雨の多い夏だった。もう梅雨も明けたはずなのに、ここ数日間雨続きである。気温も一向に上がらず、全く夏らしくない夏となった。

 これでは稲の収穫が危ぶまれる。農民たちや国司たちにとっては死活問題となるし、公卿たちにとっても荘園からの収入減となるので早速諸社に臨時幣帛が奉納され、また左右の獄の囚人の特赦も行われた。それでも雨は続き、時には肌寒い日さえあった。

 そんなことで公卿の議定にも、ここのところずっと顔を出していない人がいた。公卿の中でも伴宰相に次ぐ長老の民部卿宰相修理大夫だ。自分とも昵懇じっこんの間なので源氏は気にかかっていたし、何しろ七十五歳という年が年なので余計に心配であった。

 一昨年、この老人は一切の職を辞して許されなかったが、今は実力行使で故意の欠勤を決め込んでいる可能性もある。聞くと、今では宇治の山荘に引きこもって読経三昧の生活をしているという。いまだ現職にありながら、本人は意識の上ですでに職を辞したつもりでいるらしい。

 とにかく一度、訪ねてみようと源氏は思った。時間があるなら大井の山荘へ行きたいところであるが、ある假の日、大井の山荘は方角が悪いということもあって車を南の宇治へと向けた。

 その日も空はどんよりと曇り、いつ雨が降ってもおかしくない状況であった。だが、かろうじて降雨は小康状態を保っている。

 河原沿いに車は南下し、やがて関白の御寺の伽藍が見えてくると都も終わりで、郊外に出たことになる。そこには一面に水田が広がっているが、確かによく見てみると稲の生育が悪い。今では滅多に水田など目にすることもなくなった源氏であったが、それでも普段の青々とした稲穂とは違うということは感じられた。

 なにしろここ数日間、日射時間は皆無といっていい。せっかく始まった新しい時代の幕開けにはふさわしくない天候であった。

 やがて道は山中へと続くようになり、木幡の山道となる。そのまま車に揺られて、宇治に着いたのは夕刻も間近であった。水量のわりには激流である宇治川の流れに、源氏は目を見張った。網代さえ流れてしまいそうだ。

 源氏にとって、初めての宇治である。都から泊まりをせずに行かれる距離でそう離れていないのに、ここは別天地のように感じられた。

 修理大夫の庵も世捨て人のみかのようで、川に近い小高い所にあった。流れの音がやかましいくらいに響き、山荘の部屋の中にまで音は飛び込んでくる。

「源権中納言殿のわざわざのご来訪、恐れ入りまする」

 下座から頭を下げた老人は、意外と元気そうだったので源氏は安心した。修理大夫は満面に笑みをたたえていた。細長いしわだらけの顔に山羊のような長い髭は相変わらずだ。まさか形を変えて僧形になってしまっているのではないかと心配さえしていたが、それもなかった。

「しかし、まあ」

 源氏は失礼とは思ったが、思わず部屋の中を見回してしまった。人が一人寝たらそれでおしまいの部屋に、持仏だけが据えられていた。

「家司の方たちは?」

「気の利いた郎党二人と、飯炊き女を三人連れてきているだけです。対の屋におります。あとは屋敷に残してきました。うちの婆さんがまだ残ってますからね」

 源氏は咄嗟には思い出さなかったが、修理大夫の妻とはいつぞやそれを巡って侍二人が争って傷害妻件にまで発展したあの時の色好みの老婆の源内侍げんのないしである。

 それにしても郎党が対の屋にいるというので庭の方を見てみたが、そこにあったのはとても対の屋といえるようなものではなくただの離れの小犀で、しかも茅葺きであった。修理大夫はそんな源氏の顔を見て、また笑っていた。

「ぼろだとおっしゃりたそうですな。いいんですよ。私の人生をよく表している庵でござろう」

「そんな……」

 源氏はその後の言葉が続かなかった。

「時に、明石の姫君は?」

「ああ、申し遅れました。いちばんにご報告しなければならないことでしたね。まだ、大井の山荘におります。いや、本当にあの節は」

「いやいや」

 修理大夫はあくまでも穏やかであった。

「結局は、お役に立てませなんだ。ほとほと役に立たぬじじいですな。東国も西国でも、役に立ちませなんだくらいですから」

 今度は大きな声を上げて、修理大夫は笑った。しかし源氏は、ともに笑える心境ではなかった。

「本当に、お気の毒に存じます。征東も征西も何の恩賞もなしですからね。左府殿は何を考えているか分からぬようなお方ですから、ここはひとつ私と右府殿とで図ってなんとか致しましょう。この山荘とて、もう少しご立派なものをご普請して差し上げたく……」

