19 彼女はストレート

 今日は真由美ちゃんと水族館デート。


「うわぁ、可愛い~」


 水槽の中を自由に泳ぎ回る魚たちを見て、真由美ちゃんが言う。


 そんな君の方が可愛いよ、なんて。


 僕には言う度胸もない。


「ねえ、翔太くんはどのお魚が好き?」


「え? んーと……あの、イワシとか美味しそうだな。調理をすれば……ハッ」


 僕が振り向くと、真由美ちゃんは頬をぷくっと膨らませている。


「翔太くん、ひどいよ?」


「ご、ごめん」


「何て、嘘。やっぱり、翔太くんは主婦力が高いね」


「男のくせにそれはどうなんだろうね」


「私は良いと思うよ。だって、そんな翔太くんを知って、ますます好きになった訳だし……」


 頬を赤らめて言う真由美ちゃんを抱き締めた過ぎたけど、周りの人目を気にして出来なかった。


「真由美ちゃん、そろそろイルカショーの時間だよ」


「あ、本当だ」


 真由美ちゃんは腕時計を見て言う。


「翔太くん、行こ」


 僕の手を引っ張って言う。


 今日の真由美ちゃんはいつよりも無邪気で、可愛い。


 真由美ちゃんは意外と分かりやすいよなぁ。


 それに比べて、灯里さんは……って。


 何で僕は灯里さんのことを考えちゃうんだ。


 今は大好きな真由美ちゃんとのデート中だぞ。


 イルカショーは多くの観客が詰め寄せていた。


「はーい、みなさんこんにちはー!」


 飼育係のお姉さんの視界の下、子供達が喜ぶイベントが進んで行く。


「そして、ジャーンプ!」


 可愛らしいイルカが、ダイナミックに宙を舞った。


 そして、水面に着した時、派手にしぶきが飛ぶ。


「きゃっ」


「真由美ちゃん、大丈夫……」


 僕は目を丸くした。


「う、うん。平気だよ」


 真由美ちゃんは言うけど……Tシャツが濡れて思い切り透けて……


「……これ着て」


 僕はアウターを真由美ちゃんに渡す。


「あっ……ありがとう」


 それから、真由美ちゃんは少し大人しくイルカショーを見ていた。




      ◇




「今日は楽しかったね」


「うん。翔太くんと一緒だったから、すごく楽しかったよ」


「真由美ちゃん……」


 僕はすごく嬉しいけど、照れ臭くて仕方がない。


「じゃあ、帰ろうか」


「……ねえ、翔太くん」


「ん?」


「今から、あたしのお家に寄らない?」


「え?」


「今日ね、お父さんもお母さんも、帰りが遅いんだって」


 まじまじと真由美ちゃんが見つめて言った。


 僕はゴクリと息を呑む。


「……ダメ、かな?」


「……行きましょう」


 なぜか敬語になってしまった。




      ◇




 以前にも、来たことがあるけど。


 あの時は、確か具合が悪くて半ばボーっとしていたから。


 今の緊張はあの時の比じゃない。


「私のお部屋に行こ?」


「う、うん」


 ギシ、ギシ、と階段を上る。


「どうぞ」


 入ったその部屋は、とても女の子らしくて、可愛い。


「きれいにしているね」


「お母さんが掃除してくれたんだよ。後でお礼を言わないと」


 真由美ちゃんは言う。


「えっと、その……」


 ぎゅっと抱き付かれる。


「はぅ」


 僕はつい変な声を出してしまった。


「……翔太くん。今の私の気持ち、分かる?」


「ま、真由美ちゃん……」


 僕は彼女と見つめ合う。


 そのまま、キスをした。


 ちゅくちゅくと、甘い音を立てて。


「……翔太くん、上手だね」


「ほ、本当に?」


「お姉ちゃんに教えてもらったおかげかな?」


「うっ……い、今は灯里さんのことは言わないで……」


「ご、ごめんね。イジワルなこと言っちゃって」


「いや、大丈夫」


 僕は改めて真由美ちゃんを見つめた。


「あっ!」


「えっ、どうしたの?」


「し、しまった……」


 僕は思わずガクリとうなだれてしまう。


「あ、あれを用意するのを忘れてしまった……ごめん、真由美ちゃん!」


 僕は情けなく思いながら、必死に頭を下げた。


 すると、真由美ちゃんは何も言わずに、テーブルに置いたカバンを開く。


 そこから、箱を取り出した。


「えっ、それは……」


 呆然とする僕の前で、真由美ちゃんは口元をその箱で隠しながら、じっと見つめて来る。


「……あるよ、コレ」


 ドクン、と胸が跳ね上がる。


「翔太くん……お願いだから、早く私を翔太くんだけの物にして?」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る