フレッド・ホイル

 事態が急変したのは、こうして行き詰まっていた、まさにそのときだった。


「これこれ、これで辻褄が合うぞ!」


 嬉々としてそう叫びながら、書類を片手に最後のMJ―12が入室してきたのだ。

 みなに注目される中。彼は着席すると、持ってきた資料をさっそく全員に配布した。


 それは、天文学者にしてSF小説家のフレッド・ホイルが自著で発表した、生命の起源に対する見解への反論の写しだった。


 一般に地球上のあらゆる生物は、原始の海に生命の原形である化学混合物が雷などの刺激による奇跡的な偶然で自然に生じたことに端を発するなどとされていた。

 しかしフレッド・ホイルはその確率を計算し、そんなことはあり得ないと論じたのだ。


 曰わく、最も単純な単細胞生物に必要な酵素が全て作られる確率は10の40000乗分の1であるのに対し、この宇宙に存在する全ての原子の数はそれより遥かに少ない10の80乗個に過ぎず、生命が誕生したとされる原始スープが、地球どころか宇宙中を満たしていたとしても、その発生に適した化学混合物が偶然に作られる機会はないというのだ。

 その上でホイルは、最も単純な単細胞生物がランダムな過程で誕生する確率を「ガラクタ置き場の上を通過した竜巻が、そこにあった物質から偶然にボーイング747を組み立てるのと同じくらいあり得ない」と、述べたのである。


 断っておくがフレッド・ホイルはビッグバン宇宙論の名付け親であり、英国王立協会会員にしてカーディフ大学名誉教授で、ノーベル賞が扱わない科学領域を補完する目的のあるスウェーデン王立科学アカデミーによるクラフォード賞を始めとする数々の表彰を受け、パルサーに関するノーベル賞受賞者の研究に貢献し、ナイトの称号を叙勲された一流の天文学者なのだ。


 こうしたことが説明された後で、大佐は書類を眺めながら、発表をしたMJ―12に問うた。

「……それで、こいつがあの人形とどう関係するというのだ?」

 すると相手は、得意気に答えたのだった。


「今言ったように、最も単純な単細胞生物が偶然誕生する確率でさえ、ボーイング型旅客機が竜巻によってガラクタ置き場から偶然造られるほどあり得ないことなのです」

 そこで彼は起立して、両腕を広げた。

「ところがどうです? 現に単細胞生物は誕生しています。

 つまり、それと同じ確率で自然が偶然に生み出せるはずであるボーイング型旅客機も、とうに自然に誕生して宇宙を漂っていても不思議ではないのです」


 そんなアホな。


 とジョンは思ったが、生物学関係については専門外なこともあり、知りうる限りの知識でも確率の算出には間違いがないらしいことや、これからそのMJ―12が言うであろうことを予測して、自身の分析結果と比較してみれば実際に辻褄が合いそうなことに感づき、愕然としたのである。

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