並みに身を固めてもいいのではないかと思い始めたのである。

 それも、女との幸せを求めるのではなく、ただ心の落ち着きを求めてという意味合いであり、また自分を気にかけてくれている実の母の尼宮をも安心させて、老いていく母への孝心にもなるような気がした。

 だからといって、すぐに妻というものが天から降ってくるわけではない。摂政の六の君などのような話の類いは、もうそうそうは来ないであろう。また、麗しき姫の情報を集めて、懸想文けそうぶみを出して口説くなどという活力はもう彼にはない。煩わしく、面倒なだけである。彼はもう三十二で、そんなに若くはないのだ。

 そんな薫の頭の中に常に浮かんでいたことは、自分には形式上とはいえすでに妻がいるということであった。

 今の摂政の弟だった、すでに亡き右兵衛督の娘だ。しかし、その考えはすぐに打ち消されてしまう。加冠の折の添伏というだけで、もう十年以上も会っていない。今いったい何歳になったのだろうと薫は思ったが、それさえすぐに思い出せない。確か自分より年上だったと指を折って数えてみて、はじめてもう三十三か四になっているはずだと分かった。

 ただ薫から暮らし向きの援助だけを受ける独り身同然の状態で、その女性は年を取っていくはずだ。考えてみれば不憫だが、当初はどうせ親が決めた相手と関心すら向けず、妻とさえも思ったことのない相手だ。

 今さらなぜ思い出したのかとさえ思う。今までずっと、自分は独り身だと薫は自分のことを思い込んできたのである。その大きな理由は仏道修行であったが、今の薫にはそのような口実はあまり意味をなさない。俗聖といわれた宇治の宮さえ複数の女性との間に子をなしたではないかと、そのようなことがおかしな根拠付けとなる。

 大君は戻らない。中君も遠い存在になった。中君の言う大君に似たもう一人の妹というのも、雲をつかむような話であてにならない。

 そこで、一度は今さらと打ち消した考えではあるが、どうせ妥協するなら新しい恋を見つける気力などもうないので、少し年増でもその妻を妻として認め、それによって自分の身を固めようかという考えが再び頭をもたげてくる。

 だがやはり、どうしても決断に踏み切れない薫であった。それでも、その妻の亡き父は今の摂政太政大臣の弟ではあるだけでなく、昔と違って自分の実の父の兄であることも今は知っている。つまり妻は表向きは母方の、しかし実際は父方のであるが、いずれにせよ自分の従姉いとこになるわけで、そうなるとやはりこのまま日陰に置いておいてはいけないという気もしてくる。

 とにかく速断する必要はなく、時間をかけて考えようと薫は思った。ただ、好奇心から、その妻がいる屋敷くらいは見ておこうと思い立った。

 だが、何と薫は行ったことがないどころの騒ぎではなく、その屋敷がどこにあるかさえ知らなかったのである。政所の家司なら知っていようが聞き出すのもばつが悪く、ただ日数だけがいたずらに過ぎていった。

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