第0話 クソ雑魚メンタル異世界転生-下

 神は、真剣な目をして、俺に問いを投げかけた。

「この話を聞いて、君。自分が死ぬの何回目だと思う?」



 この質問の意味。

 それは、おそらく『自分の人生がどれだけ幸福だったか』というものだろう。

『死んだ回数で、人生の幸福度が決まる』ということは、『死んだ回数が少なければ少ないほど幸福度が高い』ということになる。

 回数で聞いてくるあたり、この神様の性格の悪さがにじみ出ていると、俺は感じた。


 正直、彼女の話にあまり興味がない。

 だが、俺は。

 俺の人生は。

 お父さん、お母さん、ぴぃちゃんと出会えて、幸せだった。

 だから。


「1回目です」


「……ファイナルアンサー?」

 俺は無言で頷く。


「……ッ! 正解だ! 素晴らしい!」

 ぱんぱかぱ~ん、という効果音が鳴りだすほどの大きな声だった。

 まるで、クリスマスプレゼントを目にした子供の様な目をしていた。

「いやぁ! 実際に当てるのは君が初めてだ! 私はうれしいね!」

「……そうですか」

「しかし、残念なことに! 神基準で見た君の人生の幸福度は、総合評価C-! 転生回数700はしてる数値なんだ! すまないが数値化するとそうなる。主観の入る余地などないからな」

 神は空中をふよふよ。

 ピタッと止まり、こちらを指さしてまるで舞台役者のように語りだす。


「だが、それだと先ほどの説が成り立たない。君は不思議に思っているだろう?」

 別に思ってはいないのだが。

「そこで! 神は考えた! もしかして、1回目、金太郎飴の端っこレベルになっちゃう説~」

「あの」

「なにさ、気持ちよくなってきたとこなんだが」

「長いんで要約してもらえますか?」


「ふぅ~ん……。ま、いいわ」

 少し神さまがイラついたのがわかった。

 神さまは、俺の頭に指をあてる。

 すると、ぶわぁああっと神さまの言葉が一気に頭に流れ込んできた。

 頭が、痛い。


「っていうこと。わかった?」

「え、えぇ。まぁ」

 俺は少しよろめきながらも理解できたような気がした。


 要約すると。

 魂の質によって人生は決まること。

 生まれ変わった回数が少ないほど、魂の質が良いものとされる。

 しかし、例外として、生まれたての1回目の魂は、金太郎飴の端っこみたいな出来損ないが出来やすい。

 だから、俺の人生幸福度が低かった、ということだった。


「そう、君の人生が出来損ないだったのは、生まれたときから決まっていたんだ!」

「そうですか……」

 腹が立つ。

 俺の人生は、つらいものに見えたかもしれない。

 俺も、耐えきれなくなって自殺をした。

 だが、家族と過ごしている時間は、幸せだった。

「あーあー、怒らないでよ」

「……それで、俺の人生が出来損ないだったから何なんですか」

「お、そうだね。ホントの本題行こうか」


「君は自殺した罰として、元いた世界とは違う世界に転生させまーす! つまり、異世界転生ね!」


「異世界、転生……?」

「そう! 普通だったら、転生する世界を選ばせてあげるんだけど、君には私の指定する世界で生きてもらうのです!」

 意味が、分からない。

 異世界転生といえば、俺の生きていた世界でも存在していたジャンル。

 その大体が、転生した主人公が、元いた世界とは違う世界で無双する、といったものだ。

「……それは、罰、になってるのですか?」

「おー、ちゃんとそこに疑問を持てるとは! 偉いね~!」

 煽るように、俺の周囲をふよふよと回る神様。

 神様は1度、のどを鳴らして、語り始めた。


「この罰は、罰とも呼べないかもしれない。でも、君が2度と自殺を志すようなことが無いようにするためだけなんだ。だから、痛くなくてもいい。それに、君には少し申し訳ないと思っているんだ。だって君は1回目という、ひどい人生を生かされたのだから」

