第2話
「ぷはァ!! 今日もお勤めご苦労さん!!」
冷蔵庫でキンキンに冷えた缶ビールを美味しそうに飲む。顔中に白い髭を生み出しながら。
酒のあて、もとい遅い晩餐はエビチリ、回鍋肉に買い置きの漬物という家庭的中華であった。……、おっさんの手料理の。
「ああ……」
「どうしたどうした、暗い顔で食うと飯がまずくなるじゃねえか!」
一つひとつ丁寧にワタの取り除かれたエビは、冷凍モノとは思えないほどプリプリである。おっさん曰く前処理が大切らしい。
帰ってきてからさっと作ってくれた回鍋肉は、タレの絡まったキャベツのパリパリさと豚肉のジューシーさに子どもも大人も堪らない。おっさん曰く中華は出来たてが一番らしい。
買い置きの漬物なんてものは今まで冷蔵庫になかった。おっさん曰く箸休めが目的じゃなくこれこそが日本人の心らしい。
つまりは旨いのだ。
三ヶ月前まではコンビニ飯か、へたをすれば晩飯を食べないこともざらであった俺からすれば革命的な光景であろう。
それが。
裸のおっさんが用意してくれたものでさえなければ。
「はァ……」
「深刻そうだな」
原因はおっさんだけどな。
俺を見上げてくるおっさん。この世界のなかで何より好きだと公言する缶ビールを横に置いてまで俺を心配してくれるおっさんはきっととても良い奴だ。
おっさんを拾ってからというもの、俺の生活は一変している。汚部屋二歩手前だった俺の部屋は常に清潔で。
ワイシャツだってアイロンで毎日ぴっしりだ。食生活の改善のためか心なしか身体の調子も良くなっている。
残業時間だけは相変わらずだけど、それでも気難しいことで有名な上司から数ヶ月ぶりに褒めてもらえたのも、持ち帰った仕事を見たおっさんの助言のおかげである。
おっさんのおかげで、俺の生活は一変した。
とても良い方向に。
だからこそ、これは俺の我が儘なのだろう。
これを言うのは最低なのだろう。
それでもさ。
「おっさん……」
「おう」
「なんでおっさんなんだよ……」
「哲学か」
違うよ。
ソクラテスでもプラトンでもねえよ。そいつらもおっさんじゃねえか。みんな悩んで大きくなんかならなくて良いんだよ。
箸の使えないおっさんは、爪楊枝で巨大なエビを持ち上げる。どうやってあの大きさを胃に収めているんだろう。
「その顔を見るに、違うな。だとすれば……、ああ、女か」
おっさんの申し訳なさそうな顔に、こっちのほうが申し訳なくなってしまう。確かにおっさんに住居を提供しているとはいえ、拾ったのは俺なのだ。
であれば、世話をするのは当然だというのに、むしろ俺の方がおっさんに世話を焼いてもらっている。
「悪いな……」
「構わねえよ。むしろそう思うほうが男として正常ってもんだ」
おっさんはエビの尻尾まで食べるタイプだ。
バリバリと巨大な尻尾を食べていく様子は正直ちょっとだけ怖い。俺はそれぐらい臆病だ。
「ワシとしても」
「うん」
「拾ってくれたことに未だに驚いている」
「だろうな」
「正直ドン引きした」
「俺も俺に引いてる」
おっさんの顔に笑顔が戻った。
良かった。
いや、別におっさんの笑顔が好きだとかいう特殊性癖は俺にはない。それでも、同居人が嬉しそうなことは良いことなはずなんだ。
「それだけお前は良いやつなんだ。だからよ、もう少しだけ我慢してくれや」
出会った時から何度も繰り返し言い続ける。
それは、俺に対する言い訳なのか。それとも自分に何かを言い聞かせるためなのか。
「ワシが必ずお前を幸せにしてやるからよ」
そう言って、おっさんは自分と同じサイズの缶ビールを持ち上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます