無能と言われてパーティを追放されたが問題ない。俺はこの世界が小説だと知っている
筆箱鉛筆
俺はこの世界が小説だと知っている
「おい、ノベル。お前いい加減にしたらどうだ?」
【戦士】であるソードは明らかにイラついた口調でそう言った。
酒場内の乱雑な雰囲気からこのテーブルだけ切り離されたように感じた。
「ちょっとソード。言い方ってもんがあるでしょ」
「ノエル、お前は黙っとけ。それにこれはお前も同意した筈だぜ?」
「……ッ、それは、そうだけど……」
【僧侶】であるノエルは悲痛な面持ちになりながらも、そのまま黙ってしまった。
「なぁノベル、いくら鈍いお前だってもう自覚してるんじゃねーか? 俺たちのパーティにとってお前はお荷物だってな」
そう言い放つソードの言葉は、俺にとって予想できたものだったがそれでも思わず顔が歪んでしまう。
俺たちは皆同じ村の出身であるパーティだった。
幼い頃に仲が良かった者同士で誓った夢。
王都に出て最強の冒険者パーティになる。そんな子供の夢を本気で追いかけてきた仲間だと思っていた。
気が強く喧嘩っ早いソード。幼馴染のノエル。人見知りだが物知りで頭がいいエマ。そして、村の子供たちの中心だった俺、ノベル。
俺たちは一緒に田舎を出て王都に行き、冒険者となった。
最初は右も左もわからず、何度も死にそうになった。それでも、みんなで力を合わせて乗り越えてきた。戦友だと思っていた。心から。
パーティの雰囲気が変わったのは、王都にきて1年ほどたったころだった。
ソードは【戦士】として才能を開花させ、優秀な前衛となった。
ノエルは【僧侶】として持ち前の慈愛を発揮し、とても優れたヒーラーとなった。
エマは【賢者】として多くの魔法を操り、俺たちの中で最も有名になった。
対して俺は……何もなかった。1年努力し、様々な役職を兼任してきたが、何も身につかなかった。
何とかパーティの力になろうと、できることは何でもやった。パーティの運用や冒険者ギルドとの関係なんかも円滑にできるように俺がやってきた。
でも、もう限界みたいだ。
ここ最近は明らかにパーティ内の空気は張りつめていた。どうやら俺のいないところで3人が何か話しをしているのも知っていたが、俺は気づいていない振りをした。怖かったから。
そして今日の冒険で、俺はとうとう見切りをつけられたようだ。
ダンジョンからの帰り道、魔物の攻撃を避けきれなかった俺を【僧侶】であるノエルがかばって怪我をした。
後衛職に怪我をさせるなんて、最早お荷物と言われても仕方がない。
「分かってるよ……パーティを抜けろって事だろ」
「その通りだ。俺たちのパーティはもう1年もランクアップできてない。その原因は言うまでもないよなぁ? 俺たちがSランクになるためにはお前は邪魔なんだよ。一応言っとくがこれは俺たちで出した結論だからな。俺を逆恨みすんじゃねーぞ」
ソードの言っていることは正論だ。
事実このパーティは俺以外全員Sランク認定された冒険者。
俺だけがずっとDランクから上がれずにいる。
テーブルを囲んだ仲間の顔を見る。
ソードは少し苛立ちを含んだ真剣な表情で俺を見ている。
ノエルは顔を伏せたまま俺とは視線を合わせない。
エマは何も言わず無表情で食事を食べている。
「分かった……。俺はこのパーティを抜ける」
彼らの様子からは、最早俺がパーティを抜けるのは決定していて、そこに俺が意見を挟む余地はないということが見て取れた。
何のことはない。俺はもう既にこのパーティにいないようなものだったんだ。
荷物を手に取り、席を立つ。
かつての仲間たちに背を向けて酒場から出る。
「おい! もう二度と俺たちに近づくんじゃねーぞ!」
後ろからソードの声が聞こえた。
酒場にいるほかの冒険者が自分を見てニヤニヤと笑っているのを感じた。
彼らからすればいい酒の肴なのだろう。
「言われなくても……そうするつもりだよ」
