18 お姉さんと夜道を歩いて……
いつもは素早くリズム良く包丁で食材を刻む僕だけど。
今日はその動きが緩慢で、どこか上の空だ。
「翔太くん?」
そばにやって来た真由美ちゃんに呼ばれてハッとする。
「え、何?」
「いや、何かボーっとしているから、どうしたのかなって」
「あ、ごめん……ちょっと、考え事をしていて」
「そっか」
すると、玄関ドアが開く。
「ただいま~」
灯里さんが帰って来た。
僕はドキリとする。
「あ、お姉ちゃん。今日、恭子さんに会ったよ」
「え、そうなの?」
「うん。服屋でお仕事している所に私たちが行って」
「ん? 私たちって……さてはお姉ちゃんに内緒でデートしたなぁ?」
「いや、ちゃんと言ったでしょ。今日は翔太くんとデートするって」
「そうだったかな? まあ、とりあえず、ビール飲んでも良い?」
「おっさんかよ」
僕はつい突っ込んでしまう。
すると、灯里さんは僕の方を見て、
「おっさんです」
ニコっと笑う。
「けど、おっぱいです」
「いや、意味が分からないですよ」
僕がまた突っ込むと、灯里さんはニコリと笑う。
「よし、真由美もお酒を飲むか」
「いや、ダメだよ。未成年だし」
「そうですよ」
「何を言ってんの。翔ちゃんのためだよ」
「えっ?」
「真由美を酔わせたら、後は翔ちゃんの好きなようにして……クックック」
「あ、あんた、自分の妹に対してひどいことをするなぁ」
「え~、むしろ優しいでしょ? ウブで奥手だから、なかなか大好きな彼と進展しないから、お姉ちゃんがお酒の力で二人をさらにラブラブさせてあげようと思ったのに」
「「余計なお世話だよ!」」
僕と真由美ちゃんはついハモってしまう。
「やだもう~! 良いもん、あたし一人で飲むから」
「ぜひそうして下さい」
「ふん、だ。翔ちゃんのホーケー野郎」
「おい、ちょっと待て。見てもいないくせに何を言っているんだ?」
「だって、いかにも短小っぽいし。あ、でも意外と立派だったりして」
「ごく普通だよ、エロお姉さま」
僕はこめかみに怒りマークを浮かべて言う。
「だってさ、真由美。ごく普通のサイズらしいです」
「お、お姉ちゃん……」
真由美ちゃんはすっかり赤面してしまう。
「灯里さん、実はもう酔ってます?」
「ううん、シラフだよ」
「そうですね。あなたはそういう人だ。いたいけな年下の僕らをからかって楽しんで」
「興奮するでしょ?」
「バカじゃねえの」
僕はつい汚い言葉を吐いてしまった。
◇
夜。
僕はすぐに寝つくことが出来なかった。
真由美ちゃんは既に寝息を立てている。
灯里さんは……何か怖いな。
また夜這いとかされたらどうしよう。
「……そうだ」
僕は小声でそう言って、静かにベッドから下りた。
上着を羽織って、玄関ドアから外に出る。
初夏の頃合いとはいえ、夜は肌寒い。
けれども、深夜のコンビニ目がけて歩くのは楽しい。
この背徳感こそ、その醍醐味なのだ。
「カップ麺でも食いたいなぁ」
「良いねぇ、あたしもだよ」
僕はハッとして、それからギョッとした。
「あ、灯里さん!?」
「やっほー、翔ちゃん。お姉さんも一緒に夜のお散歩して良いかな?」
「い、いつの間に……ストーカーですか?」
「やだもう、ひどい~。けど、こんな可愛いストーカーなら嬉しいでしょ?」
「いや、全然。普通に怖いです」
「翔ちゃん、ビンタするよ」
「えっ」
「おっぱいで」
「なっ」
「嘘でーす。バーカ、バーカ、エッチな翔ちゃ~ん」
こ、このクソ年上女さんめ……
僕は怒りを覚えるが、あまり叫ぶと近所迷惑なので堪えた。
「ほらほら、早くコンビニに行こうよぉ」
「分かってますよ」
僕はぷんすかとしながら歩いて行く。
「ねえ、翔ちゃん」
「何ですか?」
「手、つないでも良い?」
「えっ?」
僕が振り向くと、灯里さんは後ろ手を組んでニコっと笑っていた。
月明かりを受けて、より美しく見える。
「……いや、いいですよ」
「けど、あたしはつなぎたいの」
「何でですか?」
「だって、翔ちゃんのことが好きだから」
ドクン、と胸が高鳴る。
「け、けど、僕には真由美ちゃんが……」
言いかけた唇を、キスで塞がれた。
灯里さんはそっと僕から顔を離すと、またニコリと笑う。
「ねえ、このまま二人でどこかに行かない?」
「な、何を言っているんですか? そんなことをして、どうするんです?」
「とりあえず、翔ちゃんとセックスがしたいな」
夜風が凪いだように感じた。
僕は開いた口が塞がらない。
「翔ちゃんは、あたしとしたくないの?」
「ぼ、僕は……」
ゴクリ、と息を呑む。
「……ま、真由美ちゃんとエッチがしたいです」
そう言った。
すると、灯里さんはぷっと笑う。
「やっぱり、翔ちゃんは可愛いなぁ」
「バ、バカにしているんですか?」
「ううん、違うよ。素直にそう思うの」
灯里さんは尚も微笑んでいる。
「あたしね、思うの。もし、あたしが翔ちゃんよりも年上のお姉さんじゃなくて、同級生だったら……」
言いかけた所で、灯里さんはきゅっと口をつぐむ。
その時、わずかに目元が歪んだように見えた。
「灯里さん?」
「……何でもない」
灯里さんはまた微笑んで言う。
「ねえ、早くコンビニ行こう? お腹が空いちゃった。一緒にカップ麺ずるずるしようぜ~?」
灯里さんはおどけたように笑う。
本当に、色々な表情を見せる人だ。
どれが、本当の灯里さんなんだろう?
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