15 学園祭の準備をしよう

 ナンパ事件翌日。学校は徐々に学園祭に向けて動き出していた。


 お化けカフェの衣装制作や、喜劇――時代劇をやるらしい、そしてすっげえ本格的な日本髪のかつらが出てきてびっくりした――の脚本を作る相談が進められていく。


 我々四人は、あたしと竹屋さんが出し物、白野さんと鈴木さんが模擬店に参加することになった。


 なんせ「超☆ですわ系」高校なので、お化けカフェの衣装の布地に、と鈴木さんが持ってきた着物というのがこれまた素人目にもものすごい訪問着で、そんなのもったいなさすぎる、と思ったら、なんでも亡くなったおばあ様が着ていたもので母親にはサイズが合わないし自分は嫁入りのときに新品を持たせてもらえるから、と鈴木さんは当たり前みたいに言うのであった。そして出し物の衣装に、と竹屋さんが持ってきた着物も、これまたものすごくゴージャスな附下だった。附下と訪問着の違いは正直よく分からないのだが、附下のほうが少し格が落ちるんだったか。


 脚本を考えてくれている有栖川さんという子は、文芸部なのだがひらめきでお話を作るタイプだそうで、ずっと長考している。こんなんで間に合うんだろうか。


 とりあえずお話の内容は、会議を重ねるにつれ「お江●でござる」みたいな感じの時代劇、という方向になっていった。おいおいちょっと待て、吉●新喜劇じゃなかったのか。まあその辺は全員お嬢様なのでフワフワなのはしょうがない。しかし「お●戸でござる」って調べてみたらあたしらが生まれる前の番組じゃないの。あたしは父さんの蔵書の「ミスター・フル●イング」に出てくる犬●くんが好きな番組、という理由で知っているけど。


 どうやら有栖川さんはおじい様の録画した「お●戸でござる」を大事に見て作劇を勉強したらしい。そうやってミーティングをしていると、竹屋さんが、

「どうせなら殺陣のシーンいれない?」と提案してきた。おいおいよせよせ、そんなの始めたら超本格派の時代劇になってしまう。少なくともお嬢様学校の学園祭の出し物でやる芝居じゃない。どうしてまた、と聞いてみると、

「雨里さんに貸してもらった、雨里さんのお父様の出ている時代劇のブルーレイを見たの。すごく素敵だったの。雨里さんのお父様演じる正義の浪人が、農民を搾取する悪代官の一党をばっさばっさ切り捨てる殺陣のシーンがすごく素敵で」


 ヤベエもんにハマっちまったな、竹屋さん……。


「ま、殺陣のシーンは尺的にも無理だと思うよ僕ぁ」

 有栖川さんは僕っ子なのであった。それを聞いて、竹屋さんは「尺が間に合わないなら仕方がないわ……」と諦めた。よかったよかった。


「そーいえば『ちかえ●ん』も面白かったな。現代の目線とか練り込んでも面白いかもしれないよ」有栖川さんはそう提案し、今回の芝居は「コメディメタ時代劇 ポンコツ仇討ち物語」というカオス極まりないタイトルになってしまった。


 そこまで決まったところで、昼休みを告げる鐘が鳴った。

 弁当をもっていつも通り中庭に向かう。高良さんが長い脚を組んで待っていた。

「やあ、ごきげんよう」

「ごきげんよう、高良さん。出し物の準備進んでます?」


「ああ。なんで私がボケなんだろうな」高良さんの遠い目。高良さんが「ヤホーで検索したんですけど」とか「ちょっとなに言ってるかわからないです」とか言うのを想像してちょっと笑う。高良さんはむうーっと口をとがらせて、


「そんなに面白がることないじゃないか。漫才なんて生まれて初めてでドキドキしてるんだ。そっちはどうだい?」と、訊ねてきた。


「なんか話題が二転三転しているうちに訳が分からなくなって、着地点は『コメディメタ時代劇 ポンコツ仇討ち物語』とかいう混沌としたやつになりました」

 高良さんは噴いた。


「ところで高良さん、桃井ジャスミン蘭さんってご存知ですか?」

「ああ、私のクラスメイトだよ。病気がちらしくてね、あんまり学校に来ないんだ。来ても保健室にいることが多いかな。ジャスミンがどうかしたかい?」

「あの、あたしの友達の鈴木さんが、一目惚れしちゃったみたいで」


「一目惚れ……かあ。あの子はお家がちょっと複雑みたいで、あんまり人とつるんでるところを見ないな」高良さんはそういい、中庭の空を見上げた。


 透き通る五月の空。

 弁当を食べながら(そして高良さんに野菜を分けてもらいながら)きょうの物理の授業の分からなかったところを高良さんに訊ねる。高良さんはとても丁寧に教えてくださった。ありがたや。