俺は誰にも聞こえないようにそうつぶやき、その場を去った。
◇ ◇ ◇
あの後、自分の荷物をまとめてパーティで止まっていた宿から安宿に荷物を移した。
質の悪いベッドに腰かけ、俺は袋からあるものを取り出す。
「いや、まさか本当にこの通りになるとはな……」
何の装飾も施されていない無地の表紙の本。
それを開く。
そこには、先ほどの俺がパーティを抜ける時のやり取りが詳細に記されていた。
ソードのセリフも、俺のセリフも、仲間たちの態度も。すべてだ。
「それにしても……俺が小説の主人公とはなぁ」
この本は俺がパーティとして活動した最後の冒険、ダンジョンに入る前日の夜。いつの間にか手元にあった。
ベッドの横に現れたこの本を、俺は何ともなしに手に取った。
そしてその瞬間、すべてを理解した。
この世界が小説であること。俺はその中の主人公であること。
頭の中にそう流れ込んできたのだ。
俺はすぐに本を広げ、書かれている内容を読んだ。
そこにはまさに先ほど俺が体験したことが描写されていた。
普通なら預言書のようなものだと思ったのかもしれない。
しかし俺はこれが『小説』だと。誰かに書かれた物語であると、何故か確信していた。
もちろん疑問はある。
この本には、短い記述で「村の生まれ」やら「田舎を出た」やらあっさりと書かれているが、俺にはしっかり16年間生きた記憶がある。
こんな単純な記述で世界が成立するのか? これを書いている者……この世界に生きる者にとっては『神』とも呼べるような存在は、あやふやなイメージだけでここまで作りこめるのか?
しかし……
細かな疑問は数あれど、これだけは疑うことなく『真実』であると俺の魂が告げている。
すなわち、「この世界は小説であり、俺はその小説の主人公である」という真実を、だ。
俺はゆっくりとページをめくる。
昨日までは白紙だったページに、新しい文字が書き起こされていた。
どうやらこの本は、今からほんの少し未来の内容までしか分からないらしい。
「いや、それともまだこの小説は完成していないのか……? 現在進行形で書き進められているのなら、途中までしか話が存在しないのも理解できる」
そうなったら、また新たな可能性も出てくる。
つまり、俺は自由に小説の記述を無視して話を進められるんじゃないか? という可能性。
まだまだ検証するべきことは山ほどある。
ただ、ひと先ずはこの小説通りに行動して物語を確認するべきだ。
再びページの文章に目を下す。
そこに書かれた内容を読み、俺は思わず笑みを漏らしていた。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドは珍しく人が少なく、閑散としていた。
いつもは依頼の掲示板には人がごった返しているのだが、この好き具合ならゆっくりと依頼を吟味することができる。
パーティから追放された俺は、金を稼ぐ必要がある。
今はまだ貯えがあるが、これもすぐに底をついてしまうだろう。
個人的な実績がない俺は以前のように大きな依頼を受けることができない。
適当に掲示板の張られた依頼に目を通していく――
そして、ある依頼が目に留まる。
「よし、これにしよう」
依頼内容は薬草採取。
内容は簡単で駆け出しの冒険者がやるものだが、一人きりになった俺だと討伐系の依頼は少し荷が重い。まずはこれくらいがちょうどいい。
――いや、これじゃないといけない。
俺は張り紙をもってギルドの受付へ移動した。
◇ ◇ ◇
数時間かけて俺は指定された薬草の群生地にやってきた。
だだっ広い平原。あたりにはぽつぽつと気が生えているだけで何もない。
そこで黙々と薬草を採取する。
ほとんど集め終わったとき、それはきた。
目の前の空間に亀裂が入り、そこから数十匹の魔物が飛び出してくる。
「マジかよ……デッドウルフの群れがこんなところに現れるなんて……」
