第3話

「飯島くんって、どうしてここにいるの?」

 思わず、は、と声が漏れる。

 それはいつものごとく、オカルト同好会のメンバー4人で集まった、夕暮れの教室での言葉だった。

 目の前に座った速水先輩に投げかけられた疑問に唖然とする。どうしてここに……? としばらく考えて、部員だからじゃないですかね、と返事をする。

「あ、違うの。何でこの同好会に入ったのかなってことよ」

「それは……先輩に誘われたから……」

 そう、俺がここに所属しているのは、元を辿れば速水先輩に声をかけられたからだ。

 遡ること数ヶ月前。この高校の入学式から数日後、部活動紹介が行われた。中学校では入学式と一体化していたが、恐らく多くの学校が入学式から数日以内にあるであろうイベントだ。それぞれの部活についての紹介文や部員からのメッセージなどが載せられた冊子が配られ、舞台で発表をしたりする。だいたいはそんな流れだと思う。

 その時、俺はオカルト同好会の部員になろうなどとは思いもしていなかった。そもそも部活未満の同好会のページは1番後ろにあり、名前と活動内容が小さく載っているだけで全く目を引かないつくりになっていたことを思い出す。

 舞台での紹介が終わると、次は直接の勧誘に切り替わる。一年生の教室が並ぶ廊下に上級生たちが看板などを持ちひしめき合い、直接声をかけるなどしてアピールを始めるのだ。様々な部活動に声をかけられたりビラを差し出されたりしながら、何の部活に入ろうかと決めかねていた。そんな時だ。

 ねえちょっと、とよく通る声が聞こえた。ねえちょっと、そこの君。と綺麗な声が続ける。

 振り返ると、長い髪の女性が立っていた。なんとなく大人っぽい雰囲気を感じてどきりとする。その出で立ちから上級生のようだとすぐに感じ取れた。

「君。もしかして入りたい部活が決まってないんじゃない?」

 彼女はそう言いながらすたすたと近寄ってきた。どうやら声をかけられたのは俺で間違いないようだ。この人も何かしらの部活勧誘だろうとか、1人での勧誘なんて珍しいな、とか考えながら、まあそうですね、と返事をする。どうにも一対一で声をかけられると受け流しづらい。

「実は部活じゃなくて同好会なんだけど。怖い話は好き?」

 続いた言葉に思わずえ、と言葉が漏れた。なんだか道端の宗教勧誘かキャッチみたいな流れになってきた。

「私が部長をやってるの。オカルト同好会」

 どうかしら、と重ねて尋ねられる。

 なんだか変な流れになったと思いつつも、どうせピンとくる部活は特になかったのだ。万が一他のところが気になっても、仮入部期間もまだまだあるしと前向きに捉える。

「じゃあとりあえず、見学希望で」

 声をかけてきた上級生こそ、今目の前にいる速水先輩だった。見学した時、部員は彼女以外には中野先輩しかいなかったわけだけれど、結果として俺は入部を決めた。

 なぜかといえば、興味——そう、興味があったのだ。元々、怖い話とか、オカルト的なものに興味があった。インターネットで調べることもあったし、語れと言われたら間を持たせることができるくらいには知っている。だから、ここに入って退屈はしないだろうという考えだった。

「そうなんだあ」

 数学の宿題をやっていたはずの中野先輩が声を上げる。いつのまにか話を聞いていたようだった。

 宿題のノートは広げっぱなしになっている。どうやら興味が完全にこちらに移ってしまったらしい。家では絶対にやらないからここでやる、と宣言して始めたはずだけれど、良いのだろうか。

「ひとつ気になるんだけど、飯島くんって『見えない人』でしょ?」

「まあ、そうですね。そういうことは一度も経験がないです」

「だよね〜。どこまで信じてるの? おばけとか、そういうこと」

 この教室にいる、俺以外の3人に視線を巡らせる。彼らは本人たち曰く、『見える人』なのだ。先輩2人においては堂々と宣言しているし、少し前に花園くんもその辺りをつつかれて控えめに肯定している。先輩たちが平気な顔をしている一方、彼はどうにも怖がっている様子で、ここ入部したのも恐怖心を克服したいからだと話していた。俺自身は全くオカルト的な体験がないからか、そのような話を聞いたり読んだりしても怖いという感情はなかった。けれどそれはイコール全く信じていないということではない。

「どっちかと言ったら、信じてる寄りですかね……」

「意外!」

 ドライな感じだから、全然信じないのかと思ってた、と中野先輩は言う。

 自分に全く見えないものを信じる、というのはなかなか難しいことだが、俺は一概に「ない」と言い切れない感覚があった。

 それには理由がある。


「ただいまー」

 玄関で靴を脱ぐ。家の奥の方からおかえり、という声が聞こえた。

 廊下を抜けてリビングのドアを開けると、キッチンに人が立っていた。その人は俺の姿を認めると、少し微笑んで

「母さんなら買い物だよ」

 と言った。

 彼は俺の、五つ上の兄である。名前を夏の樹、と書いてそのままなつきと読む。俺と季節違いの名前だ。

 どうやらお茶を入れていたらしい。冬樹もいる? と聞かれたがまだペットボトルにお茶が残っている。大丈夫だと答えた。

 それじゃあね、とひらひらと手を振り階段を上っていく夏樹の後ろ姿を見送る。俺が幽霊とか、そういうものをないと言い切れない「理由」は、この兄だった。

 昔から、兄は奇妙な言動をする。本人が「自分は見える」とはっきり口に出して主張したことはないが、例えばどうしても通りたがらない道があったり、俺の目からは絶対に動物も人間もいない場所で、何かの存在に怯えてその場を離れたがる、など。母によると、小さな頃から何もない部屋の隅を指差して泣いたりすることがあったという。

 もちろんそれだけで「幽霊はいる」という証明にはならない。一応母に連れられて頭か何かの検査に行ったことがあるようだが、特に異常なしということで診断されたようだった。心配性の母のやりそうなことだ。加えて、俺は兄がそういう虚言をする人物だとも思っていなかった。そういうわけで、経験がない分心から信じるわけではないが、きっぱりそんなものはいないというには「そういう人」が身近すぎるのだった。

 手を洗い、うがいをしていたら携帯電話が鳴った。流し台の横に置いていたせいで、金属の上でバイブ機能の振動が倍増しして激しい音ともに震えている。慌てて水を吐き出して取り上げると、画面には「速水椿先輩」の文字が表示されていた。

 なんだろう。部室もとい教室に忘れ物でもしてしまっただろうか。

「はい、もしもし?」

「もしもし。こんにちは。飯島くんの番号で間違い無いでしょうか?」

 やはり速水先輩だった。

「飯島です」

「冬樹くん?」

「はい。冬樹です」

「ちゃんと繋がってよかったわ。初めてかける人だと番号間違えてないから不安になるわね」

 どうやら入部した際、何か連絡が必要なときにと交換した連絡先を辿って電話したらしかった。

「それにしてもどうしたんですか」

「聞きたいことがあって電話したんだけど、今時間大丈夫かしら?」

「あはい。大丈夫です」

「そう。ええと……」

 何やら電話の向こう側でもごもご言っている。なんの用事かわからないが、取り敢えず大丈夫ですよ、と声をかける。

「そうねえ。あのね、飯島くん」

「はい」

 速水先輩は、気を取り直したのか声の調子がいつもの通りに戻る。なんだか姿勢を正したような感じだ。

「私に——私たちに、嘘をついたでしょう」

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