12 これから始まるものがたり
さて。
高良さんのお家でのパーティの翌日。我が家では家族会議が開催されていた。
シャンパンの飲みすぎでひどい顔をしている姉ABと、なんとかギリギリ正気を保てる程度にしか飲まなかった継母、それとカロリー軒は昼だけ休業の父さん。そしてあたし。
「れいらが大学かあ……」父さんはニコニコと嬉しそうだ。継母は顔をしかめて、
「こんなのに知恵つけてどうするのよ。悪いことしかしないんだから」とまくしたてた。
姉ABが、「ママ声でっかい、頭痛いよ」「ママ、騒がないでよ」と文句を言う。いやそれ二日酔いになるほど酔っぱらったお前らが悪いんじゃないのか。姉Bはキャバクラ勤めだが、仕事のときはほんのちょっとしか飲まない。どうやら本当においしい酒というのは今回初めて飲んだらしい。……仕方ないかあ。
ガキンチョABは二人ともまだ寝ている。ガキンチョABはそれぞれ、高良さんのお父様がプレゼントしてくれた、ニンテンドースイッチ(人気ソフト五本セットつき、オンライン加入済み)とリカちゃん(お家と彼氏とお洋服つき)を、寝ているのにしっかり抱きしめている。
きっと夢みたいに楽しかったのだろう。ちなみに結局、ガキンチョABは高良さんのお家のキレキレでバキバキの犬と仲良くなり、季節外れの晴れ着は犬のヨダレでべっとべとになった。最初こそ吠えたが案外優しい犬だった。しかも晴れ着のクリーニング代は五輪寺家持ちだ。
本題に戻る。父さんが言う。
「でも勉強するのは尊いことだぞ? 俺だって行けるなら大学とか行きたかったよ」
「勉強したことなんてどうせすぐに忘れるのよ? 学校で習うことが実生活に生きることなんかないんだから。でも……れいらの先輩がそういうなら仕方がないのかしら」
継母も、いちおうあたしが大学に行きたいのだということをくみ取ってくれていた。五輪寺家の支援があれば負担少なく大学に行けることも。高良さんとの姉妹関係を続けたいことも。
「でもれいら、あんた杏奈と利世が高卒なのにあんただけ大学に行かせるわけにいかないのよ」
継母はそう言う。そうくるだろうなとは思っていた。
「それは、姉さんたちがどう思ってるかによるんじゃないの」あたしはそう答える。
姉Aをちらりと見る。姉Aは、小さい声で、
「……あたしも、フツーに大学行きたかったよ。バカだから無理だったけど」
と答えた。継母は真面目な顔で、
「杏奈、大学にいきたかったの?」と訊ねる。
「うん。友達みんな進学だったし……利世もそうだよね」
「うん……あたしはバカだから駄目だったけど」
継母はポカンとした顔で姉ABを見ると、
「そうならそうと言ってくれれば、どうにかお金ひねり出して行かせたのに」とつぶやいた。
「だってうち貧乏だべ、言ったら怒られると思ってた」と姉A。
「うちらが高校生のころは、まだれいら小さかったし、父さんともよく分かり合ってなかったし……行きたいなんて言えなかったよ」と、姉B。
継母は、一粒涙をこぼすと、後悔の表情を浮かべた。
「れいらはさ、大学に行きたいんだべ? 行かせてあげればいいじゃん。で、れいらは大学でなに勉強すんの?」姉Bがそう訊ねてきた。
「植物のこととか、科学のこととか」とてもざっくりしているがこの家族をだますだけなら問題なかろう。植物のこと、と出たのは中学の花壇係でチューリップの球根を発掘するのが楽しかったからだ。べつに理科の成績が特別いいとかではないのだが。
「わ、楽しそうじゃん! ママ、れいらを大学行かせてやんなよ。なんならあたしキャバクラやめてカロリー軒手伝うよ?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あなたがた、くうときらりのおもちゃ買ってもらっていい気になってない? れいらはあなたがたに輪をかけてバカなのよ? 見てみなさいよ、このプリン頭に部屋着がわりの中学のジャージ……」
「それはママがれいらに潤沢に小遣いやんないからだべ」
「うぐっ」
