第5話

彼女は確かにそう言った。


「私を殺して」


なぜか彼女のとなりに羊がいた。羊?


確かに羊だった。毛が伸びすぎて足がほとんど見えなかった。


短足の羊。沈黙。病院。ベッド。そしてとなりに彼女。


・・・また意識が体から離れていった。


盲腸。


単なる盲腸だった。3日間入院したらしい。しかしなぜか意識があるのは彼女と羊を見たときだけだった。


それからは流れに身を任せるだけだった。なんだか気持ちがよかった。理由はよくわからない。とにかく気持ちがよかった。地に足が着いていないような感覚がまさにそれだった。


羊はもういなかった。


そして、気づいたら意識はたしかにあった。


彼女とふたりで彼女の運転で家に帰り、娘の靴を探しに行き、河原のにおい・・・


けれども、気づいたら家の中には彼女と娘が死んでいた。


眠っているようだった。確かに死んでいた。永遠に眠っていた。


手には、確かに彼女と娘の首を締め付けた感触が残っていた。


彼女と娘は手をつないでいた。


やはり無だけがそこには存在していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る