21 前夜祭にて王子様倒れる
学園祭が始まった。
まずは生徒が舞台の発表を見る「前夜祭」だ。学年が低い順からやるので、当然トップバッターはあたしら一年ゆり組である。
「緊張するね」そう竹屋さんに話しかける。竹屋さんは器用に自分の髪でお姫様スタイルのマゲを結いながら、
「緊張しないわけがないじゃない」と答えた。さあ、出番だ。
「それでは一年ゆり組『コメディメタ時代劇 ポンコツ仇討ち物語』です」
放送部の子の声がして、あたしは舞台上に出ていく。高校の学園祭の芝居に使うには豪華な背景や張りぼてが置かれており、あたしはごくり、とつばを飲んで、セリフを発した。
芝居のことはあんまり覚えていない。それくらい緊張したが、ギャグはすべてうまくいった。この学校のお嬢様たちは笑いの沸点が低すぎるので、みな上品に大爆笑するという器用なことをやっている。
ざっくりあらすじを説明すると、とある藩をお姫様への身分違いの恋で追われた浪人が、政略結婚に反対したお姫様の母親が殺されたと聞きつけ、戻ってみるとお姫様は政略結婚を待つばかりとなっており、お姫様の母親を殺した殿様の手下をやっつけ、殿様に政略結婚をやめるよう言う――というお話である。そんな簡単に江戸時代の政略結婚がキャンセルできるわけがないのだが、しかしお嬢様学校の学園祭の芝居である。いろいろとゆるゆるなのだ。
ぜんぶ終わってぜえぜえ言いながら、かつらをすぽっと取る。おもわず「さっぱりぽん」というフレーズが口をついて出る。
「ああ楽しかった!」竹屋さんは髪をほどきながら満足そうだ。あたしも満足だ。
それから各クラスの出し物が続く。すごいことに、どのクラスも学園祭でありがちな「先生が種本から出してきた説教臭い芝居」というのをやらないのだ。完全にエンタメである。しかもクオリティが高すぎる。これはますます父さんに見せたいが、それは諦めねばならない。
三年すみれ組の発表が始まった。出囃子(なんと本当に舞台袖で三味線や鼓を演奏している)とともに、制服姿の高良さんと蕎麦木先輩が手をぱちぱちしながら出てきた。
「どーもどーもどーも、三年すみれ組ののっぽ一号二号です!」
「ど、どど、どうもどうも、名前だけでも、覚えて帰ってくださいねー」
あかん。高良さん、緊張しきっている。
「なんかねー……」高良さんは何かを言おうとして固まってしまった。蕎麦木先輩が、
「すいませんねーこいつなかなかポンコツでしてねー」とごまかす。
「な、なんかねー。高校出て大学出て、大人になったらキャリアウーマンっていうのになってみたいんですよ」
高良さんが必死に言葉を絞り出す。
「いいねーキャリアウーマン。これからは女性も稼がないと」
「じゃ、じゃあ、わ、わたしがキャリアウーマンやるから、その男上司やって」
「いいよ、はいどうぞ」
「す、すいませーん部長、この書類間違ってます。えっと」
高良さんは、そこで完全にフリーズしてしまった。それを、蕎麦木先輩が肘で小突くも、高良さんは無反応である。
「……高良?」蕎麦木先輩がそう言って高良さんの肩に触れると、高良さんはそのまま真後ろにばったり倒れてしまった。緊張しすぎて倒れたのだ。
先生たちが慌てて高良さんをステージから降ろして保健室に連れていく。これで前夜祭のプログラムはすべて終了なので、生徒も解散と相成った。あたしは保健室に向かった。
保健室に着くと、蕎麦木先輩がボロボロ泣いていた。塔原部長も、心配そうな顔をしている。高良さんは気絶してしまっているらしい。高良さん、すごい緊張しいなんだな……。
もしかしてあたしに初めて声をかけたときも、高良さんも緊張してたのかな。
「高良ぁ……オイラが馬鹿だったよ……高良と爪痕残したいとか言ってゴメン……」
蕎麦木先輩は顔をくしゃくしゃにして泣き崩れている。塔原部長と目が合うと、
「雨里、ずっとあの調子。気が付いてもいない相手にそんなふうに言ってる」
と、塔原部長は呆れ顔と心配顔の混ざった表情をした。
