16 灯里さんのサプライズ

 夕日に照らされる帰り道を二人で歩いていた。


 お互いに会話をすることもなく。


 けれども、しっかりと手を握り合っていた。


 僕はチラ、と隣を歩く真由美ちゃんを見た。


 今日の昼休み、あの小さくぷるんと可愛らしい唇に、いっぱいキスをしたんだ。


 しかも、少し大人のキスというか……深く繋がってしまった。


 ヤバい、思い出すだけでもドキドキしてしまう。


「翔太くん」


「へっ?」


 ふいに呼ばれたので、間抜けな声が出てしまう。


「えっと、その……手があったかいね」


「あ、そうかな?」


「うん。男の人って感じがする……」


 夕日に照らされているせいだろうか、真由美ちゃんの頬が赤く染まって見える。


 ああ、やっぱり、この子は可愛いなぁ。


 この帰り道が永遠に続けば良いとさえ思ってしまう。


 けれども、僕らはあっという間に自宅のアパートにたどり着いた。


「お腹すいたでしょ? すぐに晩ご飯の用意をするからね」


「ありがとう、翔太くん」


 玄関ドアを開ける。


「あ、お帰りなさい♡」


 笑顔で僕らを出迎えたのは、灯里さんだった。


「「えっ?」」


 僕と真由美ちゃんは同時に目を丸くする。


 なぜなら、灯里さんがエプロン姿だったから。


「あ、灯里さん? それは……」


「えへへ、可愛いでしょ? 新しく買ったの」


「な、何でまた?」


「今日は~、あたしが~、可愛い妹カップルのために~、お料理を作ったの♡」


「お、お姉ちゃん、大丈夫なの?」


「え、何で?」


「だって、料理なんてしたことある?」


「あるよ。カップ麺」


 いや、Vサインして言うことか。


「大丈夫よ~、ちゃんとスマホでレシピを見ながら作ったから」


 灯里さんは笑顔で言うが、僕らは不安で仕方がない。


「ほら、そんな所に突っ立ってないで、早く上がりなさい」


 灯里さんに言われて、僕らはとりあえず玄関から上がった。


「ねえ、見て見て~」


 そして、嬉々とした灯里さんに誘われて、恐る恐る食卓に目をやる。


「「えっ」」


 そこには、思った以上にまともな料理が並んでいた。


うな丼に、カキのフライに、イカの丸焼き……


 少し贅沢だなぁ、と思いつつ、ちゃんと納豆のネバネバサラダも用意されている。


「灯里さん、本当に一人で作ったんですか?」


「うん。まあ、お惣菜だけどね」


「おい」


「でもでも~、うな丼のご飯はちゃんと炊いたよ~」


「まあ、納豆と豆腐、オクラを合わせてネバネバサラダにしたのは褒めてあげますけど」


「やった~、翔ちゃんに褒められちゃった」


「けど、本当に美味しそう。お姉ちゃん、ちゃんと出来るんだね」


「見たか、妹よ」


 灯里さんは腕組みをして言う。


「ほらほら、二人とも。早く食べようよ」


 灯里さんに言われて、僕らは食卓に座る。


 僕と真由美ちゃんが隣り合って座り、向かい側にニコニコ、ドヤ顔な灯里さんが座る。


「じゃあ、いただきます」


「「いただきます」」


 僕は早速、うな丼に箸を付けた。


「……うん、美味い。さすがは大手スーパーのお惣菜」


「もう、ひどい~! ご飯はちゃんと炊けているでしょ?」


「まあ、そうですね」


「けどお姉ちゃん、このネバネバサラダ、美味しいよ」


「うふふ、ありがとう」


 まあ何だかんだ、灯里さんが用意してくれたのはありがたかった。


 こんな風に、家に帰ってすぐにご飯を食べられるなんて、実家に住んでいた時以来だ。


「灯里さん、ありがとうございます。とても美味しいですよ」


「良かった、喜んでもらえて」


 灯里さんは微笑む。


「ちなみに、今日の晩ご飯のテーマは分かるかな?」


「えっ? んー、魚介ですか? あ、でも納豆があるか」


「ぶっぶ~、時間切れ~」


「ちょっと、早いですよ」


「正解はね……」


 そこで、灯里さんはなぜかニヤリとした。


「精力がつく晩ご飯です♡」


 こっそりと、囁くように言った。


 直後、僕と真由美ちゃんは硬直した。


 そして、みるみる内に赤面して行く。


「あ、灯里さん……」


「お、お姉ちゃん……」


 灯里さんは尚も笑っている。


「あなた達はもう、あたしの教えでキスは散々しているでしょ? だったら、そろそろ次にステップに進んでも良いわよね?」


「つ、次のステップって……?」


「もうさ、エッチしなよ」


 灯里さんはあっさりと言う。


「その方が、あたしもスッキリするし」


「どういうことですか?」


「そ、そうだよ、お姉ちゃん。いきなり、そんな……」


「あら、真由美は翔ちゃんとエッチしたくないの?」


「そ、それは……」


 真由美ちゃんはボッと頬を赤らめながら、チラと僕を見て、また目を逸らす。


「あ、灯里さん。そういうことは、もっとゆっくりと時間をかけて、大切にしたいんです」


「え~、でもムラムラしているでしょ? あたしのお料理のおかげで♡」


「いや、大丈夫ですから。とにかく、今日は何もしないですぐに寝ます」


「何よもう、つまらないの。せっかく、お姉さんが頑張ったのに」


 灯里さんはぷくっと頬を膨らませた。




      ◇




 夜。


 僕らは静かに寝ていた。


 ちなみに、僕がベッドで寝て、須藤姉妹は床に布団を敷いて寝ている。


 もしこの暮らしが続くようなら、引っ越さないといけないかなと考えつつ。


「……マジか」


 いつもなら、グッスリと眠れる時間になっても、なぜか目が冴えていた。


 そして、下の方が何やら熱い。


「まさか、本当に灯里さんの料理のせいで……」


 と言うか、灯里さんが変なことを言うからだ。


 内心で文句を言っていた時。


 ふいに、掛け布団の端がゴソリとした。


 僕はギョッとする。


 え、まさか、ユーレイ?


 動揺する僕だが、すぐその正体を目の当たりにする。


「……灯里さん」


 掛け布団を押し上げて、僕を見つめるのは、灯里さんだった。


「眠れないの?」


 まるで見透かしたように、灯里さんは言う。


「べ、別に?」


「やっぱり、真由美とエッチしておけば良かった?」


「あ、あのですね……そもそも、灯里さんが居るから無理でしょ」


「あん、あたしのことは気にしないで良いのに。何なら、またレッスンしてあげようか?」


「レ、レッスンって……結構です」


「とか言って、ここはすごく元気だよ?」


「ちょっ、どこを触って……」


 唇を塞がれた。


 ちゅっ、ちゅっ、と甘く濃厚なキスをされる。


 それはほんの短いものだったのに、僕は一瞬で思考がとろけてしまう。


「……お姉さんのキス、すごいでしょ?」


 灯里さんは髪を掻き上げて言う。


「……僕をどうするつもりですか?」


 問いかけると、灯里さん微笑む。


「今から翔ちゃんを、男にしてあげるよ」








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