第7話
「最近、先輩変わりましたね」
「え?」
「みんな噂していますよ」
それだけ言ってお茶を出してくれたのは、去年入社した女性社員だった。同じ部署でもないため話したことなんて片手で数えるほどしかないくらいなんだけど。
上司のそのまた上の上司が綺麗な女子社員にお茶くみをさせるという現代の流れを一切合切無視をする方針なため、平々凡々な俺にも毎日お茶をくれてこそいたけれど、まさか彼女の方から話しかけてくれるなんて。罰ゲームか
じゃないな。駄目だ、駄目だ。まだネガティブなほうへ考えてしまう癖が抜けきっていない。このままじゃ叱られてしまうな。
「どぉいうことっすか!」
「ごふッ」
「先輩みたいな冴えないのにミカちゃんが話しかけるとか意味不明っすけど、どれだけ渡したんす……、可愛い後輩が話しかけているのに無視とか最低っすよ!!」
無視は最低か。
じゃあ、朝の挨拶もせずに先輩の脇腹に一撃を喰らわしてくるのはいったい何なんだろうな……ッ!!
「ちょぉ、まじであり得ないっすわ。だって先輩っしょ? ミカちゃんも見る目ねえわぁ……、オレとかなら分かるっすけど! ねっ! ねッ!!」
そういえば、あの子の名前は美香だったか。大体の名字は覚えているけどさすがに下の名前までは把握してなかったよ。
会社で人気の可愛い女の子が冴えない男に声を掛けたのはそれは一大事かもしれないが、悪いが俺にはあまり関係のない話だ。これから恋に発展して……、と思えるほどネガティブが治ったわけでもない。
そんなわけで、
「はい、これが今日やってほしい業務リスト」
社会人として、会社員としてまずはやるべきことをやっていこう。
「うへ……、了解っす……」
今までの俺は彼に何をしてほしいのか口頭で言うしかなかった。分からないことがあれば遠慮なく聞いてね、と。この方法だと何をすれば良いか、何を優先的に処理していけば良いか、そしてそれをどのくらいの時間以内に完了させなければいけないかが分かりにくかった。……まあ、甘えるな聞けよ、と思わなくもないけれど。
だからこそのリストだ。
やるべきこと、その優先順位、だいたいどれくらいの時間がかかるかの予想。その他もろもろを書き込んだ簡易メモを渡して、その上で
「他にも抱えていることあるよな。俺も把握しておきたいから業務時間になったらまずは今日やることリストの作成お願いな、時間は」
「10分以内っすよね、分かっているっすよ……」
俺の後輩とはいえ、俺の部下ではない。単に教育係のようなものになっているだけだ。だから、上司やら他の人からも彼は仕事を受ける。
俺が投げた仕事で他の人の仕事が出来ませんでした、じゃ話にならないのでまずは彼の現在抱えている全てを把握して、その上で俺が再度優先度を決めている。
これだけのことではあるけれど、これだけ随分と俺の負担は減ったように思える。毎日リストを作成するのは面倒くさいが、そもそも一年目にすべてを投げているほうが悪いと言われてみればその通りだろう。これって二年目の俺じゃなくて上司がすべきことなんじゃ、と思わなくもないがそれも無視する。言ったところで意味はないしな。
リストの内容を毎日完璧にこなしてくれるわけじゃないけれど、優先度の高いものを先に終わらせてくれればあとはそれは明日に回そう、とか、それは俺が残ってやっておくわ、とか、もし残業出来るなら一緒にやっていこう、とか。
偉そうに言えば管理になるのだろうか。いままで仕方なく俺が手を出してしまっていたためにいつまでたっても出来ることが増えなかった彼もこの半年で随分と出来ることが増えてきた。
頼りになる、まではいかないけれど居てくれると助かる存在にまでなってくれたあとになれば、さっきまでのやり取りも可愛く感じてしまう。舐められているのかもしれないけれど、彼なりに慕ってくれている……のかもしれないし。
「まあ、まじ変わったのは本当っすしね」
「うん?」
業務開始前にメールをチェックしていれば、頬杖ついて人の顔をジロジロ見てくる後輩がいる。行儀悪いぞ。
「おかげで仕事しなくちゃならなくなったし」
「当たり前だろうが」
「あーあー、半年前の先輩のが楽だったなー」
「馬鹿言ってないで上着なおしてこい、椅子にかけるなっていつも言っているだろうが」
「へぇいっす」
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