「高良さん、」
あたしが一歩高良さんに近寄ろうとすると、蕎麦木先輩があたしの顔を見た。
「……新田さん。高良は、本当はこういう子なんだよ。ビビりで度胸がなくてあがり症。君の知ってる高良とは違うでしょ?」
「はい。高良さんは、あたしには弱みを見せないように頑張ってました」
「高良を頑張らせたのは他ならぬ君なんだ。君と釣り合うようになりたくて、高良はオイラ……わたしの提案した漫才を引き受けた。その結果がこれだ。練習はうまくいってたのに」
「釣り合うようになりたいなんて、それは逆にあたしが高良さんを見て思うことです」
「……そうか。そうなんだね――新田さんは、努力して高良についてきてるんだね」
「そうです。身の丈に合わないお嬢様学校に通って、身の丈に合わないクラスメイトと仲良くして、なるべく自分の裕福じゃない暮らしを隠して……」
「そうかぁ」蕎麦木先輩はそう言うと、洟をずっとすすった。
「高良が、それを君に強いていたわけだ」
「そうです。でもあたしは、高良さんが好きだって言ってくれるなら、たいていのことは我慢できるつもりです」
「そうか。それじゃあ、その関係をやめさせようとか、こっちを振り向かせようとか、思っちゃいけないんだなあ」
蕎麦木先輩は、そう言って寂しげな顔をした。
「高良。早く起きて、新田さんを安心させてあげて」
蕎麦木先輩は高良さんの耳元でそう言うと、外国人の肩すくめポーズをして、保健室を出ていった。塔原部長も、高良さんに「いい加減起きなさい」と声をかけて、出ていった。
高良さんの手がぴくりと動いたので、そっと握る。
「……れいらくん?」
「はい。れいらです。蕎麦木先輩も塔原部長も、すごく心配なさってました」
「そうか――舞台上で言葉が出なくなって、そこから先を覚えていないんだが」
「あのあと、後ろにばったり倒れて、気を失って保健室に」
そうか、と言って高良さんは体を起こす。後頭部を自分で撫でて、
「見事なタンコブだ……」と呟いた。そして首をコキコキやってから、ため息をついた。
「これじゃあ明日の本番は無理だなあ」
「……あの。高良さん、あたしなんて釣り合いたいって思ってもらう価値もないんですから。むしろあたしが、高良さんに釣り合うように頑張らなきゃいけないんですから。自然体でいいんです。仮に高良さんがビビりで度胸がなくてあがり症でも、あたしは高良さんが好きです」
「だって、れいらくんは強いじゃないか……」
「それなら。あたしが高良さんを守りますから。もう無理に強くなろうなんて思わなくていいんです。高良さんは、そのままでいいんです。強かろうが弱かろうが、あたしの大好きな高良さんであることは間違いないんです。高良さんが無理して、周りの人が傷つくなら――あたしは、高良さんを変えてしまったことを、いろんな人に謝らなきゃいけない」
「……早苗や、雨里にかい?」
「はい。塔原部長も蕎麦木先輩も、昔の優しい高良さんが好きだった、って言ってました。だから、あたしなんかのために、強くならなくていいんです。みんなに愛される高良さんでいてください」
「……そうか……」高良さんはそうつぶやくと、ぎゅっと目を閉じて、それから、
「れいらくんのお芝居、素敵だったよ」
と呟いた。高良さんは笑顔で、
「ありがとう。私はなにか見失っていたらしい。恋は盲目、ってやつだ」
そう答えて、ぐいと伸びをした。
学校はすでに夕暮れの光を浴びている。頑張って買った、それでも安物の腕時計は夕方六時を指している。やべ、そろそろ帰らないと電車がなくなる。
「帰りの列車の心配をしているなら、うちの車で送ろうか」
「いいんですか? お願いしていいですか?」
「もちろんだよ。……ああ、それと、考えていたことがあってね」
高良さんはそういい、にんまりと笑顔になった。
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