召喚獣 東郷明の召喚コストは安いらしい

@highshing

第1話 東郷明は初心者に手軽な召喚獣である

「では、始めてください」


 テスト用紙をパラっと裏返し、まずは全体の問題を確認。


 よしっ! 時間配分を考えても十分間に合いそうだし、パーフェクト……は無理でも、近い点数はいけるかもしれない。

 ということで、早速問題を解き始める。



 俺の名は東郷明(とうごう あきら)。


 こうしてテスト対策もこなして望む、割りと真面目な高校生だと思ってる。

 しかし教師にもクラスメイトにも、評判はすこぶる悪い。


 決して俺のせいでは無いのだが、そう思われてしまうだろう理由が、俺にはある。

 その内わかるだろうが……

 


『……ゴ…ん』


 …………おい


『トーゴさん、通じていますか?』


 そのうちって、今じゃないんだが


『助けてください! 魔物に襲われて、妻が!』


『ふざけんな! テスト始まって5分も経ってねーんだぞ!!』


『そんな……っ! 私の妻の命とどっちが大切なんですかっ!!』


 俺のテストに決まってんだろ!! と言いたいが、これで死なれたとなると、さすがに……


「チッ……」


 ガタッ!


「東郷、どうした?」


「すいません、トイレに行っていいですか?」


「入室はもうできないが、いいのか?」


「はい」


 そう応えると、どうせわかんなかったんだろとでも言いたげな教師の指示にしたがって廊下へと出て、死角になる場所まで行く。


『おい、もういいぞ。早く呼べ』


『あ、ありがとうございます』




 俺が嫌われ者になった理由は、この、いつ来るかわからない召喚要請のせいだ。


 というのも、どうやら俺の名前が異世界の召喚カタログに載っているらしい。

 その理由も、まあ、思い当たることはあるんだが……


 それだけならまだいい……いや、よくねーが。

 問題は、その附則の部分だ。

 なんでも、お人好しであるとか、事後交渉可とか、そんな文言まで説明されているとか。



 ふざけんじゃねぇ!!



 ただよ……断ることもできるが、行かなかったせいで人死がでるとか、さすがに夢見が悪いだろ?


 だから、まあ、いつも召喚には応じてるんだけどよ……


 そのせいで授業中に中抜けもするし、友達と遊んでいても途中でいなくならなきゃだし。

 武道とかで体を鍛えておかないと召喚先の怪物にやられちまうし。

 今ではすっかり不良と思われうようになっちまった。


 アウトサイダーに思われうようになった理由はもう一つ……まあ、それもすぐに分かるだろう。


 さ、もう異世界はもうすぐだ。


 気合い入れとかないと出会い頭で殺されかねんからな。




 そして、酩酊の後、突然、豚の怪物が目の前に現れた。


「チッ!」


 豚の振り上げた棍棒を反射的にかいくぐり、


「オラァ!!」


 みぞおちに拳を叩き込む。


「プゴぉ!!」


 痛みに悶える豚。


「おい、お前も早く手伝えや」


「え、はいっ!」


 俺を召喚したのだろう、このヒョロガリ野郎(召喚士ってこんなんばっかだわ……)をけしかける。

 その隣にいる 「イヤ――――!!!」 とか 「犯される――――!!!」 とかクソうるせぇ女がこいつの妻か?


「ふぁ、ファイアー!」


 豆鉄砲みたいな火が豚に当たったが、やけどくらいしかなってない。


「真面目にやれやぁ!!」


「や、やってますよぉ!」


 本当に俺を召喚する奴らはどうしようもないクズでよ。

 これが、俺が不良と思われる理由の一つ、口の悪さの原因だ。


 この召喚士ってのはどいつもこいつも、俺を呼び出すだけ呼び出しといて、人が命がけで戦ってやってるっていうのに、糞の役にも立ちゃしねぇ!

