第2話 矜持


 --ハンター


 --それは狩る者

 --希望を掴む貪欲者

 --夢なき夢を叶える者


 私がよく読んだ本に書いてあった、英雄の、ハンターの矜持だ。


 狩る者とは勝者であれ。

 貪欲者とは挫けぬ者であれ。

 叶える者とは守る者であれ。


 その昔、まだ世界が戦乱の時代と言われた頃に、ハンターの祖“リオス”が作ったと伝えられている。

 リオスは最初あまりの強さから魔王と呼ばれ、勇者と敵対していた。

 しかし、二人は剣を交えるごとに世界の真相に到達し、力を合わせ、共に邪神に挑むのだ。

 まあ、リオスは最後、邪神を封印するため、その身を犠牲に太陽に投げ出すんだけど……。


 私は、この話がすごく好きだ。


「ゴホンゴホン……」


 リオスには、愛する奥さんとその子供たちがいて、自分の大切を守った。


「ゴホンゴホン……!」


 いつか私も、そういう人になれたら……


「ゴホンゴホン!!」


「あ、すいませ〜ん、今出て行きまーす!」


 私は立ち寄った古本屋からそそくさと出て行くことにした。




「もう何よ。ちょっとくらい立ち読みしてもいいじゃない。あんな態とらしく咳しなくても……。はぁ……」


 家を飛び出し最初に立ち寄ったこの町は、思っていたよりも平和だ。

 でもこの日常が、リオスが守りたかったものなんだよねぇ。

 蹴った石ころが排水溝に落ちた。





「安いよ安いよー! おっ、黒髪のお兄ちゃん、俺んとこの串焼きはどうだい? 一本五千rgが今なら500rgだよ」


「おっちゃん、今焼いてるヤツ全部買うから五千rgで売ってくれ」


「おいおい坊主。そりゃぁ値切り過ぎってもんだぜ」


「んじゃあいくら?」


「五万rg。どうだ?」


「ふざけるな」


「はははっ、冗談だ冗談。ほら、焼いてる分二十本。八千rgでいいぞ」


「ん……どうも」


 昨日も世話になった串焼きの店主に銀貨を一枚渡し、お釣りの二千rg--大銅貨二枚をもらう。

 この店主、冗談で値段上げるの好きだよな。

 まあこんなあからさまじゃあ引っかかるヤツもいないだろうけど。


 それにしてもこの町はひどいな。

 なにより食い物が不味い。

 さっきの大食い大会も、美味い物がたらふく食えるかもと参加したが、ルーは甘口だし、徐々に味が薄くなっていくし、最後は米もかゆだった。

 あんな食べ応えのないカレーは初めてだ。

 もう一生やらん。

 今回は仕事でこの町にも来たが、できれば次からは来たくないな。


 十六本目の串焼き肉を食べ終えた俺は、町の正門に向かう道すがら、門の近くで挙動不審になっている十歳くらいの少女を見かけた。

 あれは何かあるな。


「おいお前。通りたければ通ればいいだろ。子供でもちゃんとした理由があれば門番は通してくれるぞ」


 まあ門の外に出たあとは、何があっても自己責任だけど。

 俺に声をかけられるのが予想外だったのか、少女はビクッと震えると肩を窄めて萎縮した。


「あ、その、あの……うぐっ……ひぇぅ……」


 ……え?


「うわああぁぁぁぁぁん!」


「お、おい待て! 泣くな! これじゃあまるで俺が……」


「やあねあの男。女の子を泣かせてるわ」


「え? あらやだ。食べ物をチラつかせてるわ。最低ね。警察よ。警察を呼びましょう」


 泣かせてるみたいじゃないか。

 そう言おうとした瞬間、見計ったかのように注目が集まった。

 くそぅ、まさか串焼き肉が入ったこの紙袋が仇となるとは。

 いやそうじゃない、警察も来てる。

 どうすんだこれ?


「君、白昼堂々女の子を泣かせてどういうつもりだ?」


「ちょっと署まで来てもらおうか」


「誤解だ。や、やめろ! 掴むな! 手錠を出すな!」


 駆けつけた警官と乱闘でもしようかと本格的に考え出したその時、少女が弱く否定する。


「ち、ぢがゔんべす。この、人は、なにも、悪くなくって……えぅ……」


「え? あ、そうなの? その……無理に言わされてないか? 脅されてるとか……」


「おいそこの警官。俺は少女をいたぶって喜ぶ趣味は持っていない。つかそれ以上何か言うなら物理的にぶった斬るぞ」


「あぁ……これは失礼」


 俺を虐待主義の変態として見た警官にはちょっと殺気を見舞ってやった。




「姉が昨夜から帰って来ないだと?」


 泣いている少女が落ち着いたあと、俺と駆け付けた二人の警官は、その理由を聞いた。

 どうやら昨日、依頼を受けたハンターの姉(なって一月の初心者)がいつもの時間に帰って来なかったらしい。

 朝になっても戻ってくる気配がなく、学校を休んでまで、ここで待っていたようだ。

 しかしあれだな。恐らくその姉は……


「死ん--むぐっ。おい、何すんだ」


「君こそ何言おうとしてるの。まだこんな小さい少女にさぁ。君には優しさってものがないのかい?」


「教えてやるのも優しさだろ」


「うっ……」


 口を塞いだ警官は置いておき、俺は少女に向き直り、大事な食料(串焼き肉)が入った紙袋を渡す。


「あの、これは……」


「食ってもいい。それと、俺もハンターだ。それも強い、かなり強い。正確には、お前の姉の千倍くらい強い」


「……お、お姉ちゃんは弱くないもん! すごくすごく強いんだもん!」


「そうかそうか。まあそんなことに然程興味はないんだがな」


「むぅー……!」


「探してきてやる」


 憤っていた少女が、その一言で静かになる。

 見ると警官も通信魔道具で連絡をしていた。

 これで俺の後を追って、何かしらの援護はしてくれるだろう。


「だから教えろ。姉のこと」


 どうせついでだ。

 一rgの金にもならないが、探してきてやろう。

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