第二部 どうしてあなたは王子様

13 取り戻したいと願う人

 風うららかな五月。この学校は運動会は秋、学園祭が春だ。


 学園祭でマジに模擬店をやる学校があるとは思わなかった。そんなの漫画の中だけだとばかり思っていて、マジに模擬店をやる学校に入学できたことを嬉しいと思った。


 そういうわけで模擬店をやる班と講堂で出し物をする班に分かれることになった。どっちも楽しそうでとても悩ましい。高良さんはどうするのかな。


 この学校のありがたいところは「ゆっくり考える」ことができることだ。とりあえず模擬店とクラスの出し物の内容を四時限目に決めて、五時限目にどちらをやるか選ぶのである。


 うちのクラスは、模擬店ではお化けカフェ、出し物は喜劇をやることになった。喜劇、というえらくざっくりしたくくりであるが、クラスのわりと発言権の強いやつが最近吉本新喜劇にハマってしまったらしく、そんな感じの明るいお芝居がやりたい、ということになったらしい。


 お化けカフェのほうは、みんな妖怪のコスプレ(提案者は「仮装」と言っていた)をして、簡単なお菓子や飲み物をふるまうものらしい。これ絶対提案したやつ3月のライ●ンのファンだよな。アニメや映画になったあとのエピソードだから漫画を読むやつがいるということに安堵する。


 昼休み、鈴木さんが(新田さんは学園祭、どっちをやるの?)と訊ねてきた。

「うーん。いま悩んでるとこ。どっちも楽しそうで」と答えると、鈴木さんはにこりと笑った。


(一緒になってもバラバラでも、学園祭頑張ろうね)

 鈴木さんって意外と体育会系の考え方すんだな……。

 もし地元の工業高校に進んでいたら、こんな自由な学園祭なんかなかったよなぁ。


 やっぱりこの学校はいいところだ。ちなみに学園祭は招待券を持っている人しか入れないので、工業高校みたいに近所の爺さん婆さんがくることはない。それはちょっと寂しい。


「お昼食べに行きましょ。中庭に」竹屋さんがそう言って妖しい笑顔を浮かべる。白野さんとあたしも続く。鈴木さんがちょっと悔しそうな顔をしている。

「竹屋さん、蕎麦木先輩とはどう?」と、白野さん。

「うふふ、雨里さんの分もお弁当作ってきちゃった」


 そう、竹屋さんは五月のはじめくらいに、蕎麦木雨里そばきうりという三年生の先輩と姉妹になっていた。蕎麦木雨里、要するに瓜子姫である。瓜子姫って死んじゃう終わり方と生きてる終わり方の2パターンがあるらしいが、まあそういうことは黙っておく。

 中庭につくと、高良さんがひらひらと白い手を振った。横の、スポーツ刈りみたいな髪型の先輩が蕎麦木先輩、つまり竹屋さんのお姉様である。塔原部長もいる。この三人は仲良しらしく、よくお喋りをしている。


「高良さーん。ごきげんよう」

「やあごきげんようれいらくん。お、雨里、きみの妹も来ているよ」

 高良さんにそう言われて、蕎麦木先輩はちょっと恥ずかしそうな顔をした。


「んなハズイこと言うなよー高良ー。オイラ美月ちゃんとはまだ姉妹になって日が浅くて、まだ妹っていうより理想の女の子に見えるんだよ……」

「あら雨里さん、可愛いことをおっしゃるのね。お弁当どうぞ」竹屋さんは微笑む。

「わあやったあ。美月ちゃんありがと。いっただっきまーす」蕎麦木先輩は陽気に弁当箱を受け取り、ぱかりと蓋を開けた。


 竹屋さんのお弁当は、そのビジュアルだけで、メシマズを予感させるものだった。まずは玉子焼きが崩れている上に焦げている。野菜のごま和えは明らかにごまが多すぎる。アスパラの肉巻きはやっぱり黒焦げだ。ご飯も若干べちゃっとしている。


「わ、わあ、おいしそー……」蕎麦木先輩はそう言い顔をひくひくさせている。

 とりあえずそれを無視して、

「高良さんのクラスはなにをやるんですか?」と訊ねる。

「んーとね。模擬店はレトロ喫茶、出し物は私と雨里の漫才? だ」


 漫才。このお嬢様は漫才がなんなのか知っているのだろうか。喋りのトーンが明らかに漫才を知らない口調だったのだが。


「あの、高良さん漫才ってなんだかわかります?」

「なんでやねん! ってやつだろう? な、雨里」

「わ、わあー……おいひー……」


 蕎麦木先輩は青ざめながら弁当を食べている。高良さんは笑いをこらえている。塔原部長がため息をついて、

「雪姫ちゃんは無理にお弁当作ってこなくてありがたいわ」と肩をすくめた。

「お台所のこと、いい加減覚えないといいお嫁さんになれないのかなあって思っちゃうんですけど、お台所っていっつもばあやがいて、包丁にもお鍋にも触らせてくれないんです」