「……」

 俺には、この神様が、とても身勝手なことを言っている様にしか聞こえない。

「……まぁ、それは建前なんだけどね……w」

 何か今、神様が呟いた気がする。

「何か言いました?」

「いいや? なんにも。それより、そろそろ時間なんだ。長くなってしまってすまないね。準備を始めようか」


 そう言うと、神様は金色の杖のようなものを取り出して、俺には聞き取れない言葉を呟き始めた。

 それは何かの呪文らしく、俺の体は弱く光を発するようになった。




「んー、よし! 大体終わったかな!」

 段々と、光っていた俺の体は、元の戻っていった。

 5分ほどで、準備は終わったらしく、神様は大きく伸びをする。

「あ、神様」

「なんだい? 質問か?」

 あくびをしながら神様は応えた。

「あ、はい。俺の転生する世界って、どんな世界なんですか?」

「う~ん、どんな世界、ね」

 しばらく腕を組んでうんうん唸る神様。

「秘密、ってことにしておくよ」

「そうですか……」


「あ、そうだ。それよりも、君」

 思い出したように、神が聞いてくる。

「なんですか?」

「何か1つだけ、欲しいのあげるよ。制限はあるけどね。神からのささやかなギフトだ!」

 欲しいもの?

 そんなものを罪人にあげていいのか?

 つくづく、この神様の考えていることがわからない。

「……制限って?」

「それはね~」

 神様は、ニタニタと笑うと、先ほどとはまた別の石板を取り出して、読み上げた。

「まず、元の世界にあったものはダメ! そして、物質はダメ! 主にこの2つだね! 例えば、自分だけの特殊能力がほしい、とか、特別な魔法を使いたい! とか、そう言ったものならいいよ!」

「そう、ですか……」

 2つ、欲しいものはあるのだけど、アレが向こうでどうなるのか聞いておくべきだな。


「あの」

「何なに? 質問?」

「あ、はい。その、今の記憶ってどうなるんですか?」

「はぁ……? そりゃ、消えるに決まってんでしょ」

「あ、消えるんですね……」

「当たり前でしょ~。 まず、記憶が保管されてるのは脳なんだよ? 今は私が無理矢理パス繋いでるけど、向こうに転生したら、私は全く手出ししないからね~」

「そ、そうですか……」

 少し残念だった。

 俺の知ってる異世界転生ものは、そのほとんどが記憶を引き継いでいた。

 俺の大事なものといえば、家族との記憶くらいなのに。

 俺が露骨に悲しい顔をしていると、神様は呆れた顔をした。

「もしかしてだけど、欲しいものに、前世の記憶、とか貰おうとしてた? 残念だけど、君の脳みそは、君の元いた世界の物質なんで、そこに入っている記憶も持ち出せません! 別の欲しいもの考えてね」

 心を読まれたように釘を打たれた。




 まぁ、記憶がダメなら、これしかないよな。

 元の俺にはなかったもの。

 俺はこれを手に入れて、今度こそ絶対に失敗しない。

 家族を、失わない!

「……決めました」

「お、何? 何が欲しいの?」


 俺は。


 もう2度と、折れない心を!

 クソ雑魚メンタルを、変えたいんだ!

「誰にも負けない、世界で1番強い『精神力』を、心を下さい……!」

「よぉし! 決定!」


 そこからの神様は早かった。

 まるで、俺が何を欲するのかを分かっていたかのように。

 俺のおでこに右手に触れ、左手で杖を振る。

 すると、一瞬、俺の体が強く光った。

「よし! これで君は、最強の精神力を手に入れたよ!」

「あ、ありがとうございます」

「うん、これですべての準備が終わったよ! そろそろ時間みたいだ。君が目を覚ました時には、前世の事も、私と出会ったことも覚えていない、ただの新生児! 今度は自殺したりしないでほしいかな! 思い出とのお別れが済んだら、言ってくれ」

「……はい」


 お父さん、お母さん、ぴぃちゃん。

 ごめん。

 そして、ありがとう。

 俺、頑張る。

 今度は失くしたりしない。

 だから。


「……出来ました」

「よっし!」

 神様はニコニコの笑顔で、金色の杖を大きく振った。

「それでは、君の新たな人生に幸福が訪れますよに!」


「はい……!」

 俺は強くうなずく。

「いい顔をするようになったじゃないか! それじゃ――」

 神様の言葉を最後まで聞くことはなく、俺の意識はそこで途絶えた。

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