推奨討伐ランクBのデッドウルフ。それが群れで現れたとなればまず間違いなくAランク以上の緊急クエストに指定される。
Dランクである俺が勝てる道理などない。
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああ」
逃げる。全力で。みっともなく。
しかし、デッドウルフは瞬く間に追いつき、俺の体に噛み付いた。
そして――肩の肉を噛み千切った。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!?????????」
痛み、痛み、激痛。
俺の肩からは惨たらしく血が流れ、一部からは骨が露出していた。
体が倒れる。その隙に他のデッドウルフたちも俺の体に次々噛み付く。
「あぁ……マジかよまさか本当に……」
体から力が抜ける。
暖かい。冷たい。何もない。
感覚が抜けていき、遂には痛みすら感じなくなった。
「まさか本当にここまで記述通りになるなんてな」
――魔素の流入を確認しました。
――魔核との結合を開始。成功。対象デッドウルフの核融合完了。
――魔核真体の残容量998/999。
――超抜ジョブ【
俺を中心に大きな魔方陣が展開される。
瞬く間に辺りを光が埋め尽くし、すべてが終わった後、立っていたのは俺だけだった。
「ふ、ふふ、ふはははははははは!!!」
笑いが止まらない。
先ほどまであった傷はすべて回復し、体を全能感が駆け巡る。
そう、ここまでは全てあの本に書かれていた通りのことが起こった。
俺はそれに従っただけで、最強に至る力を手に入れたのだ。
◇ ◇ ◇
「ノベル様。本当によろしいのですか? ノベル様を馬鹿にした愚かな者どもなんでしょう?」
銀髪の美少女はそう言って心配そうにこちらを見る。
彼女の名前はヴェール。エルフ族の少女だ。
わざわざ説明がいるとは思えないが、第一章6話目で貴族に奴隷として売られそうなところを俺が買い取った。
奴隷印を破壊し、人並みの待遇を与えたら簡単に俺を慕ってくれた。
ヴェールにはまだ何かしら秘密がありそうな伏線は張られているが、それが何なのかは俺にもわからない。
これはまだ小説内で明かされるタイミングではないということだろう。つまり神のみぞ知るというやつだ。
「ああ、昔のよしみだよ。心配しなくても、今の俺の仲間はヴェールだけだ」
「ノベル様……」
ヴェールはうっとりとした表情で、俺の腕を抱きしめた。
今は一章18話目。つまり最初の章のクライマックスだ。
俺はここで元々のパーティメンバー。つまり俺を追放した奴らに復讐を果たす。
ま、復讐って言っても命は取らない。そういうシナリオだ。
「で、何か言いたいことはあるか? ソード」
目の前で剣を構えるソードに対して、俺はそう言った。
「……てめぇ、本当にノベルなのか?」
「ああ、そのノベルだよ。君たちに無能と言われて追い出された無職のノベルだ」
ソードとは決闘で決着をつける。ノエルとエマは、ある程度の事情を話せば俺の境遇を理解し、仲間になる。
ここは高難易度ダンジョンの奥地。
俺を追い出し、バランスが崩れたパーティが焦って分不相応な難易度のダンジョンに挑む。全滅しそうなところに俺が現れる。まぁよくある展開だな。
「ノベル君。何をしに来たの? まさか、私たちを助けに来たわけじゃないでしょう?」
「おいおいエマ。そんな言い方ないだろう。俺は本当に君たちを助けに来たんだよ」
「ノベル……」
ソード、ノエル、エマ。みんな傷だらけで、ボロボロだった。
「ん? 君たち3人だけか? 俺が抜けた分を誰か補充してるものだと思っていたけど」
「てめぇがさっき殺した魔物がそうだよっ! 【聖騎士】のレオンだ!」
「さっきのアークデーモンが? へぇ……」
それは驚いた。
人間が魔物に変化するというのは13話でそれらしい伏線が張られていたが……
この場面でそんな展開記述されていたか? もしかして見落としていたのかもしれない。