「――きょうは塔原部長とか蕎麦木先輩とかいないですね」

「彼女らは妹たちと食堂でラーメンだよ。みんなラーメンが好きみたいだ。れいらくんのおかげだ」

「えへへへ」


 高良さんからもらったルッコラをばりばり食べながら、ちょっと訊ねる。

「高良さんと塔原部長と蕎麦木先輩は、昔から仲良しだったんですか?」

「うん。初等科からずーっと一緒だ。……よく考えたら一度も違うクラスになったことはないな。弱虫の私を雨里が押し上げて、早苗がそれを監督する、そういう感じだ」

「高良さんが……弱虫なの、想像できないです」

「でもきみは弱虫の私を間違いなく見ているよ。ヤンキー? に絡まれていた時だ」


 ああ、そんなことあったあった。

 でもあのころは喧嘩が日常だったので、気にも留めなかった。

 育ちのよさそうな女の子がヤンキーに絡まれてる、くらいにしか思っていなかった。


「あのとき、私は強くなろうと思ったんだ。れいらくんを守れるように」

 高良さんはそういい、あたしの傷んだ髪に触れた。櫛を出して、あたしの髪を梳く。


「だから、雨里や早苗から向けられる悪意から、きみを守りたいんだ」

「別にあんなの悪意のうちに入んねっすよ。悪意ってのはうちの継母みたいなのを言います」

「そうかい? ……悪意じゃないのかな。なんだろう――」


 高良さんはひとしきりあたしの髪を梳くと、櫛を制服のポケットに仕舞った。

「さ、午後の授業が始まるよ。分からないことがあったら教えられる範囲で教えてあげる」

「わかりました。それじゃあごきげんよう」


「ごきげんよう」中庭を出る。通路上に保健室があるので、そっと覗く――いた。昨日の人。桃井ジャスミン蘭。相変わらずエキゾチックだ。


 それだけ確認して教室に戻った。

 午後からも学園祭の準備である。授業と違ってそれぞれ散らばって作業するので、ちょっと余裕がある。あたしは鈴木さんを捕まえて、高良さんから聞きだしたことを話した。


 鈴木さんはしょんぼり顔で、

(わたしみたいなちんちくりんに好かれても迷惑なだけかな)

 とテレパシーで呟いた。


「でも好きって言われて嫌がる人、この学校にはいなくない? そりゃあたしの行ってた中学だと『誰それに告られたけど生理的に無理マジキモイ』とかいう輩はいたけど、姉妹関係ってそういう生々しいのじゃないし」


(そう? なにか保健室に行く理由欲しい。なにかない?)

「それは自分で考えなさいよ」


 そういう話をしていると、有栖川さんに呼ばれた。

「おおーい新田さん。ちゃんとこっちの仕事してよ。脚本のアイディア出しをしなきゃ」

「あっごめん。今行くー」

 有栖川さんの席の周りにある机をくっつけてアイディア出しをしているところに向かう。


「演劇の役者のメンツは決まってるから、当てはめて書いてけばいいかな。じゃあ新田さんは主人公の浪人ね。もともとさる藩のお殿様のそばに仕えていて、お姫様と恋仲だったけれど、身分違いの恋がバレて城から追い出された……」


「いやちょっと待ってなんであたしそんな大事な役? てゆかそもそもそんな複雑なバックボーン、尺は大丈夫?」


「で、そのお姫様が竹屋さんで、いまでも新田さん演じる浪人に恋い焦がれている……恋しさ余って江戸に逃げてくる……いや、お城で政略結婚の日を待つしかない、というのもいいかもしれない」あたしの意見は完全無視で設定ができていく。有栖川さんの妄想は止まらなかった。

 それより問題なのは、学園祭の演劇で主役をやらされることが決定してしまったことだ。どーすんだこれ。

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