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夏の暑さは確実に、老齢の
元気なのは最長老の伴宰相だけで、修理大夫などは体調不調を理由に朝政も陣定も欠席が目立った。
そしてついに彼は、辞表を提出した。老体にこれ以上の出仕は耐えられないという理由からであったが、源氏にとって明石の姫のことではひとかどならぬ世話になった人であるだけに早速その邸を訪ねた。修理大夫は涼しい顔をしていた。
「もう、余命幾許もありませんしな、年寄りは早々に引っ込んで、あとはあなた方のような若い人々にお任せするしかありません」
「そんな」
最近の若者がうらやましいと常々思っていた源氏だが、修理大夫から見るとその源氏もまだ十分若者であるようだ。
源氏は老人の瞳に、一抹の寂しさを見た。生涯かけての最高の地位が四位の参議・民部卿修理大夫である。度重なる征東征西大将軍としての出征には、何ら恩賞がなかった。やはりそのことも不満のひとつであろう。
ところがその屋敷を辞した後に分かった消息では、結局のその辞表は受理されなかったということである。彼はまた老骨に鞭打って、公に奉じなければならない運命となった。
そして老体といえば修理大夫に次ぐ老体の左大臣が、ついに重病の床に伏せった。その左大臣の弟である関白太政大臣とて、ここのところ病がちだ。だが兄弟の順では、やはり兄である左大臣の方が先に体に支障をきたしても不思議ではない。
本格的な秋になってから、ついに左大臣は寝たきりのまま出家を遂げた。そしてそのまま逝ってしまったのは、出家から三日後のことであった。
名誉職ではない実質上の公卿の上卿で、関白に次ぐ権力の頂点である左大臣の薨去は、宮中を騒然とさせた。帝もそのことで、かなり気弱になっておられるという。ただ、天寿を全うしての死ということだけが、人々を納得させた。
遺体は夜のうちに極楽寺へと移された。左大臣の子は女児ばかりで男児はなく、これでその末は絶たれることになる。
源氏が左中将だったころに左大臣は按察使大納言で左大将を兼任しており、すなわち源氏の直接の上司であったわけだが、ほかに個人的な付き合いは源氏と左大臣の問にはなかった。
ただ、いよいよもって修理大夫の言葉のように、宮中の世代交代が行われようとしているようで、左大臣の死はその象徴的な事件ともいえた。
やがて季節は変わる。
ある朝、九条大納言が興奮しきって二条邸を訪ねて来た。朝といってもまだ早朝であり、源氏はまだ起きたばかりで楊技で歯を磨いていた時だ。
「何かね。こんな朝早くに」
大納言はもうすっかり参内の仕度を整えての来訪で、出仕途中の寄り道という感じだった。
「眠れなくてね。だから早々に屋敷を出たのだけどまだ参内には早いし、とにかく君には知らせておこうと思ったんだよ」
「何を?」
源氏はまだ寝ぼけ
「お子ができたんだよ」
「お子? 誰に? 君にか?」
「何を言ってるのかね。わが姫だよ。東宮妃となった四の君にだよ」
「え?」
これには源氏の眠気もいっぺんに吹き飛んだ。
「昨夜、宮中からご懐妊の知らせが届いてね。まあだけど男の子であってもらわないと困るがなあ」
「そうか。いずれにせよ、よかったじゃないか」
源氏はにこりともしない。
「どうしたんだね。私と一緒にもっと喜んでくれたっていいじゃないか。何か浮かない顔して」
「いや、まだ頭が半分眠っているのでね」
これは口実である。源氏の頭はすでにはっきりとしていた。はっきしているからこそ、友の喜びを素直に自分のこととして喜べない。ほかのことならいざ知らずである。
大納言は今、娘を持つ公卿としての喜びの頂点にいるが、今や源氏とて同じように娘を持つ父親としての立場にある。しかも心の中には目論みがあって、自分の娘の夫君にと考えている相手は、目の前にいる友の娘のお腹の中の子の父親なのだ。友の喜びをあまり喜べるはずがない。
「とにかく私も、参内の仕度をしなければならないから」