 そりゃ、罵声の一つでも浴びせたくなろうよ。


 最初は俺だって、丁寧な言葉づかい、してたんだよぉ!!


「ふごぉォォォォッ!!」


「おうおう、怒ってらぁ」


 俺はポケットからナックルを取り出す。


 言っておくが、これは喧嘩で使うためじゃなくて、召喚されたときの武器として持ってるんだからな?

 俺、不良じゃねーし。


 本当は刃物を持ち歩きたいが、日本には銃刀法違反があるからな。


「これで終わりだ豚野郎!!」


 怒り狂い突撃してきたピッグの顔面に、カウンターを決めてやるっ!!!


「ブヒィィィィィ――――――――ッ!!!!!」


 吹っ飛んだ豚野郎は、そのまま動くことはなかった。



「いやぁ、本当に助かりましたよ、トーゴさん」


 豚を倒した俺は、


「礼はいいから、ほら」


 と、手のひらを突き出す。


「一体なんでしょうか?」


「召喚コストだよ。召喚コスト」


「ああ……」


 男はカバンをゴソゴソとやり、チラッと俺を見た。


「どうしてもあげないと駄目ですか?」


 思わず胸ぐらを掴んだね。


「てめっ! 人が命がけで助けてやった代償が、その態度かよっ!」


 隣で「イヤ――――!!!」 とか 「人殺し――――!!!」叫ぶ女を無視し、思いっきり睨みつける。


「わ、わかりましたっ! お支払します! しますよぉ……」


 男はカバンを開いて、銅貨を2枚、手のひらに置く。

 ちなみに銅貨1枚約100円だ。


 俺の命がけの働きが、200円かよっ!!


「ふざけてんのかてめェ!」


「だ、駄目でしょうか?」


 泣きそうになってるが、泣きたいのはこっちだ。

 なんで召喚先で価格交渉せにゃならんのよ……


「ただ、あの、ですね……実は……」


 男が、何か言いづらそうにしている。


「何だよ、言えよ」


「実は、これから結納金を妻の実家に届けに行くところで……」


 なんだよ……結納金って、まだ結婚してなかったのかよ……


「手持ちもぎりぎりでして、その、これでなんとか、ならないでしょうか?」


 男は、銅貨をもう1枚、俺の手のひらに置く。


 多くの人の手を渡ってきたのだろう、擦り切れた銅貨を。


「…………チッ! 早く送還しろや」


「は、はいっ!」


 男が長々と呪文を唱え、俺の足元の魔法陣がそれに合わせて複雑になっていく。


 そして、完成を迎えた魔法陣は、光を放ち始めた。


「「ありがとうございました!」」


 妻と並び、頭を下げる男の姿が、今回の召喚で見た、最後の光景となった。




 もちろん、テストの結果は惨憺たるもので、追試が確定した。

 親には小言をもらうわ、妹から冷たい目で見られるわで、散々だ。



 ただ、それでも召喚に答えてしまった俺の気持ちがわかるだろうか?


 俺にはわからない。



 そして、迎えた追試の日。


「はい、始めます」


 まばらな教室内、紙を裏返す音が聞こえると同時に


『ト……さ…』


 …………おい


『トーゴさん。言葉は通じますか』


 テストを見る。楽勝だった。そら本番でもできたんだから、当然だよな。


『助けてくださいっ! 今、オークに囲まれて……ひっ!』


 ガタッ!


「すいません。トイレに行っていいですか?」


「ふざけてんのか東郷ォ

! 始まったばっかりだぞ!」


「漏れそうなんで。すいません」


「……再再試だぞ」


「はい」


 ガラッと扉を開けて閉め、人目につかないところへ。


『おい、さっさと呼べよ!』


『はいっ! あの、ありがとうございます!』


『はやくしろっ!!!』


『はいぃっ!』


 そして始まる酩酊。


 待ってろよ豚野郎!!

 今度は焼豚にして喰ってやるわっ!!!

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