17 灯里さんのこと

「今から翔ちゃんを男にしてあげるよ」


 ベッドの中で、灯里さんは囁くようにそう言った。


「そ、それって……冗談ですよね?」


「あたしは本気だよ?」


「け、けど、僕はまだ、真由美ちゃんと……」


「だからこそ、だよ。可愛い妹の初体験は最高のモノにしてあげたいでしょ? だから、あたしが翔ちゃんにレクチャーしてあげるの」


「で、でも……僕だって、初めては好きな子に捧げたいし」


 少し照れながら僕が言うと、灯里さんは一瞬だけきょとんとした。


 直後に、ぷっと噴き出す。


「あ、笑いましたね?」


 僕は少しムッとした。


「あはは、ごめん、ごめん。何か、可愛いなって思って」


「可愛いって……男のくせに情けなくて悪かったですね」


「そんなこと思わないわよ。素敵だなって、思うよ?」


 灯里さんは微笑みながらそう言った。


「そ、そうですか……」


 その時、


「……う~ん」


 真由美ちゃんの声がしてハッとした。


「ほ、ほら、早く戻って下さい。真由美ちゃんが起きない内に」


「また修羅場ってみる?」


「お断りです」


 僕がキッパリと言うと、灯里さんはまた笑う。


「……真由美がうらやましい」


「えっ?」


「ううん、何でもない」


 ちゅっ、と額にキスをされる。


「なっ」


「おやすみのチューだよ?」


 灯里さんはニコっと笑ってベッドから下りる。


 自分の布団に戻って行った。


 それからすぐに、寝息が立つ。


「……はやっ」


 一方、僕はすっかり目が冴えてしまい、全く眠れる気配はなかった。


 おのれ、灯里さんめ。




      ◇




 休日。


 僕は真由美ちゃんとデートをしていた。


「ねえ、翔太くん。あのお店に行きたいな」


「うん、良いよ」


 僕は笑顔の彼女に付いて行く。


 やっぱり、可愛いなぁ。


 好きな女の子と結ばれて、休日にデートが出来るなんて。


 僕は幸せ者だ。


「わぁ、この服かわいい~」


 真由美ちゃんは目を輝かせて言う。


 やっぱり、女の子はオシャレが好きなんだ。


「ねえねえ、翔太くんはどれが良いと思う?」


「そうだな~、こっちかな?」


「分かった。じゃあ、ちょっと試着しようかな」


 真由美ちゃんは店内を見渡し、


「あ、すみませーん。試着したいんですけど、良いですか?」


「はい、どうぞ~……って、あれ?」


 女の店員さんが目をパチクリとさせる。


「もしかして、真由美ちゃん?」


「えっ……あっ、恭子さん?」


「やだ、久しぶり~、元気にしてた~? 相変わらず、可愛いわね~」


「恭子さんこそ」


「うふ、ありがとう」


 茶髪のショートヘアにウェーブをかけた女の店員さんは、笑顔で真由美ちゃんと話している。


「あれ、もしかして、彼氏?」


「そ、そうです」


「へぇ~、結構カッコイイ……というか、カワイイ系だね」


「うっ」


 やっぱり、そう言われてしまうのか。


「あ、試着しても良いですか?」


「うん、どうぞ」


「ありがとうございます。じゃあ、翔太くん。ちょっと待っていてね」


「うん」


 真由美ちゃんは笑顔で試着室に入って行った。


「君、名前は?」


 ふいに、恭子さんという方に聞かれる。


「えっ? あ、翔太です」


「翔太くん。可愛いね~、年上にモテそうだ」


「あはは……真由美ちゃんのお友達なんですか?」


「うん。まあ、元はお姉ちゃんと同級生で、その繋がりなんだけどね~」


「えっ、灯里さんの?」


「あれ、灯里のことも知っているの?」


「ええ、まあ」


「じゃあ、こんなに可愛い弟分だろうから、いっぱいからかわれているでしょ~?」


「まあ、そうですね」


 僕は苦笑する。


「けど、良かったよ。灯里も楽しそうで」


「え?」


「あの子、ちょっと病んでいるっぽい時期があったから」


「灯里さんが?」


 正直、信じられなかった。


「あの子から聞いたかもしれないけど、あまり彼氏に恵まれて来なかったんだよね~。ぶっちゃけ、チャラいというか……浮気とか普通にしまくる彼氏でさ」


「そうなんですか……」


「灯里は見た目こそ派手だけど、中身は純だからさ。本当はそんな男よりも、翔太くんみたいな真面目で可愛らしい男の子が好みで、付き合いたいってずっと言っていたんだよ」


 胸の奥が少し疼く。


「何か、最近そのショックもあってから家出したらしいけど、まあ元気になったみたいで良かったよ」


 さらに胸の奥が疼いた。


 灯里さん、家族との下らない言い合いで家出をしたとか言っていたのに……


「お待たせ」


 気付けば、試着を終えた真由美ちゃんがいた。


「お、可愛いじゃん。ねえ、翔太くん?」


「え? あ、はい。可愛いよ、真由美ちゃん」


「ありがとう。じゃあ、これ買います」


「毎度あり~、友人価格でとびきり安くしちゃう」


「そんな、悪いですよ」


「良いから、良いから~」


 女子2人はきゃっきゃと盛り上がっている。


 一方、僕は頭の中で、灯里さんのことを考えていた。







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