不機嫌な源氏はそう言って、早々に大納言を追い返した。
ちょうどその頃、大納言にはさらに喜びがあった。小野宮右大臣が故左大臣の兼任であった左大将の官職を継いだので、それまで右大臣の兼職であった右近衛大将が九条大納言にまわってきた。まさしく旭日の勢いである。按察使大納言東宮大夫右近衛大将--これが源氏の朋友の官職のすべてだ。その朋友と後宮争いで仲違いすることは、源氏にとって絶対に得策とは言えない。
さらに源氏には、眉をしかめたくなる人事異動もあった。この冬に新たに参議の座に列することになったのは一人のみであったが、それがこれまでの頭中将--すなわち源氏を何かと敵視しているかつての小一条の小君であった。この二十六歳の若者と、これからはほとんど毎日顔を合わせなければならないことになる。それが源氏には気が重かった。
――白虹日を貫く。太子之を畏づ――。
源氏にとっては、いつまでも忘れられない嫌味だ。ただ、これで関白太政大臣の長男、次男、三男に加えて四男までもがそろって公卿の座に列したことになる。
そして新嘗祭も過ぎ、冬が深まっていった。
だがこの頃、しきりと天体に異常が現れた。まずは日食と月食の連続から始まり、昼に星が見えたりとただことでない様相を呈し、雲もまた尋常ではなかった。不吉の前兆だと人々は言いあったし、天文博士などの
そこで大赦が行われ、徒罪以下の罪はことごとく許されることになった。それでも帝のお心は、平静ではあらせられないようだった。
お召しに応じて源氏が綾綺殿に参上すると、帝は柳のようになった玉体で弱々しくお出ましになった。
「兄君。はっきり申しまして、もう
帝の開口一番がこれだった。今にも泣き出しそうなその御様子に、源氏は返す言葉が見つからなかった。
「やはりこのたびの転変も、天子としてのわが不覚としか思えませぬ。それにもはや世も末かと。末法の世近しとも聞きますし、このような時にこれ以上
それだけのお言葉を仰せになるのも、お苦しそうだった。
「いけませんぞ」
源氏はゆっくりと奏した。
「天変は
「左大臣も亡くなってしまわれたではありませんか」
「老人が死ぬのは天命、いたずらに嘆くべきことではございません」
ほんの少しだけ源氏は口元に笑みを含んだ。だが、心境は複雑であった。帝はもしや御譲位のおつもりではないのかと案ぜられた。だから、それとなくおとめする言葉を源氏は言った。
だが、友の九条大納言としては、とめてほしくはないであろう。また源氏とて本気で御譲位の御意志をおとめしようとは思っていない。しかし今は、はい、仰せのとおりでございますと申し上げるわけにはいくまい。
するとその時、蔵人の一人が血相を変えて簀子まで駆け込んできた。
「申し上げます! 王女御様のお母君が
「何ッ!」
この時ばかりは力強く、帝は立ち上がられた。
王女御の母は関白太政大臣の娘であり、小野宮右大臣の妹、九条大納言の姉である。だから法要もこの一族によって執り行われた。
同じ前坊の御息所でもさすが関白太政大臣の娘となると、故本院大臣の娘の六条御息所のそれよりもはるかに規模が大きかった。
源氏はつくづく六条御息所の薄幸を思わずにはいられなかった。そんな時に源氏はふと、六条御息所の供養を自分の手であらためてして差し上げたいと思い立った。それで前斎宮の心が少しでも開いてくれたらとも思ったのである。
幸いに源氏は、今は嵯峨の御堂という自分の寺を持っている。年の瀬も押し迫ったある日、その嵯峨の釈迦堂で、まだひと月ほど早かったが六条御息所の一周忌の法要を行った。金色等身大の釈迦像を安置してのことで、当然そこには前斎宮も参列した。
源氏はせっかくここに来たのだからと、明石の姫の山荘にも行きたかった。だがその日は多くの人々と同行してであったので、目と鼻の先に来ておきながら山荘には行かれなかった。
そうこうしているうちに、騒がしかったこの年も暮れていった。
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