第5章 朝顔
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あの大嵐から約ひと月たつが、右大臣の妻である源氏の同母姉は暴風雨の大水で避難して来てからまだ二条邸の北ノ対にいた。
彼女は東ノ対にいる元斎宮の姫の一代前の斎宮でもあったのだから、源氏の依頼で時々は東ノ対に渡って斎宮の姫と語り合ってくれているようだ。
何しろともに斎宮経験者であるから話も合うかもしれない。そして姉も斎宮の姫の叔母なのである。
この年は常に暦の方が実際の気候より先行していたが、閏七月に入ってからはずれが少しは修正されたようだ。ようやく秋の気配も少しずつ見え始めたが、それでも稔りの秋というのにはほど遠い状況であった
そんなある日、源氏は北ノ対に渡って、姉と対面した。同母の姉だから御簾越しでなく直接対面できるが、右大臣の妻になっても身分は内親王のままなので源氏は一段低い位置に座った。
「姉宮様におかれましては、格別に物憂い秋かと」
「私一人が悲しんではおられません。世の中全体にとっても大変な年ですから」
少しやつれた様子がうかがえた。姉はもう三十代も後半にさしかかっている。
「この冷たい夏と大風のせいで、不堪田の解文が各国よりすでに殺到しておりまする。来年は米の蔵が底をつくやもしれません」
「また、多くの人が死にますね」
姉宮は少しだけ、顔を伏せた。だがすぐに顔をあげた。
「来年は、豊作になるでしょう」
急に口調が変わって、姉は明るく言った。本当はその来年の豊作になるまでの間の米が問題なのだが、源氏はそれは言わなかった。
「ところで今日お伺いしたのは……」
いよいよ本題に入る。
「東ノ対の姫とは時々お話などされているとのことですが」
「ええ。気さくでよく打ち解けて、時には西ノ対の上も交えて三人で夜遅くまで語らったりもしまして」
源氏は意外に思った。叔母にはこんなに打ち解けているのに、叔父である自分にはなぜなかなか打ち解けてくれないのだろうか。
源氏がそんなことを言うと、姉は笑った。
「それはあなたが男だからでしょう。やはり女は女同士、尽きない話もございます。なにしろまだお若いお方。これから未来も開けてまいりましょう」
「その未来のことなのですが、あの姫の」
「何かお考えですか?」
源氏は少し言うのをためらった。だが、亡くなった三条の入道の宮も賛成してくれたことを思い出して思い切って、
「
とだけ、小さな声で言った。
「まあ」
姉は驚きの声をあげ、その後しばらく考え込んでいるようだった。それから言った。
「あの姫から見れば、帝もまた叔父上ということになりますわよね」
たしかにそうだ。だが、そのことが入内を妨げる要因にはならない。
「それにご両親ともに亡き方。これでは
「後見は私です」
姉はまたしばらく唸って考えていた。
「あなたの養女ということでなら……。私は何もできませんが」
「いえいえ、お話を聞いてくださっただけでも十分です」
前斎宮はまだ若い。考えている事を実現させるにはまだ間がある。源氏は姉と語らいながら、そう思っていた。
九条右大臣がその妻を二条邸に迎えに来たのはその直後だった。
ここのところどうも沈みがちな右大臣だったが、この時ばかりは機嫌がよかった。
「我が姉を九条邸に戻せるので、そんなに喜んでいるのかね」
源氏もにやにやしながら言ったが、さらに右大臣は笑いながら源氏を肘でつついた。
「それもある」
「それも?」
「いやあ、実は、実は、実は……」
どうも右大臣はもったいぶっている。そしてようやく口を割った。
「四の君ご懐妊だ」
「おお」
源氏も顔を輝かせた。右大臣の四の君、すなわち藤壷女御に再び帝のお子が授かったというのだ。
「よし、これでまた兄上と勝負だな」
先に生まれるのは小野宮家の女御の方だ。すべては
だがその前に、秋が深まるにつれてついに人びとが恐れていた事態となっていった。
都の中についに疱瘡の感染者が現れたという報告があった。
本当に都に疱瘡が入るのを停めようと思ったら、人の流れを止めるしかない。だが、それが東の方からというのなら不破、鈴鹿、逢坂の三関を閉じて人の流れを止め、都を封鎖することもできる。だが、感染は西から来ている。西の方角は都を守る関所がないのだ。
都の中での感染も最初はぽつんぽつんという感じであったが、あっという間に感染爆発を起こした。
死者は日に日に増え、巷は死体の山で埋まった。とても埋葬などできる状態ではなく、庶民たちは遺体を鴨の河原にどんどん捨てるので、川の流れが堰き止められたくらいである。
