第7話 女騎士おままごと

 僕は園内の教室で一息ついていた。今は園庭で子供達を遊ばせている所だ。子供達のきゃっきゃとしたはしゃぎ声が聞こえてきて大変微笑ましい。


 この声を騒音だと言う人はいるが、僕はそうは思わない。子供が元気で楽しそうにしている声ほど癒されるものはないと思う。そういう意味では、僕は最初から幼稚園の先生向きだったのかもしれない。


 さて、休憩も終わったことだし、皆の様子でも見るかな。と僕は立ち上がった。園庭中を駆け回って遊んでいる子もいれば、木に登っている子もいた。


 あそこにいる3人はオリヴィアちゃんとセシリアちゃんとアニータちゃんだ。3人で集まって何をしているんだろう。おままごとのセットがあるから、おままごとでもしているのだろうか。少し様子を見ることにしよう。


「ぐへへ。オーク様が帰って来たぞ」


 オリヴィアちゃんがノリノリでオークの真似をしている。オリヴィアちゃんがオークの真似をするとか嫌な予感しかしない。


「くっまた私を辱めるつもりか? 貴様と寝食を共にするなど女騎士としてのプライドが許さん」


 セシリアちゃんはオークに捕まった女騎士役なのだろうか。


「お母さん、怖いよー」


 アニータちゃんはセシリアちゃんの娘役なのだろうか。


「ぐへへ。この親子2人をまとめて俺の家族にしてやる。お前が嫁でこっちが娘だ」


「誰が貴様の家族になるものか! 私には既に夫がいる。私の操は彼に捧げているのだ」


「へー。そうかい。身持ちの堅い人妻騎士か。なら、無理矢理やるのはダメだな。じゃあ、娘に俺の相手をしてもらおうか。へっへっへ」


 オリヴィアちゃんの下卑た笑いが響き渡る。いや、本当に何してんの?


「や、やだぁ! 助けてお母さん!」


「や、やめろ! 娘はまだ5歳なんだぞ!」


 セシリアちゃんがオリヴィアちゃんに掴みかかった。どんだけ演技に熱が入っているんだよ。


「だってしょうがないじゃないか。お母さんが相手をしてくれないなら、フリーの娘に相手してもらうしかないだろう? その歳じゃ彼氏もいないだろうしな」


「くっ、む、娘に手を出すくらいなら私をやれ!」


「へー。身持ちの堅い人妻が、随分とあっさり堕ちたものだな。旦那に申し訳ないと思わないのか?」


「そ、それは……!」


 いや、本当に何なん? これ? 僕は何を見せられているの?


「くっ……体は例え穢されても、心までは穢させない。私の心はあの人だけのもの。私は気高い女騎士。オークの凌辱にも耐えてみせる」


 そのセリフの後に3人の動きがピタリと止まった。そして、何やらオリヴィアちゃんが本を取り出して、確認しているようだ。


「次は大ゴマでんほおぉぉおおぉぉぉって叫ぶシーンだね。セシリアちゃんお願い」


 まさかの即落ち2コマ。堕ちる過程をすっ飛ばす、情緒も何もあったものじゃない。僕はもっと堕ちる過程を丁寧に描いている方が好みかな。


「オリヴィア。私は貴女のどうしようもないおままごとに付き合ってあげたけれど、いくらなんでもそれはひどすぎるわ。大体にして、女騎士の権利と地位の拡大を目指す私にとって、そんなお下劣な漫画の真似をさせるなんてどうかしているわ」


 良かった。セシリアちゃんまでバグり始めたのかと思ったけれど、この寸劇には反対してくれているようだ。


「あの……この漫画って何が面白いの? 後半なんて裸の女騎士がヒィヒィ言ってるだけなのに」


 アニータちゃんがとんでもないことを言い始めた。それが事実だとすると幼稚園になんて本を持ってきてるんだ!


「こらぁ! キミ達なんて本を持ってきているんだ! そんな本は先生が没収します」


「あー返してよー」


 僕はオリヴィアちゃんから無理矢理本を奪い取った。幼稚園にこんな卑猥なものを持ち込むなんて、これは保護者にきちんと注意しなければならない。


 僕の視界にふと取り上げた本の表紙が映った。本のタイトルは……


「マッサージ師オーク。女騎士を解きほぐす……?」


 まさかと思い、僕は本のページをぺらぺらとめくった。すると、これはマッサージ師のオークが女騎士をマッサージして日頃の疲れを癒すというハートフルな内容なのだ。


 オークのマッサージ師にマッサージされることを何よりも恥じる女騎士。マッサージされることは最早凌辱の域だという程の差別意識を持っているらしい。


 そのオークにマッサージされて気持ちよくなる女騎士。ちなみに女騎士の旦那は売れないマッサージ師で、旦那よりもテクニックが上のオークに翻弄されて、旦那に合わす顔がないと嘆くのであった。


 うん。確かに上半身裸の女騎士がひいひい言っているね。うつぶせの状態だから見えてはいけないおっぱいは映ってないけれども。


「せんせー……どうして私の大切な本を取り上げるの?」


「う……」


 これは困った。卑猥な本かと思って取り上げたと正直に話したら、僕がマッサージで興奮する変態みたいな扱いになってしまう。


 まずいぞ。幼稚園で変態のレッテルを貼られたら職を失うハメになる。誰も変態に自分の大切なご子女を預けないのだから。


「えっと……それはだな」


「オリヴィア。貴女が悪いわ。幼稚園に漫画なんて持ち込むから」


 ナイス、セシリアちゃん。確かにそれは正論だ。よくよく考えたら卑猥であるかどうか以前に幼稚園に漫画を持ち込むのが悪いことなんだ。


「そ、そうだよ! 漫画を持ち込むこと自体悪いことなんだ。こういうのは家に帰ってから読みなさい」


「はーい」


「今日の帰りにちゃんと返してあげるから、後で職員室に取りに来なさい」


 危なかった。なんとか誤魔化せた。これからはきちんと卑猥であるかどうか最後まで確認してから動こう。世の中には卑猥と見せかけて卑猥じゃないものもあるからね。

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