14 かぐわしきジャスミンの花

 放課後、きょうは全員習い事がないという白野さん鈴木さん竹屋さんと四人でくだらないことを話す。お茶菓子はなんと白野さんが北海道からお取り寄せした六●亭のバターサンドである。てっきり北海道物産展でもないと買えないものだとばかり思っていたが、普通に通販で買えるそうだ。値段もほかの北海道グルメに比べて良心的だとか。


 バターサンドをぱくぱく当たり前みたいに食べているプリンセス三人組を見つつ、貧乏人の悲しさですごくちっちゃくぽりぽり齧って食べていると、鈴木さんが、


(いいなあ、みんな素敵なお姉さまがいて)

 と、ちょっとひがみっぽい口調のテレパシーを飛ばしてきた。

「実際のとこよくわかんないんだけど、学校で姉妹になれる子ってどれくらいいるわけ?」

「統計を取ったわけじゃないから分からないわね」と、竹屋さん。

「じゃあ、まずは素敵なお姉さまを探すところから始めたらどう? わたしは自分から、早苗さんにお願いして妹にしてもらったのよ」

 白野さんがそう言うと、鈴木さんは口をとがらせて、

(そんな勇気ないよ~)と答えた。どうやら鈴木さんはお姉さまに声をかけられて姉妹になりたいらしい。


「っていうか竹屋さん、竹屋さんはどうして蕎麦木先輩と姉妹になったん? 関係性がよくわかんないんだけど」あたしがそう訊ねると、白野さんもにやにやしながら、

「なれそめ! なれそめ!」とはやし始めた。


「ええとね、だいぶ前に、うちの祖父と雨里さんのお父様が、バラエティ番組? に出ることになって――夜の十時なんて遅い時間の民放の番組、見せてもらえないのよね」


 んん。おぼろげに記憶があるぞ。竹屋さんのおじい様は元将棋の名人で、蕎麦木先輩のお父様は時代劇俳優だよな。たぶんその番組、太ったドラァグクイーンが司会をしてるやつだ。いろんな業界のすごい人を連れてきて、その生態がいかにトンチキか密着する失礼なやつ。


 確か竹屋さんのおじい様(母方のおじい様なのだろう、たしか姓が違っていた)は、もう八十だというのに朝五時から元気いっぱいご近所をランニングしてから将棋の勉強や弟子の指導や書籍の仕事、それから詰将棋を作り、夕方五時には晩酌を始めて六時には寝てしまう……という超☆健康生活を送っており、太ったドラァグクイーンは「なんでこんな健康的な生活ができるのよ、ほんとにアタシと同じ人間なの?」というコメントを言っていた。


 蕎麦木先輩のお父様については、京都の時代劇撮影所に入ると、まるで本物のお殿様がきたみたいにスタッフも俳優も道を開け、撮影所の食堂でカレーを頼むといつも大量のらっきょうをドカドカドカドカ乗せて食べる、というひとで、太ったドラァグクイーンは「お殿様っていうかヤクザ屋さんじゃないの」とコメントをしていた。


 この二人によるトークのコーナーはまったくかみ合わず、空回りして訳の分からないことを言っていた記憶がある。

「あの5二銀は鬼手ですよ」と竹屋さんのおじい様が言えば、「いやあいぶし銀で芝居の鬼と褒めていただけるとは」と蕎麦木先輩のお父様が言い、「若いころのわしはゲンコツ流とあだ名されておりましてな」と竹屋さんのおじい様が言えば「いやあ博多の豚骨ラーメンは私も好物ですよ」と、限りなくトンチキな会話をしている、という塩梅。


 それを説明すると、その場にいた全員が腹筋崩壊になった。ひいひいと悲鳴のように爆笑している。竹屋さんはひくひく笑いながら、

「そうなの。……それでうちの祖父は雨里さんのお父様をすごく気に入ったらしくて、この間の父兄参観日にばったり出くわして、それで雨里さんと知り合ったの。そこからはとんとん拍子ね。雨里さんは街のことにも詳しいから、タピオカミルクティーとかチーズハットゥグとか、流行りの食べ物に詳しいし、すごく面白い人なのよ?」

「た、タピオカミルクティー……って、いますっごい流行ってるあのつぶつぶのやつ?」


 白野さんが好奇心をキラキラさせるが、タピオカミルクティーもチーズハットゥグも、だいぶブームを過ぎた感がある。それを言うと一同仰天した。


「そんなバナナ!」白野さん渾身のギャグ。一同大爆笑している。笑いの沸点が低すぎるぞお前ら。

「とにかく完全にブーム終わる前にタピオカミルクティー飲みに行こう。まだかろうじてやってる店知ってる」あたしはそう言い、バターサンドをもぐもぐ咀嚼した。おいしい。


 というわけで一同学校を出て、街に向かう列車に乗り込んだ。やっぱり列車が面白いらしく、一同キョロキョロと幼稚園児みたいなリアクションをしている。県都の駅で降りて、駅ビルで昔からやっているドリンクスタンドのタピオカミルクティーを発注する。