さらにはその死体の山は一気に腐乱し、異臭が都全体に充満した。そうなるといくら咳病のような空気感染はせずに接触または飛沫感染しかしないとはいっても、感染拡大は必至のことであった。
疱瘡はかなり感染力が強い。また、感染したらほぼ確実に死ぬし、運よく死ななくても顔をはじめ体に一生消えない
誰もが怯えていた。それは庶民だけの問題ではなかった。
病原体は公卿の屋敷や宮中にも遠慮なく入ってくる。庶民も外出するものがほとんどいなくなっただけでなく、宮中に出仕する官人も少なくなった。
そうなると、政治はたちどころに止まってしまう。疱瘡への対策も何もあったものではない。
宮中も多くの邸宅も人の出入りは遮断され、誰もが昼間も格子を下ろして屋内に篭もり、外出は自粛していた。
だが、公卿たちは在宅で篭もっている訳にもいかない。ほとんど人がいないがらんとした内裏で、ほぼ全員が毎日
今後の行事のこと、また寺院での加持祈祷、読経、神社への奉幣など議すべきことは多い。そして何よりも、帝をお守りしなければならない。
源氏も二条邸の家司たちに決して外出せず、また外から誰をも入れずに屋敷の中に篭もっているように命じ、宮中に詰めていた。
八月に入り、疱瘡の蔓延のため宮中での歌舞楽曲は一切禁じられた。さらには朱雀院の大后の御所、関白太政大臣や左右の大臣の邸宅でも、連日名僧を招いての大般若経の転読や仁王経の説法などが行われていた。また建礼門では陰陽師によって
それでも疱瘡の流行はとどまるところを知らず、ついに最も恐れていたことさえ起こってしまった。
いくら衛門府でも疱瘡の猛威の前で病原体に対して宮廷の門を閉ざすこともできず、ついに帝が疱瘡におかかりあそばしたのである。さらには朱雀の院も同じく疱瘡におかかりになったという知らせが、宮中を雷電のごとく走り回った。
当然、公卿全員が緊急招集された。源氏が宜陽殿の中に入った時には、そこは心配そうなどよめきがあちらこちらで上がっていた。
「お静かに」
上卿である小野宮左大臣が、皆を静めた。
だが、いちばん蒼い顔をしていたのは、その小野宮左大臣であった。九条右大臣もだ。それは当然で、ここで帝に崩じられてしまったら、帝にはまだ
ここはどうしても帝に病を乗り越えて頂いて、最悪の状況は避けねばならない――それが皆の共通した願いであった。帝の崩御で利を得る人など誰もいないのである。ただ、不幸中の幸いとして、帝も院も症状は軽症であるとのことだった。
「天神の祟りか……」
老人伴宰相が、ほとんど歯のない口で言った。
「ばかなッ!」
ついに九条右大臣は怒鳴った。この男、真剣だなと、源氏はそんな友人を冷静に見ていた。
公卿たちの議で、いずれにせよとにかく修法をすることになった。
さっそく智徳僧四十九人により仁寿殿において臨時の仁王経の御読経が行われたのは、すぐその翌日であった。御読経は三日間続けられ、その間に感染した庶民に東西の
折しも記録的な不作により米不足の深刻化が懸念されつつあったころのことであるから、民衆は大喜びであった。
だがそれが裏目に出て、あまりにも人々が市に殺到したために人と人との接触が増え、さらに感染が拡大する元になってしまったのである。
だが宮中では御読経の甲斐あってか、帝と院はお二方とも次第に快復の兆しが見えてきた。公卿たちはほっとしたが、ひと一倍安堵のため息をついたのは、それぞれ娘を後宮に入れている左大臣と右大臣の兄弟であったはずだ。
それからひと月ほど疱瘡は依然猛威を振るい続けてはいたが、確実に秋は更けていった。
疱瘡との戦いは長期戦になりそうだと、誰もが覚悟した。
その間、諸国から上がってくる解文はやはり米の不作の惨状を訴えたものばかりで、太政官にて聴政に当たっていた公卿は息をつく暇もないくらいだった。
都の中では感染自体していなくても、物資の流通が止まってしまって食料が手に入らずに餓死する者も増え、当然略奪、強盗、放火の類も流行した。そんな騒ぎの中で人々は濃厚に接触するので、感染がますます広がるのだ。
それでも秋も終わりに近づいて冬の到来間近で、帝のご容態は日増しに回復していった。朱雀の院も快方に向かわれているとのことである。忙しい中でも皆ひと安心で、特に左右の大臣は胸をなでおろしていた。
ところが小野宮左大臣にとってはそれも束の間だった。虚を突かれた形で、冬への
左大臣の娘の弘徽殿女御が疱瘡に感染、たちまち重体となってあっという間に他界してしまったのである。
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