4 学食ラーメン、お嬢様学校に爆誕す

 さて放課後。あたしとお嬢様四人は、小汚いローカル線に乗ってあたしの家に向かった。四人とも電車というものがとても新鮮だったらしく幼稚園児のごとくはしゃぐ。頭痛がする。


 カロリー軒の前にたどり着くと、高良さんは、

「しかし入る人間の勇気を試す店名だ……」と呟いた。

「ひい爺さんのころはカロリーってばスタミナがつく! 健康! みたいなイメージだったみたいで」あたしがそう答える。同級生三人もふむふむと頷く。


「ただいまー。先輩と友達連れてきたよー」父さんにそう言う。父さんは笑顔で、

「おうおかえり。奥の座敷席空けてるからそこへどうぞ」と答えた。


 すでに父さんには連絡してあり、隅の座敷席が空いている。それでも、夕方のカロリー軒は近所の建設会社のお兄さんでごった返しており、父さんはてきぱき料理しててきぱき配膳し、それを姉Bが手伝っている。きょうはキャバクラのお勤めは休みのようだ。姉Bにしては殊勝な心掛けである。しかしガキンチョBの世話はどうしているんだろうか。


「あれ、れいらアンタそんな可愛い子たちと友達なの? やっぱ上級国民さまは違うわー」

 ネットスラングで悪態をついて、姉Bはメニュー表を持ってきた。


「じょうきゅうこくみん?」高良さんがよく分からない顔をする。あたしが「庶民のやっかみです」と小声で言うと、高良さんは「ハハ」と小さく笑ってごまかした。


「えーと。中華そば。チャーハン。餃子。ニラレバ炒め。……これだけ? デザートは?」

 竹屋さんは首をかしげながら、長い髪をかわいいシュシュでまとめた。


「うん。建築会社のおじさんたちは杏仁豆腐とか食べないから」

「ああなるほど……中華そばとニラレバ炒めにするわ。鈴木さんと白野さんと、それから……五輪寺先輩は?」

(ちゃーはんとぎょうざ)

「餃子にする!あと中華そば!」

「じゃあ私はニラレバ炒めと餃子にしようかな」


「あ、あの、」あたしはみんなのメニューの決定に異議を申し立てた。みんなに、ほかの客が食べている丼のサイズを確認させる。四人とも蒼ざめて、


「これはちょっとずつ全員でシェアするのがよさそうだね」と高良さんが言った。

 というわけで全メニューを一つずつ発注し、あたしはコップに水をついで持って行った。このお嬢様軍団、セルフサービスという概念を知らないのである。きっとファミレスに行ってもドリンクバーの使い方が分からなくて困るタイプだ。学校にある自販機については、入学式の日に使い方が説明されたが、説明されなかったらこいつらは確実に自販機に向かって「コーヒーください」とか言うんだろうな。


 どんどんどんどん! と、カロリー軒の名に相応しい分量の食事が運ばれてきた。みな割りばしを、上品に横にしてぱきりと割る。箸袋なんか折りたたんで箸置きにしている。


「うわーいい匂い! おいしそー! いただきまーす!」

 白野さん意外と食いしん坊だな。白野さんはいきなり中華そばのチャーシューに手を出した。しばらくもぐもぐして、


「うちのばあやが作るのと全然違うわ。ばあやのチャーシューはコチコチでパサパサなのに、脂身がとろけるおいしさね、これ」白野さんはおいしそうにチャーシューを食べると、みんなにも勧めた。チャーシューは白野さんが食べたのを含めて四枚。あたしはいつでも食べられるのでパスだ。


「ニラレバ炒め、すごいボリュームだなぁ……バレーボール部にいたころなら余裕かもしれないが、最近の生徒会にずっといるだけの暮らしではちょっときついなあ」

 高良さんがそう呟き、ニラレバ炒めに箸を伸ばす。上品にぱくりと食べて、嬉しそうな顔をする。


「高良さんはなんでバレーボール部辞めちゃったんです?」そう訊ねると高良さんは、

「頑張り過ぎてちょっと怪我をしたんだ。軽い怪我だったんだが、もうそんな無茶はしてくれるなと家族に言われてね、辞めざるを得なかったんだよ」と答えた。大変だなあ。


「まっ。このチャーハン、すっごくぱらっぱら! お箸じゃ食べられないわ!」竹屋さんの悲鳴。しょうがないので立ち上がってレンゲを持ってくる。

(ぎょうざおいひぃ)鈴木さんも嬉しそうに餃子をぱくついている。


 みんなでシェアして食べたのに、すごくお腹いっぱいになった。その、異様に可愛い制服の女子高生が、小汚い中華料理屋で、ごっつい労働者のおじさんたちに混ざって食事する様子は、まさに掃きだめに鶴といった感じだった。


