モーグル計画

 やがて最後の扉が開け放たれると、広大なホールが二人の来訪者を自らの体内へと迎え入れた。


「これが、ロズウェル事件で牧場に墜落したUFOだ」


 そう言って大佐が壁際のボタンを押すと、スポットライトのような照明が頭上から降り注ぎ、室内の中央に置かれていた物体を照らして、闇の中に浮かび上がらせた。


「……え」


 ジョンはそこにあったものを一目見るや、絶句するはめになった。


 なぜなら彼らの目前にあったのは、どう見ても明らかに作り物とわかる宇宙人の人形だったからだ。


 そいつは全身灰色で子供くらいの人型。体毛がなく、逆三角形型の顔に大きな真っ黒な目が二つある。いわゆるグレイと呼ばれるタイプのエイリアンである。

 けれども、少ない光源の下でもゴムっぽいのが感じられるくらいの粗雑な作り物としか言いようのない代物だった。


 どうリアクションをしろというのだろうか、と、ジョンは物体と案内人を何度か交互に見比べながら考えたが、大佐は物体を見据えたまま静かに促した。


「近くで観察してみたまえ」

「……は、はあ」


 そんな薦めに従って、ジョンは戸惑いながらも、とりあえず物体を間近で調べてみることにした。


 人類の想像を超えた異星人なら、もしかしたら地球人には一見ゴム人形に思える姿ということもあり得るのだろうか。などと考慮しながら、グレイに歩み寄ってみたのである。


 ……すると、やっぱりそれは人形だった。


 何しろ身体の前面には、ご丁寧にも英語ででかでかと〝サプライズ〟と書いてある上にふにゃふにゃで、大佐が触れてもいいと言うのでひっくり返すと、背中にはチャックまでついていて中身は空っぽなのである。手触りも当然ゴムっぽく、人形ですらない着ぐるみとしか形容しがたい物だった。


「……」


 ジョンは片手を腰に当て、片手で顎をさすりながら、大佐とグレイを改めて交互に見て悩んだ。

 そして一分ほどしてから、自分でも下手だとわかる大笑いの芝居をしながら大佐のもとに戻りつつ、言ったのである。

「――ぶはははは! まったくあなたという人は、ずいぶんと手の混んだサプライズですね。はははは!」


 ところが大佐はやっぱり真顔のままで、はっきりと断言したのだった。

「これは冗談でも何でもない。その異星人の人形が、あの日、宇宙からロズウェルに降ってきたんだ」


 どうも雰囲気が違うので、ジョンはいったん芝居をやめて、少々思考してから別な線を閃いて口にした。

「……理由はわかりませんが、つまりこの人形を空から落とす実験か何かをやったってことですか?」


 だが大佐は、それも頭を振って否定した上で述べたのである。


「いいや、あれは地球上のものではないんだよ。紛れもなく地球外の、宇宙のどこかからやってきたものなんだ」


 ジョンが笑うべきか話を聞くべきか迷っていると、大佐は重ねて言及した。


「信じられなくても仕方がない。我々も最初、誰かの悪戯だと捉えていた。

それでも軍の極秘実験であるモーグル計画の気球と衝突して一緒に落ちてきたのでな、正体を突き止めざるを得なくなった――」


 モーグル計画とは、軍がロズウェル事件で墜落したUFOの正体として発表した、気球が使われていた実験だ。


「――そして調べれば調べるほどに、あれが有り得ないものであることが確実となっていったのだ。

 放射線年代測定では、人類が誕生する以前にあの形に作られたことが判明しているし、同位体比測定では、地球外から来たものであることがわかっている。また、外見こそ地球のどこにでもありそうなものだが、分子構造上、この星には存在しない物質で構成されているんだ」


 いよいよもってジョンは困惑した。彼は一向にそんな奇談など信用できず、大佐は一向にふざけた様子を感じさせないのだから。

 故にジョンは苦悩の末に、無難な問いを発したのだった。


「……それで、どうしてこれを見せてくださったのです?」


 すると大佐はジョンと向き合い、彼の両肩に手を置くと、実に熱心に頼んだのである。


「言ったろう、優秀で懐疑的な君を見込んでのことだと。我々もこいつに困っているのだよ。先ほど話したように、これまで何人もの科学者が挑んだが、みな、こいつは宇宙から来たものだという結論を出さざるをえなかった。

 そこで君にはどうにかして、この物体が地球の人間の誰かが作った単なる人形に過ぎないという結論を導き出して、我々を安心させてほしいのだ」


 ジョンは、ぽかんとしたまま立ち尽くすしかなかった。

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