22 ハイテクロボ学園祭に降臨す

 前夜祭が終わって、高良さんの家の真っ赤な高級車で家に帰ると、カロリー軒の前に黒塗りの高級車が停まっていた。お嬢様学校に通いだしてずいぶん見慣れた黒塗りの高級車であるが、やっぱりこのおんぼろ中華料理屋の前にこういうのが停まっているのは違和感がすごい。というか見慣れちゃいけないと思う。


 みるとなにやら一時休業のカロリー軒に機材を搬入している。高良さんの連絡で、こういうことをすることになったらしい。もともと、高良さんはうちの父さんが学園祭に来られないのを悲しく思っていて、そういうわけでこういうことを結構前から計画していたようだ。


 ズバリ、「VRでれいらくんのお父様にも学園祭を見せてあげよう作戦」というもの。


 体の悪いお年寄りが孫の結婚式にVRで参加するというのは聞いたことがあるが、仕事でいけない娘の学園祭をVRで観ようというのだからお嬢様学校おそるべしである。

 高良さんに手を振りごきげんようと別れ、カロリー軒に入ってみると、VRゴーグルを使うのではなくカロリー軒の壁がスクリーンになるようだ。どういう科学技術じゃ。


 まあ、VRゴーグルをつけていたら鍋振れないしな。かがくの ちからって すげー!


 裏口に回って家に入ると、ガキンチョAが夢中でスイッチで遊んでいた。その横でガキンチョBも、楽しそうにボロボロになったリカちゃんを着せ替えている。

「ただいま」

「れいらねーちゃんおかえりー」ガキンチョAは画面から顔を上げずにそう言う。ガキンチョBは完全に無視の体勢だ。


「なんのゲームやってるの? どうぶつの森?」

「うん。おとしあなのタネ作っていっぱい埋めて、どうぶつを穴に落として遊んでる」


 ガキンチョAは、最初こそスプラトゥーンをやりたいと大騒ぎしていたし、最初はもっぱらスプラトゥーンに夢中だったが、YouTubeかなんかでスプラトゥーンのうまい人のプレーを見てすっかり自信を喪失してしまったらしい。最近はずっとどうぶつの森をやっている。


 まあ、どうぶつの森はうまいとかヘタとかあんまりないからな……。


「ねえくう、母さん……ばぁばとか、あんたらのママたちは?」

「買い物」ガキンチョAはそう答えると、またスイッチに目を戻した。

 買い物……ねえ。なに買いに行ったんだろ。なんだか心配だ。


 継母と姉ABは夕方けっこうおそくに帰ってきた。なにを買ってきたの、と聞くと、


「ショッピングセンターに入ってる和服屋で、伊達締め? とか帯揚げ? とか買いに行ったら、一着五十万の着物買わされそうになって、必死で断ってきた」と継母。それナショナルチェーンってやつだ。着物はちゃんとした呉服屋で買うかデパートの外商さんに来てもらって買うものではないのか、と思ったのだが、うちの近所にはちゃんとした呉服屋なんてないし、うちみたいな一般家庭にデパートの外商さんなんか来ないのであった。お嬢様学校の常識、すなわち非常識である。そもそも高校生の分際でデパートの外商さんからデパコス買ってるほうがおかしいのである。キャンメイクで我慢しているのはあたし一人だ。


 姉ABは着物でなくフォーマルスーツを着ていくようだ。買っとけ買っとけ、来年はガキンチョAが小学校に入学するのだ。キャバドレスじゃない服は持っておくべきである。


「で、勇吾さんの……ぶいあーる? とかいうのはどうなったの」


 みんなでカロリー軒に向かう。VR機材が設置してある以外は、いつもの労働者でごった返すカロリー軒である。とてもとてもいい匂いがする。


 姉Bがエプロンをつけてカロリー軒を手伝い始めた。姉AはガキンチョABの面倒を見るようだ。継母はなじみの美容院に着付けのお願いの電話をかけている。


 その晩は、わくわくして、なかなか眠れなかった。

 さて学園祭当日。学校にいつも通り列車でいこうとしたら日曜日でダイヤが変わっていた。ふだん日曜日に学校なんて行かないから気付かなかったのだ。どうしよう。そう思っていると真っ赤な高級外車が駅の前に滑りこんできた。