「おおーこれがタピオカミルクティーかあー」白野さんがそう言って透明のカップをしみじみと見る。鈴木さんも同じリアクションだ。

(お魚の卵みたい)そんなこと言われたら気持ち悪くて飲めなくなるよ、と突っ込むと、

(でもイクラやスジコは食べるでしょ?)と水産加工会社の社長令嬢ムーブをかましてきた。


 みんなでベンチでのんびりタピオカミルクティーを飲む。初めて飲むという白野さんと鈴木さんはうれしそうだ。竹屋さんは、「ちょっと茶葉の味がうすいわね」と、駅のドリンクスタンドで求めてはいけないクオリティを求めている。あたしは普通にうまいと思いながら飲んだ。


「あっれえ君らどこ高? このへんの制服じゃないけど修学旅行かなにか?」

 ……目の前にはシンプルに学ランを着た男子が三人ばかりいてニヤニヤしている。襟の校章を見るに、近くのスポーツ強豪校の生徒だ。でっかいスポーツバッグを背負っている。


「――みんな、そろそろ帰らない?」こういう女を値踏みする男子と遭遇したことのない、このお嬢様たちをなんとか安全に帰らせねば。


 三人は何が起こっているのか分からないらしくぽかーんとしている。お前らナンパを知らんのか。こんなところに連れてきてしまったのを後悔した。


 ざわざわとギャラリーが集まり始めた。主に、県都のハンドベルで有名な女子高の生徒や、超進学校の生徒など、近隣の高校生たち。そういうなかで、我々の可愛らしすぎる制服は、いささか目立ちすぎる。なんせ有名なデザイナーが作った制服だからなあ……我々はぱっと見、アニメから抜け出してきたプリンセスみたいに見えるのである。


「なー君ら一緒にラウワンいかない? それともラウワン行ったことない? 案内するよ?」

「らう……わん?」白野さんが首をかしげる。ほかの二人もよく分からない顔。

 どうやら三人は、自分たちがどういう状況なのか分からないようだ。


 まいったなあ……。おそらくこのスポーツ男子からナンパ相手と認識されているのはあたし以外の三人だろう。三人ともいかにも楚々とした美人だからだ。喧嘩を売ってやってもいいが、買い取ってくれるとは思えないし。


 かつかつかつかつ、と、物のいい靴の音が響いた。

「ちょっと四人ともなにやってるです。こっちです」知らない声がした。――うちの学校の制服。タイは赤だ。三年生である。


「あ、せ、先輩。すみません」

 そういうわけで、その謎の先輩により無事にウェーイ野郎どもの前から脱出した。


 その先輩は煙草をくわえている――と思ったらチョコレートだった。先輩は、

「なんでこんなところにいるです。こういうところにいたらああいう得体のしれない有象無象が群がってくるです。たまたまわたしが通りかかったですからよかったものの」


 と、あたしらに説教をしてきた。一同、猿まわしの猿のごとく反省する。

 その先輩は黒髪を可愛らしく三つ編みにした、エキゾチックな顔立ちの先輩だった。クラス章をみると三年すみれ組。高良さんや塔原部長、蕎麦木先輩と同じクラス。


「いまみたいのを、ナンパっていうです。騙されてついていったらお嫁にいけなくされるです」

 ……この先輩、なんか日本語が怪しいな?


「あ、ありがとうございます……」あたしは小さく頭を下げた。

「わかればいいです。こういう盛り場に、こういう目立つ制服でいるのは得策でないですから」


 じゃあ先輩はなんでここに。そう訊ねると、

「単純にわたしは電車通学で、駅ビルを出てハイヤーでお家に帰るのです」

 と答えた。ハイヤーなんて名前しか聞いたことないぞ。


(あ、あの、先輩……名前を、お名前を教えてください)

 鈴木さんがそう言う。ちらと顔を見ると、目が輝き顔が紅潮していた。うわ、一目惚れだ。


 先輩はにこりと笑って、

「桃井ジャスミン蘭というです」と答えた。なるほどジャスミン。アラビアン・ナイトか。


(桃井ジャスミン蘭……!)鈴木さんはごくりと唾を飲んだ。迎えの車がくるまでの帰り際、鈴木さんは我々お姉さまがいる三人に、桃井先輩について調べて欲しい、と頼んできた。

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