第1話 夢
夢を見た。
自分が剣を持って竜を倒す夢。
世界で一番有名なおとぎ話の主人公になる夢だ。
「――きて」
「ん……」
俺は、毛布にくるまりなおす。
まだ眠いのだ。
「――きなさい、クリス」
「もう、ちょっとだけ……」
俺は、呼ぶ声に抵抗する。
「起きなさいって言ってるでしょ!」
すると、俺の包まっていた薄い毛布がはぎ取られる。
「うわぁ! 何すんだよ、母さん!」
飛び起きた俺の、目の前にいるのは、毛布をはぎ取った母さんだった。
「はぁ、あんたはまただらしない……。少しはメリーちゃんを見習ったらどうなの?
今日は大事な日じゃないの?」
「あっ……! そうだ、いっけねぇ!」
そうだった。
今日は、大事な日。
そのために、朝早くから、幼馴染のメリーと待ち合わせる予定なのだ。
「母さん、今何時?」
「大体6時過ぎよ、急いだ方がいいんじゃない?」
「マジか!」
待ち合わせは6時半。
今から着替えて、広場まで走って、ギリギリの時間だ。
俺は、すぐに着替えを始め、着替えを終えるとすぐに家を出た。
「行ってきます! 昼はいらない!」
「はーい、気を付けてね!」
やべぇ、やべぇと唱えながら走る。
どうか間に合ってくれ!
俺の名前は、クリスフォード・レイ。
ライア王国の田舎村、ハンナ村で生まれた、どこにでもいる村少年だ。
俺は、今年で10歳になる。
世間的には、10歳にもなると、家の仕事の手伝いや、将来の道を決める時期だ。
しかし俺は、まだ夢も憧れも持ったことがなかった。
あと5年で成人。
あと5年あればなんとかなる。
そんな気持ちが心にあった。
「メリー! 遅くなった! ごめん!」
ハンナ村の中央にある広場。
広場に生えている大きな木が、俺たち2人の、いつもの集合場所だった。
大きな木の下で、待っているメリーを見つけて、俺は声をかけた。
「あっ、クリス、遅い! また寝坊したんでしょ!」
可愛い顔をむくれ顔にしているこの少女こそ、俺の幼馴染。
父親譲りのきれいな金髪で、髪形はショートヘア。
目はきれいな翡翠色。
前髪をカチューシャでとめ、おでこがトレードマークの元気っ娘。
俺の幼馴染、メリア・アマリだ。
俺たちは、村唯一の同年代として、小さいころからずっと、2人で過ごしてきた。
「ごめんって!」
俺は手を合わせて謝る。
「仕方ないわ。今日は許してあげる! プレゼントを用意しないといけないからね!」
顔を上げると、いつものようにメリーはニコニコ笑っていた。
「それじゃ、クリス! 早く山へいこっ!」
メリーは俺の手を引いて走り出す。
「おう!」
「それで、お父さんにあげる、プレゼントの事だけどさ」
「おう」
村の裏山、いつも2人で遊んでいる原っぱの切り株に座って、メリーが話を切り出した。。
今日は特別な日。
メリーの父親である、ベルフォメドおじさんが、何年かぶりに村へ帰ってくるのだ。
俺たちが朝早くから集まったのは、そのベルフォメドおじさんに渡す、プレゼント探しのためだ。
「やっぱり、お花にしようと思うんだよね! 雫の花!」
「雫の花って、あの?」
「そう! 英雄譚の!」
雫の花。
その話は、村長の爺さんが、俺たちに教えてくれた話に出てくる花の事だ。
『昔、英雄が毒龍の毒で死にかけたとき、足元に生えていた白く光る、美しい花の雫を飲んだ。すると、みるみるうちに体から毒は消え、英雄は無事、毒龍を倒した』
という、ライア王国で一番有名なおとぎ話に出てくる花の事だ。
「でもメリー。あれっておとぎ話だろ? 本当にあるわけないじゃん」
「って思うでしょ? 今朝、薬師のおばさんに聞いたら、雫の花と見た目が同じ特徴の花が、薬草辞典に載ってるって教えてくれたの! しかも、村の裏山に生えてるのを見たことあるんだって!」
「マジかよ! すげー!」
薬師のおばさんは、村一番の物知りで有名だった。
あのおばさんの言っていることなら、きっと本当なんだ!
「ね? 絶対お父さんあげたら絶対喜ぶと思うな!」
「よーし! プレゼントはそれに決定だ! さっそく探そう!」
「おー!」
俺たちは、腕をまくって、雫の花を探し始めた。
「そういえばさ」
「なに?」
俺は探す手を止めずに、メリーに話しかけた。
「ベルフォメドおじさんって、なんの仕事してんだ?」
「うーん、私もあまり詳しくは聞いたことないんだけど、王都で働いてるって言うのは聞いたよ」
「王都? スゴい! 都会じゃん!」
王都といえば、ライア王国の中心地。
噂程度でしか聞いたことがない。
こんな田舎の村とは全く違う生活をしてるんだろうなぁ……。
俺は、少し想像した。
一体王都でどんな仕事をしているんだろうか。
「なぁ、メリー。おじさん帰ってきたら、聞いてみないか?」
「あっ、いいね! 聞こう!」
「そのためにはまず、雫の花を見付けないとな!」
「そうだね! 絶対あるんだから、見つけ出そう!」
「おう!」
俺たちは、改めて気合を入れて探し始めた。
「無い……!」
「無いね……」
無い。
雫の花が無い。
何時間もこの原っぱを探しているのに見つからない。
もう、太陽が傾いてきている。
「メリー、やばいぞ。もう暗くなってきた」
「絶対あるはずなの! 私あっちの方探してくる!」
「あっ、おい!」
メリーは、もっと深い草むらをかき分けて行ってしまった。
「あー、もうメリー……」
あのメリーは、頑固なメリーだ。
頑固になったらもう、俺の言葉も聞かなくなってしまう。
俺は疲れてしまったので、ちょうどよいところにあった切り株に腰を掛けた。
手慰みに、そこらへんに落ちていた木の棒をぶんぶんと振る。
空を見上げると、段々と空は、赤から紫、紺と変化して行き、あっという間に真っ暗になってしまった。
すると。
足元がじんわりと、光り始めた。
「え……?」
切り株の周りに生える雑草をかき分けると、そこには。
白く光る、きれいな花が、1輪だけ、咲いていた。
「あっ、あった……! 雫の花!」
嬉しかった。
ずうっと探していた花。
それは今朝、メリーが座って話をしていた足元に咲いていたのだ。
俺は、雫の花を見付けたことを知らせるべく、大きな声でメリーを呼んだ。
「メリー! 見つけた! 見つけたよ!」
しかし、呼んでも返事はない。
段々と不安になってくる。
「メリー!! メリー? 返事をして、メリー!」
不安が、心の中に広がってくる。
まさかメリー、何かに襲われて――
「やぁ―――っ!」
その時、見計らったようにメリーの叫び声が聞こえた。
「メリー? 嘘だろ!」
俺は焦り、急いで声のする方へ向かった。
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