3 別に良い
大河国への道中、ちかは人懐こい笑顔で怜の隣を歩いていた。ちかはこんな世界ではなければ、平和な世界であったならアイドルにだってなれるだろう。それほど容姿が整っている。声もよく通り、綺麗な声をしている。
「お兄さん、お兄さん。えへへ」
ちかは何度も怜を呼ぶ。今まで我慢していたことを発散でもするかのように怜に甘える。しかし、怜は深く人と仲良くなるのが怖かった。
「あんまり馴れ馴れしくするな」
怜はちかを冷たく突き放してしまった。ちかは驚き、今にでも泣き出してしまいたいほどに落ち込んだ。
「何で、何でそんなことを言うの?私は、私は。お兄さんと仲良くなりたいだけなのに」
怜は冷たい表情でちかに呟いた。ちかはそれがとても嫌だった。
「人を信じるな。どうせ裏切られる」
この怜の言葉の中には優しさと寂しさがあることをちかはすぐに気がついた。しかし、怜の心に踏み入って、自分が怜の心を荒らしてしまうのではないかと怖かった。そして、嫌われることが何よりも怖い。
「お兄さん、ごめんなさい。ちょっと、馴れ馴れしかったよね。ごめんなさい」
怜は最初にちかに出会った時の表情に戻った。ちかの泣きそうな顔を見ると不思議と胸が苦しくなった。
「別に良い」
それから一時間、ちかと怜は無言で歩いた。
「もうすぐ城下町が見えてくるよ」
ちかの言葉通り、小さな丘を越えると活気のある城下町が見えてきた。ちかの話によれば町は五つの区に分かれているらしい。今見えている一番外側の町が商人のために作られた商い町である。そして最も気になるのが、小高い山に築かれた城に住む盟主である。町に入ると隣を歩くちかは寂しそうに別れを告げる。
「お兄さん、ごめんね。私はそろそろ家に帰らなきゃ」
怜はちかの頭を撫でる。するとちかの頬を涙が伝う。
「お兄さん。私、お兄さんとお別れしたくないよ」
ちかの体が小刻みに震える。怜は迷った末にちかを抱きしめた。
「え!ちょ!恥ずかしいよ、お兄さん。人が見てるって!」
ちかは頬を赤く染める。怜は構わず、ちかを抱きしめたまま頭を撫でた。
「ふにゅー」
ちかは赤く染めた頬を更に赤くした。怜に顔を見せたくないちかは、怜の胸に顔を埋めた。
「正直助かった。素っ気ない態度で悪いと思ってる。ちか、ありがとな。それに、今生の別れじゃないだろ。また会えるさ、きっと」
ちかは涙を拭くと、無理やり笑顔を作って見せた。
「お兄さん…」
怜はここら辺で別れるのがちょうど良いかと思った。ちかの頭をもう一度撫でて、別れを告げた。
「じゃあ、またな。俺は適当に今日の宿を探すよ」
ちかは怜が見えなくなるまで手をブンブン振っていた。
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