第13話 卒園式とお遊戯会
卒園式当日。僕は前日は全く眠れなかった。この日が来て欲しくなかったからだ。今日を境にリコリス組のみんなと別れることになる。それはとても寂しいことだった。僕はリコリス組のみんなのことを生涯忘れることはないだろう。僕が担当した初めての園児たち……
体育館にはすでに保護者が集まっていた。みんな、自分の娘の晴れ舞台を見に来たのだろう。こんなに大勢の保護者に見られてみんな大丈夫かな? 緊張して劇が詰まったりしないといいけれど……
僕にできるのは彼女たちを信じて祈ることだけだった。見守るのも先生の役割だ。
「ジョルジュ先生……今日でみんなとお別れなんですね。私とても寂しいです」
シャルロッテ先生が目に涙を浮かべてそう言った。彼女も途中からとはいえ、副担任としてリコリス組のみんなを見守ってくれていた存在。感慨深いものがあるのだろう。
「シャルロッテ先生。僕だって寂しいです。でも、それだけ彼女たちが成長して大きくなったってことです。笑って送り出してあげましょう」
「そうですね」
シャルロッテ先生は指で涙を拭いて体育館の壇上を見つめた。もうすぐ劇が始まる。みんながんばって。
ナレーター役の子が壇上に現れた。彼女は大きく息を吸った。
「むかしむかし ある所に女騎士ハンナという凄腕の女騎士がいました。彼女はエリーゼ王女を守るための騎士でした。ハンナはエリーゼ王女を慕い、エリーゼ王女はハンナに絶対の信頼をおいてました」
長いセリフをつっかえることなく読み進める彼女。劇の一番最初のセリフを言う大役を引き受けてくれた彼女には感謝しかない。ナレーターの良し悪しでみんなの士気も変わってくる。とても責任重大な役だ。
「ハンナとエリーゼ王女は幸せに暮らしていました。ところが、エリーゼ王女を狙う怪しい影が一つ。悪名高き魔女レイディ。彼女はエリーゼ王女を誘拐しようとしました」
ナレーター役の子がはける。そして、壇上には、女騎士ハンナ役のセシリアちゃん。魔女レイディ役のアニータちゃん。エリーゼ王女役のオリヴィアちゃんが登場した。
「エリーゼ王女。私と一緒に来てもらいますよ」
アニータちゃんがオリヴィアちゃんに杖を向ける。オリヴィアちゃんはそれを受けてセリシアちゃんの背後に移動する。
「怖い……助けて、ハンナ」
「エリーゼ王女。わたくしがお守り致します。魔女レイディ! 今日こそ貴様をひっ捕らえてやる!」
セシリアちゃんが模造の剣を抜く。そして、アニータちゃんに向かって斬りかかった。アニータちゃんはその攻撃をかわして、杖を振るった。次の瞬間、セシリアちゃんは床に倒れて身動きが取れなくなってしまう。
「大人しくしててもらうぞ。女騎士ハンナ。さあ、エリーゼ王女。私と共に参りましょう」
「い、嫌……助けてハンナ」
「く! やめろ! 王女に触れるな!」
セリシアちゃんの迫真の叫びも空しく、オリヴィアちゃんはアニータちゃんに連れ去られてしまった。
「王女……必ずお助けします」
ここで場面転換する。女騎士ハンナが王様にエリーゼ王女が攫われたことを報告した。王様はハンナを叱責し、すぐに王女を取り戻すように命令をした。ハンナは元からそのつもりで、すぐに旅に出ることになった。
魔女レイディと戦うには力不足を感じているハンナ。馬車に乗り、女神の泉を目指す。そして、泉に自らの剣を清める。すると女神が登場した。女神はハンナに悪と戦う覚悟があるのかと問う。
「はい。もちろんあります。わたくしのこの剣でエリーゼ王女を救ってみせる」
ハンナのその決意が剣を聖剣へと成長させた。魔女レイディと戦う力を得たハンナは魔女レイディのいる城へと向かうのであった。
◇
「ふははは! よく来たな。女騎士ハンナよ。エリーゼ王女を取り返したかったら私と戦うがいい」
「魔女レイディ! 貴様を倒して、我が愛しの姫君エリーゼを取り戻す!」
女騎士ハンナが聖剣を魔女レイディに向ける。
「貴殿にそれができるかな!」
「ハンナ。助けに来てくれたのね」
エリーゼ王女がハンナに呼びかける。
「エリーゼ王女。待っていてください。すぐにこいつをやっつけます!」
「できるかな?」
レイディが呪文を唱える。するとハンナの体が吹き飛ぶ。このままでは前回と同じ轍を踏んでしまう。しかし、その時聖剣が光り輝いた。聖剣がレイディの魔術を打ち消したのだ。
「なに! バカな! 私の呪文を打ち消しただと……」
「聖剣の力を受けてみよ!」
ハンナがレイディに向かって斬りかかる。レイディはそれを杖で防ぐ。しかし、聖剣の方がパワーが上で、杖は弾かれてしまった。
「な! しまった」
「これで止めだ!」
ハンナがレイディに聖剣を刺す。レイディは断末魔の叫びをあげてその場に倒れる。
「ハンナ……助けに来てくれるって信じてました」
「エリーゼ王女帰りましょう」
こうして、悪しき魔女レイディを倒したハンナは、エリーゼ王女といつまでも幸せに末永く暮らしましたとさ。
◇
劇が終わった。気づけば僕の目には涙が溢れていた。一年前まではあんなに小さかった彼女たちが立派に一つの劇をやり遂げたんだ。涙を止めようと思っても止められなかった。どうしよう。最後は彼女たちを笑って送り出そうと思っていたのに。
「先生、良かったですね」
シャルロッテ先生も泣いていた。彼女たちの成長を間近で見てきた人間だからこそ刺さるものがあるのだろう。
「なんだかこうして二人で子供の成長を見守っていると、私たち夫婦みたいですね」
「それはない」
僕の涙は引っ込んだ。
卒園式も無事に終わり、体育館は空になった。先程まで盛況していた体育館だったが、今ではガランとしている。この静寂が僕の喪失感を高めた。
「先生ー!」
オリヴィアちゃんの声がした。振り返ると体育館の入り口にオリヴィアちゃんとセシリアちゃんとアニータちゃんがいた。
『今までお世話になりましたー!』
三人揃って僕に挨拶をしてくれた。僕はそれがたまらなく嬉しくてまた泣いた。
「やめてよ先生……そんな風に泣かれたら、私も泣きたくなっちゃうよ」
アニータちゃんが泣き出した。
「全く……アニータは本当に泣き虫ね」
そういうセシリアちゃんの目も潤んでいる。涙を必死に堪えているのだろう。
「ジョルジュ先生ー! シャルロッテ先生とお幸せにねー!」
オリヴィアちゃん……勝手にくっつけるのはやめてくれ。僕は女騎士は趣味じゃないんだ。
去っていく三人を見送る。小さくなっていく三人の背中を見るのは物寂しい。追いかけたくなる気持ちはあるけれど、僕はこの園で新しい園児たちを育てる義務がある。
みんな、立派な女騎士になるんだよ……
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