「いえいえ、これで結構でございますよ」

「いや、それでは私の気が済みませぬ。明石の姫のことでは並々ならぬお世話を頂いたのですから」

「そのお気持ちだけで十分ですよ」

 修理大夫は少し目を伏せた。

「私はもう老い先短いものでしてな、もはや二度と参内することもないと存じております。あちらに逝きましたなら、そのお心に報いましょうぞ。右府殿と権中納言殿に、冥界から必ずやお力添え申す」

「何をおっしゃいます。まだまだこちらでご活躍くださらねば」

「権中納言殿は、失礼ですがおいくつですかな」

「三十四になります」

「お若い」

 右大臣の子どもたちの前では「翁」扱いされる源氏であったが、それをつかまえて「若い」と言う人もいる。源氏は不思議な心境であった。

「私が今の権中納言殿のお年の頃は、まだ修理少進でしたよ。五位の左馬頭さまのかみになったのが三十六か七の頃でしたな。私が一生かけて宮中で生き抜いて、最後がやっと四位の宰相ですからな。まあご身分が違うから比較はできませぬが、今のあなたはその同じお年で三位の権中納言ですから、まだまだこれから昇りつめれば昇れますぞ。これも宿世でしょうな。宿世をお大切になされませ」

 何だか遺言めいた言葉であった。修理大夫の顔からもはや笑みは消え、代わりに羨望と諦観と慈愛が瞳の中に見えた。源氏は思わず目が潤みそうになり、気を引き締めた。

「世の中、どこか間違っていますよ。今年の気候の異変も、その現れではないですか」

 源氏の言葉には、いつしか力がこもっていた。


 その修理大夫が、宇治の山荘でこの世を去ったのはその二日後であった。源氏は都でその知らせを聞き、わざわざ出かけていったのは虫の知らせであったとつくづく思った。しかしその人生の終着は本人が言っていた四位の宰相ではなく、死後に正三位中納言が追贈された。死後とはいえ位官とも源氏より上になって、修理大夫は旅立っていったのである。


 民部卿修理大夫の逝去から数日後、大暴雨風が都を直撃し、宮中でも宮内省の南門、大蔵省の後庁、掃部かもん寮の西屋、左馬寮造酒司の南門、典薬寮東屋などが倒壊した。鴨川も氾濫して、そのまま都を海にした。

 以前と同様、土地が高い三条以北は洪水の被害は免れたが、南の方はひどいものであった。右大臣の九条邸も浸水したが、簀子の上まで水が上がることはなかったという。だが、丹精込めて造った庭はすべて泥の海になったそうだ。

 その近辺の庶民の家はほとんど全部が洪水で流されるか大風で倒壊し、見る影もなくなっていたらしい。

 源氏は右大臣に二条邸にとりあえず住むよう促したが、さすがに右大臣はそれは辞退した。ただ、その妻である源氏の同母姉だけは二条邸に引き取ることになった。かつて姉が住んでいた二条邸の北ノ対は今は誰も住んでいないので、そこに入ってもらうことにした。

 ちなみに右大臣の太郎君から三郎君までの子息と四の君であった今の藤壷女御は皆母が同じだが、その母は四年前に亡くなっているのでその時点で九条邸に移っていたが、父とともになんとか九条邸を立て直すため残ることになった。


 この暴風雨の都だけでなく近隣の農作地帯でも、冷夏での被害に加えて農作物に甚大な影響を及ぼした。

 だが、その大風の被害の爪痕もいつまでも消えず、家を失った民草たちが鴨の河原で野宿の集団生活をしているころに、都はまたしても大いなる試練を迎えることになった。

 このころから、摂津や播磨の方で疱瘡ほうそう、すなわち後世でいう天然痘が流行の兆しを見せているという報告があった。

「まあ、どうせ田舎の話でしょう」

 そう言って高をくくっている公卿も多かった。大嵐の災害復興の手立てのために左近の陣に集められていた時に、若い宰相左兵衛督などはそう言っていた。これまでその兄が宰相左兵衛督だったがこの六月に兄の宰相は左大弁となったので、彼が左兵衛督に任じられていた。

