第十話 初めての仕事

武具屋でのやり取りを経て、『ブラックグリズリー』の素材を受け取り、売る為、冒険者ギルドに寄ってみると、既に買い取り手が見つかっていたらしく、皮の小包に入った状態で大金貨を直接手渡された。

どうやら、金貨以上の取引になると、金銭トラブルなどが度々起こるとかどうとかで、防止策としてギルドが直接販売の仲介人となるらしい。


「暇になっちゃったね」


ミレイの信用ファンブルの効果が切れたシャニが、ギルドの扉を抜けた後に話しかける


「あ、いつも通りに先輩戻ったんですね」


「...やっぱり言わなかった方が良かったかも、それだったら、このまま健斗に色々命令出来たかもじゃん?」


「なんて事言うんですか...まあ、それはそれで、『言いくるめ』じゃないですか?

先輩効果出てる時、聞く耳も持ってくれなかったですし」


「本当に、リアルにTRPGの効果を目の当たりにするって、想像以上に凄かったよ!

キーパー《KP》の時とか、プレイヤーの時はさ、仕方なくルール通りにこっちは動かないといけなくなるけど、動かされるキャラの方は、こんな感じで動いてたんだなって、

凄い滅多にできない体験だよね」


「俺も、あの熊みたいな奴と戦ってる時は、凄い「TRPGしてるわー」って思ったな、

リアルにダメージ受ける時も、値が小さかったら、そんな痛み感じないしよ」


少し拳を軽くストレートを放ち、戦闘した時の実感を話すグレイ。


「そう考えると、まだ体感してないのは健斗だけだな」


「そうだな、今日は町の外で採集でもして時間を潰すか。

まだ武器防具はないし、討伐なんて危険なことはまだできないからさ」


「そうだね、多分技能とかの判定が出るだろうし、一旦ここでこの世界に体を慣らそうか」


ミレイとシャニの意見が三人の中で合致し、一向は今必要とされている素材の確認に冒険者ギルドに一旦戻り、そのまま町の外へ出ていった。


三人が、魔獣が襲いかかってきた時の近くにあった、ラスカルド森林に到着した

今、街で必要となっているのは、周辺の魔獣の集団が以上発生した時に、騎士団が出動したため

怪我人の治療用として回復ポーションの原料である、ソクラ草という花の需要が上がっている。


花の息生としては、日陰で水気が多いところに集団で生えているらしい。

しかし、そんな場所は多少限られており、洞窟中の湖か、森林の奥深くなど、魔物たちの発生箇所となるため、難易度は少し高い。

その為普段から需要はあるのだが、消費が増えている以上、下手に狩りに行くよりも効率が良いのだ。


森の少し中部ほどの深さまで潜り、三人で目星を使用する。


「...『目星』使用...環境で値変動−10、ミレイ、グレイ、シャニに適応...それぞれ

55、15、60...以下で成功...78...26...05...ミレイ、グレイは失敗、

シャニはクリティカル効果により、品質の良いソクラ草の群生地を発見かつ、

自動ナビゲート成功、ここからさらに奥500メートルほどにあります。」


アナウンス結果を聞いて、シャニは胸を張りドヤ顔をする。


「ふふーん、どうだ!これが私の実力よ!」


「先輩やっぱり持ってますねー、なんかある意味これはこれで無双な気がする...」


「いや、こんなので無双とか言ってると、ラノベの世界のやつらは何?」


「異世界転移してるから俺らが人のこと言えるかよ」


「ねーねー、聞いてる?」


「あ!すみません!確かに先輩持ってますね、なんか、こっちの肩慣らしのために来た意味が、

無くなってるような気がしなくもないんですけど、気のせいですかね?」


「うんそうそう、気のせいだよ気のせい」


「『言いくるめ』発生...45以下成功...19通常成功...」


「そうですか、先輩が言うことですもんね、悪意がないのは分かってますよ」


「そ、そうだね」


自分がいつも通り絶対にそうではないことを、すり抜けようとするいつものノリにこの世界は反応してしまい、『言いくるめ』判定が行われ、無事成功してしまった彼女は、ニコニコ顔で信頼している顔を見せているミレイに、冷や汗をかきながら反応をする。


腰の高さまである木の根を跨ぎ、辿り付いた先の景色の美しさに、三人は息を詰まらせた。

天井を草木が、天井を覆い隠していた今までのところとは違い、広い湖の中央にほんの少しの地面があり、そこから一際大きい大樹が生え、その孤島の周りを空の色をよく反射した水が囲んでいる。