「まぁいいよ。今のリーダーはソードだろう? 君たちを助けてやろう。ただし条件がある。パーティを解散しろ」
「はぁ!?」
「それぐらい君たちなら問題ないだろう? 俺みたいなDランクの無能じゃないんだ。俺を追い出した奴らを助けるんだから、この程度の要求はしてもいいじゃないか」
我ながらよくわからん要求だとは思うが、それは今に始まったことじゃない。
俺があの本を手にして、この世界の真実を知った瞬間からどんな馬鹿らしいことでも実際に起こった。だから、俺はその通りに行動する。
「……ふざけんなよ。そんなバカげた提案受け入れられるか!」
「じゃあソードだけここで野垂れ死んだらいいよ」
「……てめぇ!!」
逆上したソードが俺に突っ込んできた。
それを横にいたヴェールが魔法で吹き飛ばす。
「やはり愚か。こんな愚物ノベル様が相手をする必要もありません」
「ヴェール。気持ちはうれしいが、下がってくれ」
「しかし……」
「いいから」
納得いかない様子のヴェールをどかし、俺が前に出る。
「ほら、こいよ。【戦士】ソードくん?」
「……! オオオラァ!!」
強烈な踏み込みと同時にソードが突っ込んでくる。
さすがSランク。尋常じゃない速さだ。以前の俺なら反応すらできなかっただろう。
だが、怒りに任せた直線的な攻撃なんて、既に136種類の魔物の真核を喰って融合した俺にはもはや相手にならない。
身を捻り、攻撃をかわした後素手でソードの持つ剣を弾く。
「なんだとっ!?」
驚愕に目を見開くソード。
これで勝負はついた。馬鹿にしていた無能に負けたという事実はソードのプライドは粉々に砕け散るはずだ。
ここまでは予定通りだった。
だが――
「やっぱりお前は殺した方がいいな」
――え?
ソードの首が飛んだ。
辺りに鮮血が飛び散る。
今のは誰だ?
俺じゃない。俺はそんなこと思ってない。
だが、耳に入る言葉は確かに。
「急に攻撃してくるなんて。明らかに異常だよ。ソードも【聖騎士】のレオンと同じように汚染されてしまっているんだ」
俺の声だ。
知らない。こんなセリフは知らない。こんな展開はなかった筈だ。人は殺さない筈だ。
強くなった俺を見せつけて、彼らの愚かさを知らしめるだけの筈だ。
「きゃああああああああああ!」
「なんてことを……」
ノエル、エマ。
なんだその顔。違う。これは俺じゃないんだ。
「恐らく、奴ら魔人の外法です。人の脳内を汚染し、操り人形にする。こうなっては殺すしかありませんね」
ヴェールが付け加える。まるで言い訳のように。
「ノエル、エマ。今は理解できないかもしれないが、ソードは操られていたんだよ」
思ってもいないことが流暢に自分の口から出てくる。頭がおかしくなりそうだ。
へたり込んでしまった二人へ近づき、手を差し伸べる。
しかし、ノエルはその手を取ることはなく、恐ろしいものでも見るように俺から距離を取ろうとする。
「近寄らないでよ化け物!」
「ノベル様、今の状態で理解させるのは不可能かと」
「あぁ、そうだね。ヴェール、ノエルとエマを魔法で眠らせてくれ。疲弊した彼女たちなら抵抗もできない筈だ」
ヴェールが二人に魔法をかけ、眠らせる。
そのまま眠った二人を抱えてダンジョンから脱出した後、二人を今借りている宿まで連れて介抱した。
その後、目が覚めた二人に今まであった事、俺が辿った物語を説明すると、驚くほど簡単にソードを殺した理由にも納得した。
やった俺自身でもまだ混乱してるっていうのに。
とりあえず二人は今借りている宿まで送った後、俺は自分の部屋に帰ってきた。
「ふぅ……」
今回俺は人を殺した。
今まで、俺は自分が人を殺せるのか分からなかった。
例え殺せたとしても、罪悪感に潰されるのではないかと。
だが、殺した後だから分かる。
俺は、大丈夫だった。何も感じなかった。
「いや……違う!」
そんなこと思ってない! 俺は人なんて殺したくなかった!