「雪姫ちゃん、お嫁にいくだけが人生じゃないわよ。ビジネスで成功を収めたり、芸術を極めたり、未来にはたくさん可能性があるのだわ」


 塔原部長と白野さんのおしゃべりをしばし聴いて、どうにか食べ終えたらしい蕎麦木先輩を見る。ぜえはあしている。同じ弁当を食べている竹屋さんは平然としている。お前味覚大丈夫か。思わず心配になるが気にするのも馬鹿らしいのでとりあえず無視する。


 ポケットからスマホを取り出し、動画アプリを開く。高良さんに、去年のM‐1優勝コンビの動画を見せると、高良さんは熱心にそれを見て、

「思っているよりずいぶん難しそうだな」と呟いた。

「だいじょーぶだよ高良ぁ。オイラのお父様のコネで放送作家さん捕まえて台本書いてもらうから、それをおぼえるだけぇ」


 蕎麦木先輩って一人称マジでオイラなのか……。っていうか放送作家が父親のコネで捕まえられるってどういう身分やねん……。

 あたしは高良さんに耳打ちした。


「あの、蕎麦木先輩ってお父様なになさってるんです?」

「有名な時代劇俳優だそうだ。若いころからずーっと時代劇に出ていて、若侍の役から始まり今では殿様をやっているそうだ。私はよく知らないのだが、芸名は、」


 蕎麦木先輩のお父様の芸名を聞かされて思わず「ひょえ」と声が出た。超有名人じゃん、昼間に再放送でやってる昔の時代劇でバリバリの殺陣を決めてる若者であり最近の時代劇では威厳あるお殿様を演じているあの役者じゃん。まじかよ……。


「そんでもって雨里のお母様は、」

 今度は紅白常連の美人演歌歌手の名前が出てきた。ぱねえ。蕎麦木先輩やべえ。

 そりゃ放送作家ともコネあるよな……と納得しながら、弁当のチャーシューを食べる。


「野菜が足りないんじゃないかい」と高良さんが真っ赤に熟れたトマトを分けてくれた。おいしい。人生で食べたトマトでいちばんおいしいやつだ。しかし一つ思うところがある。


「高良さん、実はあたしの野菜不足を心配してるフリして嫌いな野菜押し付けてません?」

「うぐっ」高良さんがそう悲鳴を上げた。


「図星じゃないですか」そう言って笑う。高良さんは、「ま、そ、そう言わずにキャベツも食べたまえよ」と言ってあたしの弁当箱に野菜を移動してくる。


「そっかー高良さん出し物に出るのかー。あたしも出し物のほうにしようかな。喜劇やるんですよ」キャベツを牛のごとく食べながらそんな話をする。

 みな食べ終えたらしく、中庭の生徒たちが三々五々動き出して、中庭にはあたしと高良さんと蕎麦木先輩が残された。


 蕎麦木先輩はしばらく高良さんを見て、小さくため息をついてから、

「高良のいないバレーボール部は退屈だよ」と言った。

「そう言われたって家族に止められているんだ、仕方あるまい」

「たかだか全治一週間の突き指で?」いやそんな軽い怪我でやめたんかい。

 蕎麦木先輩はあたしのほうに向きなおると、


「高良を独占してる気分はどう? やっぱり楽しい? 楽しいよね、高良楽しいもんね」

 と、底冷えするような口調で言った。どういうことだ? この学校で、じかに感情をぶつけられる機会はとても少ない。久々に、やっかみを言われて、あたしは混乱していた。


「高良と漫才をして、いずれ高良を取り戻す。高良はオイラの――私のものだ」

 蕎麦木先輩は、冷たい口調でそう言うと、廊下に消えた。

「どういう、ことです……?」


「いや……雨里の口から一人称として『私』が出てくるの、初めて聞いたよ……どういうことなんだ……? 雨里は、いったい……」

 塔原部長に似たようなことを言われたときより、事態は深刻に思えた。

 チャイムが鳴った。タイムアップだ。

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