「いやあおいしいなあ。とても気に入ってしまったよ。ニラレバ炒めもレバーの硬さが絶妙で、柔らかいのに歯ごたえがある。中華そばはすべての具に神経を使っていて、とてもおいしい。で、ここお会計はカードでいいのかな? 私が奢ろう」


「すみません現金だけなんですよ」あたしはそう答えた。テレビコマーシャルだったら「ジャーイーデスー」となるやつだ。高良さんは財布を出してきて、

「父に年齢かける千円財布に入れておけと言われていてね」と、そのブランドものではないけれどしっかりとした作りで高級感のある財布を開いた。そして改めてメニューを見て驚愕した。


「え、ちょ、中華そば一杯700円……? こんなにものすごいボリュームなのに……? ぎょ、餃子に至っては300円、チャーハンは650円、ニラレバ炒めは500円……?」

「街の中華屋さんなんてみんなこうですよ?」


「えっ」四人が四人とも絶句した。お前ら相場を知らなすぎるんじゃい。

「もしかしてわたしの祖父もこういうの出前して対局してたのかしら……確かにこれだけお腹が膨れれば長考するスタミナも湧くわね……蓄財するわけだわ……」竹屋さんが唸る。


「昔お父様と九州や北海道で食べたラーメンはもっと高かったけど」と、白野さん。

「それは観光地価格。ここは肉体労働のお兄さんたちが食事するところだからリーズナブル」


 とかなんとか言っていると高良さんが代金を支払ってくれた。

「いやーおいしかった。ありがとう、あなたの給仕も素早くて丁寧で」

 高良さんは姉Bをべた褒めした。姉Bは胡散臭いものを見る目で高良さんを見ている。


「あの、高良さん。こういうとこだと料理人や給仕を褒める作業はいらないです」

「なにを言っているんだい。こんなにおいしい料理でお腹いっぱいになったんだから、そこはお礼を言うのが筋だろう。ええと、れいら君のお父様。とてもおいしかったです」

「お、おうありがとう」父さんは不器用な笑顔を浮かべた。


「ああ……ここの中華そばが毎日食べられたらなあ」高良さんはそういってうっとり顔をした。そんなにおいしいかな、うちの中華そば。まあ、お嬢様が気まぐれに食べて珍しかったってことじゃろ。そう思ってふと、


「あの、高良さん。考えたんですが」と、高良さんに声をかける。

「何かねれいら君。なんでも聞こう」高良さんは笑顔で答える。

「うちの中華そばとかチャーハンとか、学校に学食を作って置いたら……売れませんかね?」

「学食って、よその高校によくある、食堂みたいなやつかい? いいね、賛成だ!」


 あたしと高良さんが学食で盛り上がる一方、白野さんと鈴木さんと竹屋さんは店の隅に置かれた古いテレビにかじりついていた。民放の番組を見るのが初めてだったらしい。


 というわけで翌日。五輪寺家の財力と権力をフル活用し、藍花女子学園に初の学食ができた。いくらなんでも迅速すぎるが、よくライトノベルで、壊れた学校をお嬢様キャラが財力に物を言わせて一時間で直すとかいう表現がある。そんなものだと思っていただければよろしい。


 学食にはうちの、特にこだわりのないラーメンスープと、特にこだわりのない麺と、チャーシューやらシナチクやら煮卵やらが運び込まれた。

五輪寺家が雇った一流の料理人が中華そばをこしらえてお嬢様たちに出し、お嬢様たちは音を立てずにちゅるちゅる食べる、という異様な光景が完成した。値段はやや吹っかけ気味のラーメン900円チャーハン800円。その利益はほとんどあたしの実家に入る。


 お嬢様たちは松花堂弁当やターキーのサンドウィッチなどの「冷たいお昼ご飯」ではなく、アツアツのラーメンを食べられることを大いに喜んだ。

 この調子で購買に焼きそばパンを置かなくては。とにかくあたしの、「お嬢様学校を牛耳る」という夢が一歩進んだ。あたしは放課後、高良さんとチョコレート(当たり前みたいにゴデ●バが出てきておったまげた)をつまみながら、学食のお礼を言った。


「いいんだよ。私の可愛い妹の頼みだからね。妹が喜んでくれることが嬉しいんだ」


 そのセリフ、姉ABに聞かせてやりたい。

 ……しかし、高良さんという人は、ヤンキーから助けてあげただけで、助けてくれた人を、しかも同性を好きになり、そのお願いをなんでも聞いてくれるいささか人としてちょろすぎるお姉さまではないのか? という疑問が、あたしの中でふつふつと湧いてきた。


 高良さんは、なんであたしを好きになって、妹に指名したんだろう。惚れっぽすぎにもほどがある。

 なんとか確かめてやろう。あたしはそう決めて、ゴディバのチョコをバリっと噛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る