あの本を取り出す。
今日の展開が書かれていたページを乱暴に開いた。
「……やっぱり。展開が変わってやがる」
そこには昨日見た時とは全く違う展開が記述されていた。
ソードを殺す俺。そして昨日まではなかった伏線の回収や新たな描写。
これであんなことになった訳は分かった。だが何故? 何故この本の作者……便宜的に『神』としようか。神は急に展開を変えた?
気に入らなかったのか? それともこちらのほうがおもしろいと思ったとか?
それとも……
「誰かに展開をダメ出しされたから変えた……?」
いくら考えても結論は出ない。当たり前だ。俺と神とじゃ文字通り次元が違う。考えが予測できるわけがない。
しばらくの間、思考を巡らせているとドアをノックする音が響いた。
「ノベル様……よろしいですか?」
「……! ヴェールか。な、なんだ?」
突然の来訪者に慌てて本を隠す。
隠しきったと同時に扉が開いてヴェールが部屋の中に入ってきた。
寝姿の彼女は、持ち前の美しさに加えて普段より露わになった素肌がより彼女の魅力を引き立てていた。
思わずその姿に見惚れてしまう。
「お隣によっても、よろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん」
おずおずとした様子でちょこんと横に座り、横目でこっちを確認する彼女の様子はとても可愛らしかった。
「ヴェール」
「は、はい!」
「聞きたいことがあるんだ」
「はい! ノベル様が望まれるなら何でも!」
「俺がソードを殺した時、どう感じた?」
それを聞くと、ヴェールはきょとんとした後、いぶかしげな顔をして質問に答えた。
「どうって……。スッキリしました。ノベル様を馬鹿にした愚かな人間。人間というだけでも汚らわしいのに……」
「他には? 何も感じなかったか?」
「えっと、質問の意味が……あっ! そういうことですかノベル様! 人間1人殺しただけで気に病む必要はないですよ! ノベル様は優しいから気になっちゃうんですね」
「……ヴェールはまだ人間が憎い?」
ヴェールは奴隷として貴族に使われていた。
俺が買い取った後もしばらくはまともにコミュニケーションはとれなかった。
「そうですね。憎いです。でも、ノベル様は別ですよ。ノベル様は――特別な人間です」
その顔は美しくて、絵画の中の乙女が飛び出してきたようで。
だから、俺は怖くなった。
人間からあれほどの所業を受けたヴェールが、エルフが、ちょっと優しく対応をしたぐらいで俺を特別視するのか?
もしかして、ヴェールも今日の俺みたいに、思ってもないことを喋らされて、振舞っているんじゃ? いや、それどころかソードたちだって……。
「そっか。感謝しなきゃな。ヴェール、ありがとう」
「ふぇ!? そ、そそそそそんな! 私はノベル様に感謝されるようなことなんて何も……」
「俺を心配して様子を見に来てくれたんだろ?」
ヴェールの顔が真っ赤になる。
元が色白な分、分かりやすいな。
「とにかく、ありがとう。俺は大丈夫だ。ヴェールももう寝たほうがいい」
「は、はいぃぃぃ~」
顔を隠しながら部屋を飛び出していくヴェールを見送りながら、俺はあることを考えていた。
先ほど確認したとき、明日の展開はノエルとエマ、二人と一緒に街に買い物に出かけるという内容だった。
これを無視しようと思う。
今まで積み上げてきたものがすべて崩れていくような感覚。
自分じゃない自分になるんじゃないかと、不安が押し寄せてくる。
本に書かれた通りに行動する気にはなれなかった。
深夜に誰にも見つからない様に宿を出る。
俺は今から故郷の村に向かう。
夜に移動する馬車なんてないから、自分の足で行くしかないが、今の俺の身体能力なら一晩走り続ければ辿りつける筈だ。
とにかく、自分自身で決めた行動をして安心したかった。
そうして、俺は王都を出た。
◇ ◇ ◇
王都を出たところで俺は冷静になった。
唐突に田舎に帰りたくなるなんてどうかしていた。俺にはやらなければならないことがあるのに。
