第34話

レイディエ殿下が無事に目覚め、シュトュルも安心し、休むことにした。


ここ最近、レイディエ殿下の看護に付きっきりであまり寝ていなかった。



シュトュルはベッドに倒れこむ。

半開きになっているカーテン。月明かりが部屋をほんのりと照らしていた。


「……レイディエ殿下が目覚めて良かったわ」


ふと、口づけしたことを思い出して、ちょっと顔が熱を持ったりする。


「好きって伝えられたのも……良かった」


シュトュルがそう思った時だった。


ギシギシと縛りつけられるような痛みがシュトュルを襲う。


「……っ!」


レヴィアタンがシュトュルを操る合図である。



しかし、スッと痛みが消える。

まるで、縛りつけていた縄をほどかれるように……。


ハッと目の前を見てシュトュルは息をのんだ。




月明かりに照らされてサファイア色の鱗がキラキラと輝く。


蛇のような竜がシュトュルの目の前にいた。


「レヴィ……アタン」


海を司る神であり嫉妬に狂った悪魔。


レヴィアタンが漆黒の瞳でシュトュルをチラリと見たと思ったら、窓の方へとすぐに向かう。

窓が勝手に開き、部屋に夜風がびゅうっと入り込んだ。


レヴィアタンは帰るのだ。シュトュルはそう思った。


「ま、待って!レヴィアタン……!」

シュトュルがそう言えば、レヴィアタンは止まる。


「あ……えっと、レヴィアタン、帰るの……?」

『そうよ』

淡々とレヴィアタンは答える。


「その……もしかして、レイディエ殿下を、助けてくれた?」

『いいえ。アタシは何もしてないわ。ただ……傍観してただけ。彼が目覚めたのは、むしろシュトュルのおかげじゃないかしら。アナタの献身的な看病のおかげ』


シュトュルはベッドから降りて、レヴィアタンの側に近づいた。レヴィアタンの漆黒の瞳はシュトュルを映す。


「……どうして、帰るの?私の恋を、破綻させるんじゃないの?」


今のシュトュルとレイディエ殿下の状態は、レヴィアタンにとってチャンスのはずだ。

なのに、どうしてこの恋を破綻させずに帰るのか……シュトュルはそれが疑問だった。


『……どうでも良くなったのよ』

レヴィアタンはそう言いながら、ふと、レイディエ殿下が目覚めた時のことを思い出した。

(……彼が目覚めて、ホッとした自分がいた。シュトュルが彼に想いを無事に告げて、安心した自分がいた……アタシには、あの恋を壊すことは、できなかった)



『それに……』

「……それに?」



『海に……帰りたくなったの。彼との思い出が、眠る海に』


レヴィアタンはそう呟いて、急にクスクスと笑った。

初めてレヴィアタンと会ったときみたいに、無邪気な笑い声。


『フフフ……シュトュルってば、そんなにアタシに恋を破綻させてもらいたいの?いいわよ。今すぐにやってあげるわよ』

そう言って、体をシュトュルに巻き付ける。


シュトュルの視界がサファイア色の鱗で覆われる。


「それは、困るわ。私、彼のことが大好きだもの。別れたくない」


シュトュルがそう言えば、レヴィアタンはしゅるしゅると離れる。


『その気持ち、大事にね。お幸せに』


レヴィアタンは窓から飛び出していく。


「レヴィアタン……!!」

シュトュルも慌てバルコニーへと出た。


サファイア色の流れ星のよう。


一直線に海へと向かう、流れ星。


「レヴィアタン、ありがとう。また、海に行くわ……アナタに会いに」

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