水人間の体は99.9999999%が自分という水分

ちびまるフォイ

水人間の進化

人間の体は99.9999999%が水分でできている。

私達の体は常に水分を補給しないと流れて消えてしまう。


「おはようございます」


「おう新人。今日は冷凍食品の販売ラインを頼むよ」


「はい」


水人間はトラックに積荷を運ぼうと移動する。

移動したことで足元には自分の体から染み出した水が水たまりとなって残っていた。


「配達前に体の形を保っておかないと」


水筒を探した水人間だったがいくら探しても自分の水筒が見つからない。

慌てて配達前の事務所に戻っても水筒は見つからなかった。


「ない! ないない! どこにもない!」


「新人、そんなに水を煮えたぎらせてなにやってるんだ。

 早く冷凍食品の配達に向かってくれよ」


「それどころじゃないんですよ! 僕の水筒がないんです!

 このままじゃ自分水が補給できなくて、自分が保てなくなっちゃいますよ!

 今から家に戻って自分水のストックを……」


「バカ言え。配達の時間は差し迫っているんだ。そんなこと許さないぞ」


「それじゃ俺が配達中に全部流れてしまっていいって言うんですか!」


「そうは言ってないが……」


先輩も顔を曇らせた。

商品の到着を待つ客のためにも遅らせることはできない。


「そうだ! 先輩! 先輩の水をわけてください。

 そうすれば体を保つことができます!」


「水を分けるだって!? そんなの無理だ!

 オレの体水がお前と混合したら、全部筒抜けに鳴るじゃないか!」


「別にやましいことなんでないでしょう!?

 体水を混合させてもせいぜい趣味が共通化するだけですよ!」


「いいや! 思考も共通化されるって聞いたことがある!

 お前、本当は水筒を忘れたふりして、オレの体水を得るのが目的だろう!」


「それが目的だったら最初から先輩の水筒を奪ってますよ!

 こんな回りくどいことしてません!」


「という謀略かもしれないだろ!」


水人間にとって一定時間ごとの「自分水」の補給は必須。

生活で垂れ流し消費される自分の水をいちいち補給しなければ体の形も保てなくなる。


このままではただの水たまりとしてその生涯をまっとうする末路しかない。


「そうだ! いいことを思いついたぞ!」

「先輩……?」


先輩は蛇口をひねって大量の水を出し始めた。


「さあ、この水を体に取り込め! そうすれば体水が失われても大丈夫だ!」


「先輩何考えているんですか! そんなことしたら俺の自分水が薄まってしまうじゃないですか!」


「自分が薄まって何が問題なんだよ。自分の意思や思い出や才能がボケるくらいだろう」


「それが嫌なんですよ!」


揉めていると体からはシュウシュウと白い煙が出始めた。


「おい、あまり感情的になるんじゃない。怒りが水温を蒸発させてしまっているぞ!」


「し、しまった! 気化してしまう!」


歩くだけでさえ足跡で体水が地面に奪われるというのに、

怒って体を蒸発させてしまうとますます体が保てなくなる。


すでに身長はひとまわりほど失われてしまっていた。


さらに悪いことに窓の外ではザァザァと雨が降り始めた。


「おいおい……嘘だろ……。

 こんなどしゃ降りの中に出たら、間違いなく自分が雨水で薄まってしまうよ……」


以前に自分濃度が一定値以下になった人をテレビで見たことがある。

自分の考えや趣味趣向を理解することもできず、うつろな目で植物のように暮らしていた。


「先輩! もう一度お願いします! 体水を俺に分けてください!」


「だから、そんなの無理だって言っているだろう!」


「このままじゃ雨水で自分が薄まってしまう!

 でも先輩の体水で濃度を濃くしておけば、

 薄まっても水人間としての思考はまだ残る可能性がある!」


「……わかった。こっちへ来い」


先輩は観念したようにドアをあけた。

中に入るや、すぐに外から先輩はドアを締めた。


「ちょっと先輩!? なんで鍵を締めたんですか! あけてください!」


「うるさい! 体水なんて譲ってやるものか!

 オレの性癖までお前に体水を通して知られたら一生の恥だ!」


「言ってる場合ですか! こっちは死活問題なんですよ!」

「それはこっちも同じだ!」


ドアの向こうでは遠ざかる先輩の足音が聞こえた。



 ・

 ・

 ・

 


仕事を終えた先輩が戻ってくると、締めたはずのドアが開いていた。


「あいつ、いったいどこへ……!?」


中を確かめても水人間の姿はどこにもいない。

水人間の水足跡という水たまりでさえ床にできていない。


「そうか……あいつ、きっとドアの外には出れたものの蒸発して消えてしまったのか」


先輩は気化したスタッフに向けて手を合わせた。

そのとき、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ただいま戻りましたーー」


「なにぃ!? お前、いったいどこへ!?」


先輩の視線の先にはスタッフが立っていた。


「やだなぁ、配達にいけと言ったのは先輩じゃないですか。

 あのあとドアをこじ開けて配達に行っていたんですよ」


「でもお前、体水がないとあれだけ騒いで……」


先輩はすべてを言い切る前に、スタッフの体がキラキラ輝いていることに気づき言葉を飲んだ。




「冷蔵庫に閉じ込められたときはどうしようかと。

 でも、氷人間になれたことで水を消費せずに移動できましたよ」

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