昨日の俺は錯乱していたのだろう。
自分でも気づかない所でソードを、人を殺したという事に多少なりとも動揺していたのかもしれない。
少し走って風に当たれば、頭も冷えた。
今はもう、何であんな考えだったのか理解できないくらいだ。
部屋にこっそりと戻り、本を確認する。
さて、今日の展開は……うん、変わってないな。
ノエルとエマ、二人を連れて街で買い物をする。
ヴェールには付いてこない様に言うんだが、隠れて付いてきてしまう。
結局全員で街を巡るって内容だ。
ノエル、エマ、ヴェール。
みんな美人で可愛い。そんな子を3人も侍らせてデートだなんて少し前なら考えられなかったな。
パーティを追い出されて、獣に体を喰われて死にそうになったけど、そのおかげで強さも手に入った。
本当に俺は幸運だ。
◇ ◇ ◇
「ノベル様? どうしたのですか?」
「……は。すみません。考え事をしてしまっていました」
豪華な庭園。
王国に関する者しか本来は入れない筈の空間。
周りを見渡せば美しい花々、珍しい植物がこれまた綺麗に、それぞれの良さを殺さない様に植えられている。
これほどの規模の庭園。維持すら莫大な金がかかる筈だ。流石は大国の王城と言ったところか。
「あぁ、誤る必要はないのです。ノベル様も何か憂う事の1つや2つあるでしょう。何も気にすることはありません。ノベル様はこの国の英雄なのですから」
「いえ、それでも王女様を前にして別に気を使うなど……私が浅慮でした。無礼をお詫びします」
「……もう。今は私たちしかいません。出会った時のように話してください」
「しかし」
「それと、王女ではなくアリアスと呼ぶように言ったでしょう?」
「……ああ、そうだったな。ごめんアリアス」
「それでよろしい」
アリアスは満足いったようにうなずいた。
今現在、俺――ノベルが話している相手は、この国の第3王女アリアスである。
初めての出会いは数か月前。王城内の政略闘争に巻き込まれ、辺境まで命からがら生き延びてきたアリアスを俺が保護した。
すでに王国ではアリアス王女は死んだことになっており、第2王女率いる派閥が政権を握ろうとしていた。
しかし、実態は第2王女は既に魔族の操り人形であり、危うく魔族から内部より崩壊させられそうになったこの国を、俺はアリアスを通じて救ったという訳だ。
細かい内容は省くが大筋はこれだ。この内容は第4章にあたる。
「でも、あなたのような人にも悩み事はあるんですね。あっ、変な意味ではありませんよ? ただ、私から見たノベル様の印象は、何事にもひるまず堂々と自分を通せる芯の強い方でしたので……」
「おいおい。俺はそんなにできた性格じゃないぞ?」
「ノベル様がそう思っていても、周りからは違うふうに見られているということですよ」
アリアスは微笑みながらそう言った。
俺は「そうなのか?」と返して目の前の紅茶を一口飲む。
実際の所、考え事というのはあの本の事だ。
あの小説、俺を主人公として今の時点よりほんのすこし未来に起きることが描写されていく。
その展開が、ここ最近急すぎる。
無茶があるというか、本当にこんなことが起こるのか? この人物がこんな結論にたどり着くのか? と思うような事がある。
実際にその通りに事が進むのだから、無用な心配なのかもしれない。しかし、前半部分と比べて明らかに質が変わった。
ちなみに今日のこの後の展開は、『アリアスとのお茶会を楽しんでいたが、そこに急に侍女が駆け込んでくる。それにアリアスは激怒するが、その侍女の報告内容は帝国がこの国に攻め込んでくる』というものだ。
「王女様、至急お耳に入れたいことが」
ほらきた。
侍女の名前はロイネル・アルバート。
うっすらと皺が入った顔は、誠実な印象を受ける。若い時はさぞ美人だったんだろう。
彼女には騎士団に所属している夫と今年王国学園に入学する子供がいる。
この人は今から3時間後、城内に進入している帝国のスパイによる工作を目撃してしまい、殺害される。
彼女の顔を見ていると、不思議な気持ちになる。
