11 セレブとの遭遇

 さて。

 大学に行きたいという野望をかなえるためにすべきことはなんだろう。部活終わり、自動販売機のロイヤルミルクティーを高良さんに奢ってもらって飲みながら考える。


 家族に言わねばならないのは分かる。ただ、家族があたしに大学行きを許すだろうか。父さんなら考えてくれるかもしれないが、継母と姉ABはあの通りなので、そもそも考えもしないだろう。


 先生がたに、「新田さんは大学に進学するべきです」と言わせるのが単純かつ有効な手だと思うのだが、しかしここの先生方は生徒が全員エスカレーターで大学に進むという認識だ。外堀から埋めていくのも難しそうだ。


 ううーむ。将を射んとする者はまず馬を射よ、とは言うが、だれから懐柔すればいいだろう。父さんが「れいらが大学に行きたいって言ってる」と言ったところで継母は無関心だ。父さんは、家ではほぼほぼ空気なのである。


「……れいらくん。眉間のしわに硬貨が挟めそうだよ」

「あ、ご、ごめんなさい。うちの継母をどこから攻めるか考えてました」

「大学に行きたい、っていう話かい? 私がいこうか?」

「……いいんですか? あんなきったなくてせまっくるしい家に」

「もちろんだとも。姉妹関係は家族ぐるみで仲良くするものだよ」


 というわけで、その日は高良さんをつれて家に戻った。完全なる不意打ち。裏口に回りドアをがらがら開けて、


「ただいまー」と声を発する。

「れいら。あんた懲りないわね、また部活? 土曜日はカロリー軒も忙しいし保育園も休みなんだからさっさと部活なんかやめなさいよ」


 美容マスクを貼ったまま出てきた継母がそうぶーぶー言いだして、ふと顔を上げて高良さんに気付いた。

「どうも。お世話になっております。五輪寺です」

「いえいえこちらこそバカ娘が世話になっておりますでして」


 継母は、思いきり噎せた。あわてて美容マスクをひっぺがし、ぺこぺこしている。

「どしたのママ」姉Aだ。姉Aも高良さんに気付いて、小さく頭を下げるとガキンチョAをつれて二階に逃げていった。


「ねーばぁばー、リカちゃん買って~。きらり、リカちゃんほちい」

 ガキンチョBがとことこ歩いてきた。継母は、ガキンチョBに「お二階のお部屋にお戻ってなさい」と変な丁寧語を使って追い返した。ガキンチョBは残念そうに二階に向かう。


「お邪魔してよろしいですか?」

「いえいえこんな小汚い家にお入りになられるのは」継母は恐縮している。

 頭の中でなにかがちかっときらめいた気がした。思いついたことを言ってみる。

「あのさお母さん。姉妹関係って、家族ぐるみで付き合うものなんだって。でね、五輪寺先輩のお家の人たちが、うちの家族と会いたいんだって」


 完全なるハッタリである。高良さんもハッタリであると理解してくれるだろう。継母はおろおろしながら、


「そんなご立派な方と会わせる家族じゃないでしてねええっと」と言葉を混乱させている。

 高良さんは笑顔で答えた。

「そうなんです、うちの家族がぜひれいらさんの家族と会いたいと言っていて。ドレスコードとかのない気楽な会ですから、ぜひ遊びにいらしてください」


 グッジョブ高良さん。継母はわたわたと混乱しつつ、

「そ、そう言われましても、ええと」と、やんわり断ろうとした。そういう話をしていると、高良さんのポケットのスマホが鳴った。


「あ、いかん。本宅のじいやが迎えに来るって言ってる。それじゃ詳しいことは追って連絡するから、ぜったいご家族と遊びに来てほしいなあ。それじゃごきげんよう」

「はーい。ごきげんよう」


 どこからともなくとどろくヘリコプターの音。高良さんは自家用ヘリで帰っていった。

 そしてなにより恐ろしいのは、そのホームパーティーが実現してしまうことである。数日後、我が家には蝋封の施された手紙がばっちりと届き、中には簡単なパーティーをやるから来てほしい、と書かれていた。


 あっという間に我が家はパニックになった。継母と姉ABは着るものがないと恐慌を起こした。父さんも背広が見つからないと慌てた。ガキンチョABは、おいしいものが食べられる、と嬉しそうであるが、姉ABは急いで貸衣装屋に季節外れの七五三の着物を頼みに行った。


