第8話


「なんてことがあってさ」


「そうかそうか! な? 効果出ているじゃねえか」


 おっさんの提案で筋トレを開始して早半年。見る見るうちに効果が……、出るほどではない。ジムに通っているわけでも高価な道具を使っているわけでもなく、自室で出来る腕立て伏せだったり、軽いジョギングをしているぐらいだったり程度で簡単にムキムキになれたら世話はない。

 それでも、最初は10回やるだけで死にそうになっていた体力無しが、今では10回3セットくらいならなんとか出来るくらいになっているんだから継続は力なんだろう。


「帰宅時間だって少しだけど早くなってよ」


「終電じゃないって幸せだよな」


 残業がなくなったわけじゃない。まだまだ上司による帰り際での置き土産文化だって残っている。それでも、最近じゃ調子が良いと9時には帰れるようになっている。なにより、朝早くに出社して隠れて仕事することはほぼなくなった。

 元々仕事のために早く起きていた時間に、軽いジョギングを行うだけで身体の調子が良くなるんだから不思議なものである。起きて動いていることは同じなのに。


「でッ! 美人ちゃんとはうまくいきそうかッ!」


「そこまでじゃないよ。向こうもそういう気じゃないと思うし」


「かァ!! 情けない!! ネガティブが治ってきたと思ってたが、女性関係だけは相変わらずだな!!」


「面目次第も御座いません」


 女性関係を勧めようとするおっさんも相変わらずだ。

 今日も今日とておっさんの手料理を味わっていく。筋トレを始めて、仕事に余裕が出来て、心にも余裕が出来たのか最近おっさんの料理がさらに美味しく感じるようになってきた。

 いままではただ食べていただけなんだと実感する。


 ……、まぁ、おっさんの手料理って字面はあれだけどな。


「でも、本当にありがとうな」


「おぉ?」


 おっさん特製の豚の生姜焼き。少しばかし生姜の風味が強いそれは、ピリッとした辛さに箸が止まらない。のだが、いまはその箸を一度置く。


「おっさんのおかげだよ。本当に何もかも」


「よせよ、お前が頑張ったからじゃねえか」


「おっさんが励まし続けてくれたからだよ」


 筋トレだけじゃない。そもそも、あの時おっさんと出会っていなかったら、俺は死んでいたかもしれない。過労死か、それとも自殺か。

 かもしれないと笑いとばすには、あの時の俺は本当にひどかった。


「おっさんが力を取り戻すまで、いつまでも居てくれて良いからな」


 俺に出来ることがあるか分からないけれど、それでも、おっさんの力が取り戻せるように俺も頑張ってみよう。

 ここまでしてもらっていて、ただ部屋を貸しているだけじゃ駄目だよな。


「……」


「おっさん?」


 もしかして泣かせてしまっただろうか。

 おっさんはかなり涙もろいところがあるからな。全裸のおっさんが泣き続ける絵は……その、あまり見れるものではない。


「実は……」


 だけど、浮かんだおっさんの表情はそうじゃなかった。泣きそうになってはいない、むしろ、ばつが悪そうな、叱られた子どものような顔。


「嘘なんだ」

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