姉Aのセリフに、継母は詰まった。どうだ、月5000円の小遣いでは生きていかれないことが分かったか。
「れいらはバカじゃないよ? うちらの高校よりメチャメチャに難しいこと勉強してるよ?」
「うちらの高校馬鹿高だったから。れいら、あたしらの代わりに子供たち見てくれるし」
「だ、だから。れいらが大学にいったら誰がくうときらりの面倒みるの」
「だからうちがキャバクラやめるって言ってるべ。もう嫌だよ水商売は」
「あたしも居酒屋やめて正規雇用されたい」
「な、なにをそんな無茶な……」
継母は絶句した。姉ABが援護に回ってくれる展開とは驚きだ。
「お母さん。姉さんたちをなんだと思ってるの? なんで杏奈姉さんが正規雇用されるのが無茶なの? なんで利世姉さんがキャバクラやめて父さんの手伝いすることが無茶なの? 姉さんたちだって真っ当な人生を生きる権利はあるはずだよ」
「いいぞれいら。頑張れ頑張れ」
なぜか姉ABが盛り上がっている。もしかしたら、姉ABも、当たり前のモラトリアムをしたかったのかもしれない……とわたしは思った。姉ABは、結局高校を出てしばらく工場勤めをして、「夜勤むり」と言って辞めてしまった。そこからはほぼほぼ転落人生だ。
「う……ぐう……わかった、わかったわよ! じゃあれいらは大学に行かせます! 杏奈はとりあえずバイトしながら仕事を探して! 利世は好きにしなさい! ……れいら、ひとつ、条件を出すわよ」
条件。なんだろう。
「高校には赤点ってシステムがあるのは知ってるでしょう」
「はい」素直に答える。継母は顔を意地悪にゆがめると、
「一回でも赤点をとったら大学には行かせません。家の手伝いをさせます」と言い放った。
まじか。ポカンとして継母を見る。赤点って確か平均点の半分だよな。
「わかりました。がんばります」と答える。継母はため息を一発ついた。
部屋に戻って高良さんに電話をかけた。
「やあれいらくん……どうしたんだい?」
「大学に行っていいってお許しが出ました。でもいっぺんでも赤点とったらだめだって」
「そうか。それなら私が勉強を教えてあげよう。苦手な科目はあるかい?」
「数学と物理が無理です」正直に言う。高良さんはハハハと笑って、
「どちらも私の得意科目だ。安心したまえ」と答えた。
夢が広がりんぐしている。
この狭い世界を出ていけるかもしれない。それだけで嬉しい。この、あたしを労働力としか見ていない継母の支配の外に行けるかもしれない。なんたる幸せだろう!
あたしにとって学校は最高に楽しいところだ。その楽しさは続くし、普通にこの街で就職していたのでは分からない、もっとすごいところに就職できるかもしれない。
あたしは狭い世界を出ていけるのだ。もっともっと広いところに漕ぎだせるのだ。大学にいければ、世界は広くなる。それは姉ABもきっと望んでいたのではないだろうか。
しばらく電話して、それが切れたら姉ABが部屋に入ってきた。
「よかったじゃん」姉Aがそう言う。頷くと姉Bが、
「なんかお礼のものちょうだい」という最低なことを言いだした。二人は勝手に、あたしの部屋を物色し始めて、それぞれあたしのお気に入りの服や使い古したDSを持って行った。サイズ的に服は無理――あたしの服のサイズはSだが姉ABはMだ――なのだが、おそらくフリマアプリにぶっこむのだろう。古いDSも然りである。
ため息が出た。
でも大学に行けるならそれくらいの損失は諦めるほかあるまい。二束三文で売り払われてしまうわけだが、どこかのだれかのものになるだけ捨てられるよりはぜんぜんマシだ。
よし。
勉強、頑張ろう。高良さんと同じく、エスカレーターで大学に行くんだ。きっと白野さんや鈴木さんや竹屋さんもそうだ。あたしは幸せな人生を生きる権利がある。
とりあえず藍花女子学園の生徒が利用しているアプリを開き、物理の授業動画を見ることにした。
……ふと気付くと寝落ちしていた。どうなる、あたし!
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