俺は、この世界が小説だと知っている。神のほんのきまぐれみたいな一文で、この世界に住んでいる人たちの人生が変わる。
この人の名前を俺が知っているってことは、神がわざわざ名前を考えてつけたってことだ。
どういう気持ちでこの名前を付けたんだろうか。正直言って彼女は端役だ。名前を付ける意味もそれほどない。
だが、神はこの人の人生を創造し、作り上げて名前を付けた。
神にとっては一瞬で考えた人生なのかもしれないが、彼女は自分の人生を精いっぱい生きていた筈なんだ。この物語が始まる前の俺のように――
「ノベル様? どうかなされたのですか?」
――いけない。意識を今に戻す。
「いえ、それよりも大変なことになりましたね。これからの事を考えないと」
なんにせよ俺のやることは一つだけだ。
今日の分の展開シナリオをこなす。
◇ ◇ ◇
「やっと、ここまで来たな」
魔人たちの居城。異空間へのゲート。
その前で俺たちは結集していた。
俺は仲間たちの顔を見渡す。
ヴェール、ノエル、エマ、メイリア、マコト。
オーグ、ゼンジ、ゲルマに獣人族たち。
みんな、この物語の中で俺が出会ってきた仲間たちだ。
今は第8章。最終章だ。
魔人たちの正体。俺に【
様々な伏線が回収され、ここまできた。全部が回収された訳じゃないが、もうページ数も少ない。
小説の終わりだ。
「みんな、これで全部終わらせよう!」
俺のセリフに呼応して、皆がそれぞれセリフを言っていく。
どれも最後にふさわしい決めセリフだ。それなりの文章量がある。
だから時間が――
「……? どうしたんだみんな」
誰もセリフを喋らない。
いや――それどころか、誰も瞬きすらしてない。
「何だよ、これ……!」
辺りを見渡すと、仲間たちだけじゃない。
大地が、空が、世界自体が止まっているように感じた。
――まさか。
嫌な予感がする。
俺はすぐに腰に下げた魔法袋からあの本を取り出した。
本来、今日の展開が記述されていたページを開く。
しかしそこに文章はなく、それどころかページ一面が真っ黒に塗りつぶされていた。
「くそっくそっくそっ!」
乱暴にページをめくっていく。静かな世界に紙の擦り切れる音だけが響く。
残りのページもすべて真っ黒だった。
もはや白紙のページは一枚もない。
「どうなってんだよ、おい……おい! お前! これを書いてる神サマよぉ! これはどういうことだよ!」
思いっきり天に向かって叫ぶ。
こんな事で神に届くのかは分からない。
だが、これは明らかに異常だった。
今まで書かれていた展開が急に変更される事は何度かあったが、小説自体は続いていた。
しかし今回は違う。
残りページがすべて黒塗りになってしまっている。
これじゃ、まるで――
「おい! 何か言えよ! せめて反応しろ! 俺は主人公だぞ!! 今まで付き合ってやったじゃねぇか! お前が書いた通り死ぬような思いしてッ魔物も500種類は吸収した!」
力いっぱい叫んだ。今までの冒険で鍛えられた俺の声帯から全力で放たれる咆哮は、それだけで大抵の生物を再起不能にするだろう。
だが、何も起こらない。何も変わらない。
「嘘だろ、おい……」
あれからどれだけ立ったか。
既に時間の概念は凍結されているから分からない。
ただ、体感で1週間ぐらい経った頃、俺は現実を受け入れた。
つまり、この物語は棄てられたのだ。
未完。作者が途中で放り投げてしまった世界。
何故このすべてが停止した世界で俺だけ動けているのか、正確な理由は分からないが、おそらく俺が主人公であることが関係しているのだろう。
俺は今、止まった世界を旅している。
各地の様子を見て回っている。
もしかしたらどこか止まっていない場所があるんじゃないかと期待したが、そんな場所はなかった。
腹はすかなかったし、俺には最強の肉体があったから移動もそれほど苦じゃなかった。
それで世界を回って、俺は――
「びっくりしたよ。こんなに色んな人が生きてたんだって。こんなに知らない文化があったんだって」
終わりが始まった場所に戻ってきた。
