第2話 理事会

防衛省組織の末端組織にあたる理事会。実態は内容を知らない政治家の天下り先である。調査員は生まれた時から施設で管理され、世俗に疎い為多少横暴な政治家が上にいてもそれが普通だと思ってしまうのだ。


「さて、今回の議題ですが……本当にあの塔に知性体が?」


汗を拭きながら訝しげな表情で語りかけてくる。自分たちの評価を上げるためにテキトーな事を書いているのでは?と疑っているのだろう。


「えぇ。詳細は報告書をご覧下さい。」

「ふぅん。詳細と言っても外見の特徴と喋った事しか書いていないではないか。」

逆にそれ以外何を書けと?

「知性体の能力が不明な為、まずは情報をもって帰還することを優先致しました。」

「不明って言ったってねぇ〜」

「それを調べるのが調査員ではないのかね?」


じゃあ君らが前線に立って戦ってくれ。ほら、ネキの表情も暗くなってきた。

「皆さん。報告書にもある通り、知性体は所属を言いました。つまり一人ではなく、知性体の集団があるという事です」

「だからなんだと言うのだ?」

「戦闘データは無いのか?」

「なぜ逃げ帰った。これではいい笑いものではないか」

「何の為の調査だと思っているのか」

出るわ出るわ。委員達の不満が爆発した。可能ならば全員殴り倒してしまいたくもなる。実はこういったやりとりは一度や二度ではない。

だからなんだ?かなり重要な話だぞ?つまり能力不明の知性ある生き物が沢山いるのだ。それに所属は「第三公国軍」つまり公国と呼ばれる国がある。更にその数字から察するに第一や第二が推測される。敵の勢力は不明ときた。これだけで十分な情報である。

生きて帰ることは決して悪いことでは無い。敗走は確かに格好悪いかもしれないが生きて情報が伝わる。それこそが価値ある行為なのだ。他の命を守る為にそういった行動を賞賛こそすれ罵倒するなんてとんでもない……。調査員は委員共の奴隷ではないのだ。

我慢の限界を迎え、殺意が漏れ出す。普段殺意と近い場所にいる八神とネギは直ぐに気づき、私を制止する視線を投げかける。しかし、その手は固く握られ、我慢しているのがはっきりとわかった。

我慢の限界を迎え、口撃に転じようと口を開きかけた時、1人の議員が立ち上がり、委員たちに意見を述べた。

「皆さん。まずは彼らを労いましょう。これだけの貴重な情報を持ち帰ってくれたのです。彼らは現場で命をかけているのですよ?これは命懸けで集めてきた貴重な資料です。」

海堂徹。彼は自らこの理事会に参加すべく力をつけてきた者である。調査員に名前も名乗らない政治家が多い中彼は名乗り、異能者と交流を図る。上っ面だけ見れば素晴らしい人材だろう。実際上からしか見れない政治家より距離の近い彼の方が人気は高い。しかし、私は彼が心底嫌いだった。

「特に彼ら第四一七調査団の黒崎チームはまだ現場経験が浅いにも関わらず適切な判断ができている。私は彼らを高く評価していますよ。」

「海堂くん。そうは言っても近年、塔の攻略率は年々低下している。彼らにはもっと上を目指し、頑張ってもらわないと」


……何だろうこいつ頭お花畑なのか?


私は肥太った髭面の議員を睨みつける。すると、即座に八神からどつかれ、逆に睨まれた。

「彼らは我々と違い、まだ若いのです。これからに期待しましょう。黒崎チームの方々。ご報告ありがとうございます。今日はゆっくり休養して、明日また調査に励んで下さい。」

「ハッ失礼します。」


会場から出て、車に向かう途中でネキにお礼を言った。

「いえ、悠亜さんに任せると会議が荒れるので黙っていてもらって助かりました。」

「……ふーん。」

「いいか黒崎、奴らとは余り関わらない方がいい。関わるだけ無駄だし、自分の立場を悪くするだけだ。損でしかない。」

「八神も少し怒ってた癖に」

「う、うるせぇ。」

「でもまぁ、酷いですよね。一日に何人も死んでいるっていうのに。」

「自殺者の方が多い国だからね自殺者と比べたら微々たるもんなんじゃない?」

「悠亜さん辛辣すぎます。」

暫く喋っていると例の彼らが訪れ、ホームに戻された。

『今回は黒崎が口を開かなかったんですね。進歩です。』

「ナビまで酷いことを言う。」

「前回の理事会で後藤委員に牙を向き、独房に入れられ1ヶ月間調査活動を禁じられたのにまだ懲りないんですか?」

「後藤?誰?それ」

「今日噛みつきまくってきたあの太った髭の人ですよ。」

「へぇ。ネキは物知りだね〜」

『黒崎、茶化さないで反省してください。全く……。それはそうとどうでした?』

「海堂のおっさんが上手く誘導して帰してくれたよ。そのうち理事長席に座りそうだなあの人。」

『海堂委員が……なるほど。では本日の予定はどうしますか?』

「今日は休めってさ。」

『わかりました。では皆さんの装備を点検させてもらいます。廊下に置いておいてください。』

「ナビは働き者だね。良いの?任せちゃって」

『えぇ。特に黒崎と八神は装備品を酷使してそれを報告しようとしませんから。頻繁にチェックしなくては。』

「なはは……。」

「俺はトレーニング室にいるから。なんかあったら声掛けてくれ。」

「八神さんもですか?私もトレーニング室に……。」

「あ?じゃあ半分こな。」

「私は部屋にいるよ。ナビ、よろしくね。」

『はい。』


「黒崎さん……相当お冠でしたね。殺意ダダ漏れでした。」

「あいつ訓練生時代に抑制機ぶっ壊して委員の一人に殴りかかってるしな」

「あれって壊れる物なんですか?」

「さぁ?ちょくちょくバージョン変わってるし今は壊せないんじゃないか?」

「黒崎さんなら……できそうな気が……。」

「同感。」

「流石に今は出来ないと思うよ。」

「ゲッ」

「『ゲッ』とは失礼だな〜。」

「どこから聞いてました?」

「『黒崎さん相当お冠でしたね〜』の辺りから。」

「最初からじゃないですか!どうやって私たちに気づかれないように移動したんですか?八神さん常にレーダーみたいなものなのに」

「ネキ、それは酷くねぇか?まぁでも気になるな。俺の探知網をどうやってくぐり抜けてきたのか」

「言うわけないじゃん。秘密だよ秘密。」

「えーずるーい」

「じゃあ私この後寝るから。また明日。」

「え?もう?夕飯は?」

「いらない。もう眠くて眠くて……。」

「お前いつも眠そうだな。疲れてるのか?」

「そりゃ疲れるよ。意地悪なクソジジイ共と目を合わせるだけで疲れ果ててしまう。」

「あそ。しっかり寝て明日の調査に引きずるなよ?」

「明日は明日の眠気が来るさ」

「お前な……。」

「おやすみ!」

「あぁ。」

「おやすみなさい。」


眠気が強すぎて目眩がする。自分が歩いている場所が現実なのか夢なのか……境界がすごく曖昧になる。何とか部屋にたどり着き、ベッドに倒れ込むとすぐに意識がブラックアウトした。

「今日は……頑張ったな……。」


シーツや枕がいつの間にか洗濯され、寝心地は最高だった。

「ナ……ビ、あり……がと……。」

『やれやれ、幾つになっても世話のやける人ですね。全く。少しは成長してもらいたいものです。何時までも隠し通せるものでは無いですよ。』

ナビは悪態をつきつつ布団をかけて行った。

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