 結局継母も貸衣装の訪問着、姉ABは姉Bの持っているキャバドレスを着た。父さんもどうにかよれよれながら背広を見つけてそれを着た。あたしは制服だから楽勝だ。


 みんなで家の前にやってきたリムジンに乗る。さっきからずっとガキンチョBが泣いている。帯が苦しいらしい。継母もぜえはあ言っていて、すでにだいぶ着崩れている。

 あたしはお嬢様学校の授業で着物の着方は一通り習った。着物を着るのはお嬢様として必須の教養なのだ。自分で着れば苦しくないのになあ……と、つけ毛で夜会巻きにした継母をちらと見る。


 シャンパンとリンゴジュースが出てきた。姉Aがひと口シャンパンをすすって、

「うっま」と呟いた。父さんもおっかなびっくりシャンパンを飲む。継母と姉Bもしかり。あたしとガキンチョABの未成年組はありがたくリンゴジュースをいただく。


 車は、この間の別宅ではなく、市街地にある大きな屋敷の前で止まった。すげー、家の門から玄関までめっちゃ長い。みんなでぞろぞろ向かうと、バカでかい犬の吠え声が聞こえた。


「わんちゃんらぁ」ガキンチョBが嬉しそうにその犬のほうに向かう。うわ、バッキバキに筋肉質で猛犬注意って感じの犬だ。ブルドッグをスマートにしたやつ。これがボクサーか。


 姉Bが慌ててガキンチョBを止める。ガキンチョBは、

「わんちゃんなでうう」と言ってジタバタしている。着物はぐっだぐだになっている。

「あれは撫でちゃだめ!」姉Bはそう言ってガキンチョBをひっぱたいた。それは虐待と言うのでは。姉ABの育った環境を想像すれば仕方ないかもしれないが、やってはいけないことだ。


 犬の吠える声を聞きつけて、五輪寺家のお女中が出てきた。やっぱり高級ホテルの仲居さんのごとく着物を着ている。あたしたち一般庶民は案内されて、五輪寺家の中に入った。


「やあれいらくんごきげんよう! ご家族がみんな揃っているところを見るのは初めてだなあ。こんばんは、五輪寺高良と申します」


「ご、ごきげんよう」なぜかつられて父さんが言う。

 高良さんの家族は、お父様とお母様、それから父方のおじい様とおばあ様だった。屋敷の広間にはご馳走が用意され、あたしたちはなにをどうやって食べていいか難しい顔をした。ガキンチョABは手づかみでいこうとするので姉ABが必死でやめさせた。


 高良さんの家族は学食の件について父さんに礼を言った。父さんは困った顔で、

「喜んでいただけて嬉しいです」と答えた。父さんはわりと自然体なのだな……。

 高良さんのお母様が継母にいろいろ話しかけているので聞き耳を立てる。


「高良がれいらさんに助けていただいて、そのころから高良はもっとしっかりしなきゃ、って自分で決めたみたいで。れいらさんのおかげです。れいらさんがいなかったら、高良はいまこうして強くあろうとは思わなかったでしょう」


「そ、そうですかぁー。うちのバカ娘が……」


「れいらさんのお母様、娘さんを『バカ娘』などと言ってはいけませんよ。れいらさんはとてもしっかりした賢いお嬢さんです。高良はれいらさんと、高校を卒業したあとも、許嫁と結婚するまで親しくしていたいと思っているんです。れいらさんも大学に進まれることを希望しているとも聞きました」


 よっしゃグッジョブ高良さんのお母様!

 もうこれだけで確実に勝利は約束されたと思った。ありがたくご馳走をぱくつき、「こんなおいしいもの初めて食べたランキング」の上位を更新する。ガキンチョABも、わりと行儀よく箸で食べている。姉ABは高良さんの家族をガン無視してご馳走を食べている。


 楽しいパーティーのさなか、そっと抜け出して高良さんと庭を見た。ライトアップされた池には輝かんばかりの錦鯉が泳ぎ、しみじみと美しい。


「れいらくん、思い切ったね」

「こうでもしなきゃ大学なんて行けないですよ。無茶なこと言ってごめんなさい」

「いや、うちの家族がれいらくんのお家の方とお会いしたがってたのは確かだよ」

 高良さんがそう言ってくれてとても安心した。

「うちの母が外堀を埋めてくれているはずだが、どうなるだろうな」

「ま、酔って覚えてないとか言いそうですけどね、うちの継母」

 高良さんは陽気にハッハッハーと笑った。あたしもそれにつられて笑った。


「高良さん、あたしに未来を与えてくれて、ありがとうございます」

 それは心の底から出た、感謝の言葉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る