2
からだを起こし、波多がベッドのふちに腰かけた。
「シャワー浴びてきたら」
波多は私に背を向けてたばこに口をつけた。裸で横たわる私に波多はもう興味を持っていない。虚しい。私はべつに波多に抱いてほしいわけじゃない。波多の抱き方は自分本位でまったく気持ちよくなかったから。ただ少し、愛されたかのように誤解していたかった。
私はため息を吐き、裸のままシャワーに向かった。鏡に映った私の髪はメドゥーサのようだった。編みこんでいた髪が崩れたことによるうねりは取り返しのつかない状態だった。
「ひどいな」
私は苦笑する。髪は諦めた。ポニーテールに結び直し、濡れないように簡易なお団子をつくる。
ああ、つまらない。波多の汗がまとわりついたからだは気持ち悪い。波多の筋張った大きな手を思い出しながら、首を触り、胸を触り、へそのあたりまで手をすべらせた。肌を流れ落ちるお湯は温かいけれど、からだはまったく反応しない。波多に触られたときにも感じることはなかった。私は波多とヤる必要はなかったのに、人肌が恋しくて波多に触ることを許してしまった。仕事帰りに波多に飲みに誘われて、ワインを数杯飲んだだけなのに、いつの間にかホテルへ向かっていた。波多に肩を抱かれながら、私が先にキスをせがんだのを覚えている。後悔しているわけではないけれど、やらなくてもよかったな、と思う。シャワーでいくら洗っても、波多とのセックスをなかったことはできない。太ももを丹念に洗う。波多の手の熱がいまだに残っている。
満足するまでシャワーを浴びた。からだをタオルで拭い、アメニティのマウスウォッシュで口をすすぐ。
タオル一枚で出てきた私を見て、まるでセックスなんてしていなかったような顔をしてベッドに腰かけた波多はたばこの煙を吐き出し、右手に持ったそれを灰皿に押しつけた。ベッドには乱れたシーツと私の服が散らかっている。私は波多の後ろに広がっている私の服をひっつかもうと手を伸ばす。波多とこうしてベッドの近くにいることがいやだった。
さっきまでここで二人、もつれあっていたけれど、セックスのときはいいけれど、私に興味を持たない男と一緒にいてもつまらないだけだ。ベッドに片膝を乗り上げる。ブラとかショーツとかを身につけるのは何とかできたけれど、なかなかにブラウスを着るのに手間取った。焦るとボタンを掛け間違える。私は仕方なく、波多から距離をおきつつベッドに座り、きちんと服を着た。ストッキングが上手く穿けない。
波多が「破かないほうがいいでしょ」と言いながらするすると脱がせたストッキングは、私が上手く穿けなかった末に伝線してしまった。となりに波多がいるせいで焦ったんだろう。
波多が、手を伸ばして私の耳朶に触れた。その行為で私はイヤリングを外していたことを思い出した。
「山城ってピアス開けてないんだな。意外」
ぞわぁっと鳥肌がたつ。さっきはそんなことなかったのに。
「自分のからだに穴が開くのがいやなの」
思わず波多の手を払いのける。波多はニヤついている。ムカつく。
「そんなに自分大切にしてるとは知らなかった」
私はヘッドボードの上にあったイヤリングをつけた。自分大切にしているようなら波多とセックスなんてしなかっただろうな。そう思いながらも私はなにも言わない。
「また来よ?」
私に手を振り払われながらも、波多はなおも私の髪を触ろうと手を伸ばす。
私は波多から視線を外し、ベッドから降りてスリッパをはく。荷物を肩から下げ、帰る支度を終える。
「帰ろ」
私が言うと、波多も立ちあがった。
駅までの帰り道は静かだった。ホテルに誘導するときは手をつないで歩いたけれど、帰りは無言の波多の背中を眺めながら、私も無言で歩いた。
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