「れいらくーん!」高良さんだ。駆け寄って車に乗り込む。高良さんは助手席。あたしは後部座席だ。

「いよいよ学園祭だね」


「はい! ……これは?」後部座席の、あたしの隣に積まれているペ●パー君みたいなやつをちらりとみる。高良さんは笑って、

「君のお父様の代わりに学園祭を見てくれるロボットの、ハラペーニョくんだ」

 と答えた。ハイテクすぎる。授業にいまだに黒板を使っている学校に、ロボット。

「なんと階段だって二足歩行で登れるしだれかに小突かれてすっ転んでも立ち上がれるよ」


 ハイテクすぎるとかそういうレベルではなかった。SFだぞこりゃ。


「もしもしー。れいら、いるのか?」

 ロボットから父さんの声。なんだか嬉しくなったと同時に、カロリー軒の蔵書にある手塚治虫の火の鳥を思い出してしまった。脳の手術を受けたら人間や動物が塊にしか見えなくて、ロボットが美女に見えるアレだ。最終的にそのロボットの女の子と合体してロボットになっちゃうアレだ。


 学校に着いた。学校の前は完全なるモーターショー状態だった。立派な身なりの紳士淑女が集まって談笑する様子is社交界。あたしはビビりつつ校舎に吸い込まれていく。


 教室に向かうと、白野さんは猫のお化け、鈴木さんは金魚のお化けに扮して、エプロンをつけてほかの模擬店組の子らとコーヒーメーカーをいじっていた。予想通り、ものすごいサイフォン式のコーヒーメーカーである。学園祭に金がかかりすぎだ。


 内装も、ちょっとお化け屋敷みたいな、おどろおどろしくもあり可愛くもあり、みたいな感じである。なかなか凝ってるなあ。


「へえーれいらのクラスの模擬店ってこんななのかぁ」

 父さんに映像を送るカメラを搭載した移動式ロボット・ハラペーニョくんは、当たりをきょときょと見渡してそう言う。みんなびっくりして、なんなのだこれは、と聞いてくるので、かくかくしかじかと説明する。


「すごい時代ね」

 白野さんがびっくりする。いや白野さんのお父様ってIT大企業の社長じゃろがい。

 やれやれ。ちらと、臨時駐車場になっているグラウンドを見る。モーターショー状態のなかに、一台だけ見慣れたボロボロの軽自動車が停まっている。継母と姉ABも来ているのだ。


 ドキドキした。

 最高の学園祭にするぞ、と小さく拳をにぎった。

「ちょっと新田さん。いつまでぼーっとしてるの。最初の出し物はうちのクラスなんだから、早く着替えてかつらをつけて」


 竹屋さんに怒られてしまった。竹屋さんは地毛でものすごく豪華な、歌舞伎に出てくるお姫様みたいな日本髪を結っている。いかんいかん、とあたしも楽屋に向かう。


 浪人の恰好に着替えて、模造刀――木刀とかではなく、時代劇に使う金属のやつ――をさげる。よっしゃ、完璧。


 父さんが見てくれることがとにかくうれしかった。

 母さんが亡くなったとき、あたしはまだ小さくて、母さんが「亡くなった」ということが分からなかった。それでも、父さんは全力で、あたしのために慣れない保護者会の書類やら父兄参観日やら、ふつうなら「お母さん」がやることをやってくれた。


 父さんが再婚してからは、継母がじつにぞんざいにそういうことをやっていた。それでも、父さんはずっとあたしのことを心配していて、……あたしは、愛されて育ったのだ。


 チャイムが鳴った。学園祭のスタートだ。放送部の子の声で、

「それでは学園祭を始めます。ステージ発表は一年ゆり組、『コメディメタ時代劇 ポンコツ仇討ち物語』です」と、あたしらの出番がきた。


 ステージに出ていく。緞帳が上がった。ライトがまぶしい――いた、ハラペーニョくん。あたしは、全力で、全力の全力で芝居をした。学校の行事に、こんなに本気になるのは初めてだった。


 いままで学校の行事なんて叱られない程度にサボるばかりだった。合唱大会は口パクだったし、学園祭の芝居だって先生が種本から出してきた実に説教臭いやつばっかりで、真面目にやる気なんて起きなかったので裏方でほぼなにもしなかったのだ。


 そんなあたしが。学園祭の芝居を、全身全霊で演じている。


 人は変えられないが自分は変われる。よよと泣き崩れる芝居の竹屋さんを、助け起こすしぐさをして、セリフを言う。


「姫様は拙者が助けます。拙者は、姫様をお助けするために、命も惜しまず国に戻ってまいりました。いまでも想いは、変わっておりませなんだ」


 くっさいセリフだなぁオイ! でも、演じていてとても楽しい。こんなに楽しいことが、あたしの人生に起こったことがうれしくて、頬を涙が伝った。

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