「疱瘡を甘く見てはいかん」

 小野宮左大臣がじろりと自分の末っ子を見据えて、言った。

「我われのはるか昔の先祖はまだ奈良に都があった頃、この疱瘡の大流行で大織冠様の孫に当たる兄弟四人が一気に亡くなったというためしもある。ほかにもその時の公卿の大半が疱瘡で亡くなったというぞ」

 そう言われても、奈良の都などそんな昔のことはさておき平安の都になってからでも記録によると疱瘡の大流行は約百年近く前、田邑たむらの帝の御時のことである。最年長の伴宰相でさえ生まれていない。

 その伴宰相が言った。

「疱瘡は咳病がいびょうよりは移りにくいのじゃろ?」

 最年長でもこの程度の認識だ。咳病とは源氏の父院もこれがもとで崩御されたが、都で大流行したのは二十四年前、源氏が十歳の時であったから彼もかすかに覚えている。咳病とは流行性感冒(インフルエンザ)で空気感染するのだから、たしかにあっという間に感染は広がっていた。

 だが彼らは、疱瘡がどのように感染するのかなど詳しい知識は持っていようもなかった。

 まだ、都も宮中も、これまでと変わらない日常を送っていた。

 だが、播磨や摂津の国司からくる解文げぶみでは確実に感染者は増えているようで、しかもその範囲がじわじわと都に近づきつつあった。


 一方、源氏は修理大夫とのさらぬ分かれのすぐ後で、もう一人の老人を送らねばならなくなった。

 三条の入道のの宮が、春頂からまた体調を崩しているということはすでに源氏の耳には入っていたが、公務に忙殺されてほんの隣の屋敷であるにもかかわらず見舞いにも行けずにいた。

 そのまま実質上は夏のままだが暦の上でだけ秋になった。夏のままとはいっても、まだ冷夏は続いている。

 その頃、入道の宮の容態が急変したという知らせが入った。まさかまだ疱瘡は都には来ていないだろうとは思ったが、源氏は取るものもとりあえず三条邸に駆けつけた。

 入道の宮は伏せていた。

「今年はきっとお迎えが来ると思っておりましたけど、春頃はたいしたこともありませんでしたし、大げさに騒ぐのも不吉なことだと思って修法もせずにおりました」

 かつて王命婦おうのみょうぶと呼ばれていた女房も、ともにいた。彼女も老齢の尼になっており、この屋敷で入道の宮に仕えていた。

「そんな、もしおっしゃっていただけたら」

 そう言う源氏に、かつての王命婦は言った。

「何ケ月も前からお悪くなっていらっしゃったのですが、それでも入道の宮様は仏様へのお勤めだけは欠かさずされていました。でも最近では柑子こうじなどすらお口にされぬようになって、私も心痛くて」

 そして、墨染めの法衣の袖で目頭を押さえる。源氏はふすまの中の入道の宮に呼びかけた。

「ご無沙汰してしまいましたことが悔やまれますが、またそのうちお会いできるでしょう」

 だが、返事はなかった。入道の宮は疲れて眠ってしまったのかもしれない。

 だが王命婦ははっとした表情で、入道の宮の枕元まで行った。源氏も異変を感じて息を呑んでいると、王命婦のすすり泣きが聞こえてきた。

 まさか……と源氏は思ったが、そのうち王命婦は大泣きに泣き始めた。

 そしてしゃくりあげながら、

「お亡くなりになりました」

 と、言った。

「まるで……燭台の火が消えるように……」

 源氏は立ち上がった。そしてしとねに近づき、静かに眠る第二の母の姿を見た。まわりでは女房たちも、一斉に泣き伏している。

 源氏はその顔を見て呆然とした。

 髪はすべて白で、かおもしわだらけの老婆の死……まだ自分が新人の頃に宮中の何たるかを教えてくれたのはこの人であった。前斎宮の入内のことなど、まだまだ相談したいことはたくさんあったのだが、この人は逝ってしまった。

 源氏も、その場に泣き崩れた。本当の母が死んだ時にさえ見せなかった涙を、源氏は大量に流して泣いた。

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