鹿や、蜥蜴のをでかくして背中に甲羅を乗せたような生き物など、子供連れの動物の家族なども水分補給に来ており、三人に気づくと森の奥へと戻っていく。


「何年振りだろうな、こんな自然に感動するような景色見たのは...」


心からの感嘆が口からポロリと漏れ出す、ふと二人を見てみると、グレイは性格が『花より団子』なので、そんな景色にはあまり興味がないため、ソクラ草の回収に向かい、

シャニに関しては、周りの風景をしっかりと堪能した後、大樹が目に入ると、何か見えるのか目を少し細める。


「...ねえ健斗」


言いながら、右肩の肩を軽く叩く。


「どうしました先輩?」


「いやさ、あの大樹の根元らへんに、祠みたいなの見えない?ほら、なんか墓みたいな...」


そういい、大樹の根本が分かれている所を指差す

目を擦ってもう一度見てみるが、そんなものは一切見当たらない。


「え...ほんとに見えない?冗談でしょ...」


「先輩って少し霊感高かったですよね?それが効いてるんじゃないですか。」


「透明な墓とか恐怖以外の何ものでもないって...」


「...SAN値正気度チェック発生...成功変動なし、失敗1D3の減少...16成功...変動なし。」


「ふぅ、よかった。こんなところでSAN値なんて削ってられないからね」


「明日、装備してからここら辺の探索しますか、何か古い情報が手に入りそうですし」


「そうだね、今日はあくまで収集だからね、先にこなしちゃお」


そう言い彼女の体の半分ほどある採集用の布製の袋を持ち、蒼色のソクラ草の中でも、色が深いものが生えている場所へ歩いていく。


今回必要となるのは花の花弁部分で、引きちぎってしまうと効果が無くなってしまうらしく、

根っこから一度全体を掘り出し、そこで花弁を取るという工程が必要となる。


DEX値の技術ポイントが高いミレイとシャニは、問題なくサクサクとやってのけているが、グレイはスピードの方でDEX値を稼いでいるため、偶に花を潰してしまったりして無駄にしている。

5つ目の花を無駄にすると、諦めたのか、湖の辺りで鏡のように映った自分の姿をぼーっとしながら体操座りで見ている。

巨漢がそのような容姿でいると、何かじわりと心にくるものがある。

現状ミレイは少しニヤついているのだが、気付かない方が幸せな事だってあるだろう。


一時間ほどで袋の半分ほど採取し、腰が固まってきた頃、

休憩するため湖の水を一口掬い、飲む。


採取した範囲は50平方メートル程だが、これ以上取るとまた採取するとなった時に困るので、今回はこれで終わりだ。


ミレイがこの世界に慣れるため、今回の採集の仕事にエントリーした訳だが、

全てにおいて判定が行われるわけではないのか、一度も判定のアナウンスが流れることは無かった


シャニも同じように辺りで水を飲んでいる。

同じ作業をするだけだったので二人はずっと何も考えずにやっていた。


その為、普段会話が絶えない三人組が、ムードメーカーであるグレイの戦意喪失により静寂が訪れ、耳に聞こえるのは小鳥の囀りと草木が擦れる音だけだ。


特に離れる理由はないので、寝転んで空を見ていると、グレイがスッと立ち上がり、対岸をじっと見つめる。


「...どうした?」


「シッ!」


そういい口を手で抑えられる。

いきなりの事に驚き、少し乱暴に手を除けようとするが、

自分も対岸を見ると、奥から、傷を全身に負った満身創痍な全体10メートルほどの竜が来ている。

翼は所々切り裂かれて、剣で思いっきり切ったとしても一つも貫けなさそうな、立派な暗黒色の鱗もボロボロの状態である。

出血もまあまあな量が流れており、意識だけかろうじて撮っているよう状態だ

そいつは脚を引きずりながら湖の辺りまで歩き、力なく湖の水を飲むと、少し息を深く吐き、苦しそうに見えたその顔が、少しマシになったように感じる


「...布津那先輩、逃げましょう、どう考えてもアレには勝てないです」


「...う、うん」


体を硬直させている彼女の肩を修哉が叩き、焦らないように知らせると、了承の意を伝えはするが、その目には心配の色が深く写っている。


「...先輩はあの竜のこと助けたいんですか?」


ミレイがそんな彼女の目の色に気づき、そう問うとコクリと頷く

彼自身、グレイと同様にすぐこの場から逃げたいのだが、ただ、あの痛々しい姿を見て放って逃げるのも心が痛い。


「分かりました、それならこのソクラ草で回復薬作っちゃいましょう」


「え...いいの?」


「いいんです」


笑顔を浮かべ、袋を開けながら言う。


「第一、お金儲けに関しては明日からでもできますし、助けなかったっていうので心残りになるよりは、まだいいですからね」


「...二人がそう言うなら俺もやらないとな、ひとり逃げ腰っていうのも、なんか癪だしよ」


「二人とも本当にありがとう」


そういい礼をするシャニ、どちらも優しい笑顔を彼女に向け、怪我を負っている竜を助けるための計画を練るのであった。




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