世界が止まった場所。つまり仲間たちが今も立っているあのゲートの前。
今、ちょうど世界すべてを見終わったということだ。
「なぁ神サマ。あんた何であんな面白そうな設定小説で明かさなかったんだ? この世界の人間が全員人造人間アンドロイドだなんて、俺には教えてくれなかったじゃないか」
叫ばずに、呟くように。
「いろんな場所で、いろんな人が生活してたなぁ。あんたはどうやってイメージしたんだろうな。北方は工業が発展していて、南方は山民族が伝統を守っていて。そんなの、小説じゃ描写してなかったのに。あんたの頭の中ではちゃんと決まってたんだなぁ」
本当にすげぇよあんた。
「海の中に都市を見つけた時は本当にビビった。そこに人が暮らしてたことも。まさかと思って空飛んでみたら、空中要塞も見つけた。あんた、そんな設定も考えてたのかって思わず笑っちまったよ」
だから、本当に悲しい。
「なぁ、何でこの世界を捨てたんだ? あんなに考えてたのに。あんなに作りこんでたのに。飽きたのか? それとも自信なくしちまったのか?」
結局、俺には真実は分からない。
次元の違う者の考えなど分かる筈がない。
「あんたは単純に、思いついて書いてたのかもしれないけど……俺たちだって、生きてたんだよ。『10歳で田舎から王都に出て、冒険者になって5年過ごした』って一文だけかもしれないけど、俺たちは自分の人生を踏ん張って生きてたんだぞ。それとも、この設定ももう忘れたか変更しちまったか?」
最後に出涸らしの言葉が零れる。
もう意味がないかもしれないが、紛れもない俺の本心だ。
「せめて、終わらせてくれよ……! どんなに無茶があっても、どんなに急展開でもいい。終わりを、くれ。じゃないと……この世界も、何よりあんたの小説が、浮かばれねぇよ」
何か、返答があるわけもない。
そもそもこれで何か変わるなんて期待してなかった。
ただ、今言った言葉は全て俺の心からの言葉だ。
多分、この世界で一番神サマの作った世界を知っている人間の言葉だ。
「ま、聞こえるわけないよな」
こちらから神に意思疎通ができたことなど一度もない。
今俺が言った言葉もおそらく届いていないだろう。
全部俺の独り言だ。
ゆっくりと腰をその場に下ろす。
これから、どうしようか。またもう一周世界を回ろうか。
そう考えていた時、不意に音が聞こえた。
「――――!」
瞬時に立ち上がり、耳を澄ます。
この止まった世界で、俺以外から音が発生することはなかった。
何かを叩くような、それとも紙を擦っているような音が聞こえた。
思わずあの本を引っ張り出す。
真っ黒に塗りつぶされた時から一度も開くことはなかった。
もう意味はないと思っていたあの本を。
――開いた。
まさか、と思う。思わず目を閉じてしまう。すぐに目を開くことができない。ゆっくりと深呼吸をし、意を決してページに目を落とした。
「――――はは。なんだよこれ……」
そこには、文字があった。黒塗りじゃない、文章が書かれていた。
あの日の続き。この物語の最終話。
読んでいて、笑ってしまうくらいにめちゃくちゃな展開。
お世辞にも名作なんて決して言えない文章。
でも、確かに物語だった。小説だった。
この物語の最後は、特に説明する必要がないだろう。
それぞれが今まで読んだ中で最悪の最終回を想像してもらったらそれが一番イメージに合うと思う。
ただ、オチだけは教えておこう。
俺は今物語を書いている。
最後の決戦も、その後の冒険も、全部終わらせて俺は本を書いている。
笑っちゃうだろ? 俺が小説を書けるなんて設定なかった筈なのに。
主人公が本を書いて終わるって最終回は、なんか収まりがよく見えるだろ。それをやってるだけだ。特に深い意味なんてない。
でも、それでも。
俺の物語は、こう書いて終わるべきなんだろう。
『 ~FIN~ 』
無能と言われてパーティを追放されたが問題ない。俺はこの世界が小説だと知っている 筆箱鉛筆 @wazama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます